♪57 BATHROOM
甘やかなまどろみは、やや強めに叩かれた頬の痛みで破られた。
「
ペチペチと叩かれる合間に自分の名が挟まれる。何だ何だと重い瞼をこじ開けると、ぼやけた
「何だ……? わざわざ起こしに来てくれたのか……? でも、今日は休みだから、もうちょっとだけ……」
そう言って、掛けられている毛布をつかんで寝返りを打つ。そこで初めて、いまつかんでいる毛布が自分の物じゃないことに気付いた。
「あれ……、ここ俺の部屋じゃねぇな……。あ……っ!」
ガバッと身体を起こすと、晶はその様子を腕を組んで見下ろしている。
「やっと起きましたね。どうして人の部屋で寝てるんですか」
晶はやや軽蔑したような目で彼を見つめている。
おいおい、ちょっと待てよ!
「どうしてって……、アキ……覚えてないのか? 昨日のこと」
「何のことですか」
「何のことですかって、お前なぁ!」
少し声を上げると、晶は顔をしかめて額を押さえた。
「すみません、あまり大きな声は……」
「もしかして……二日酔い?」
「どうやら……」
「お前がそんなんになるってことは……、覚えてなくても仕方ない……か」
と、がくりと肩を落とす。
自分に拍手を送りたい。
良くぞ、耐えた、と。
あの状況で堪えたなんて、あの2人に言ったら確実に「このヘタレ!」としか言われないだろうが。出来れば、『紳士』って言ってくれないかなぁ。
ていうか、本当に良かった。あそこで踏みとどまって……。
両手で顔を覆って俯いている章灯を晶は不思議そうな顔で見つめている。
「あの……、章灯さん?」
「アキ……、念のため確認させてな。お前の昨日の記憶ってどこまである?」
章灯はそう言うと晶のベッドの上で胡坐をかいた。
「昨日の記憶は……。4人でご飯を食べて……」
「おう、そうだな。食ったな」
「ああ、ホワイトデーのお返しをいただきました」
「おう、鉄分セットと入浴剤な」
「にゅ……っ! そ、そうでしたね」
頬がほんのり染まったところを見ると、この辺の記憶ははっきりと残っているようだ。
「で、その後の記憶はどうなってる?」
「……そこで、寝てました」
そう言って章灯が座っているベッドを指差した。
「……だよなぁ~」
そう言って章灯が再度両手で顔を覆ってしまったのを見て、晶はおそるおそる近づき、向かいにしゃがみ込んだ。
「何か、やらかしましたか? もしかして……」
「良い、良い。俺がそっち行くから、お前はここ座れ。自分の部屋なんだから」
章灯はゆっくりとベッドから降りると、床に胡坐をかいた。晶は章灯に促され、ベッドへ腰掛ける。
「……何があったか聞きたいか? お前結構恥ずかしいと思うけど」
「は……ずかしいような事を、したんですか……?」
「俺も恥ずかしいけど、アキもたいがいだったからな。あー、でも、俺はちゃんとお前に許可を取ったからな! ……まぁ、信じてくれれば、だけど。どうする……。聞くか? 止めとくか?」
「そう言われると……、聞きたいような、聞きたくないような」
晶は毛布をつかんで下を向いている。そして、思い出したように顔を上げた。
「そういえば……、章灯さん。あの、デスクの上の紙袋って……」
「え? あー、そうだな。その記憶もないよな。それ、俺からの『15日』分のお返しだ。アキが香水とかつけるかはわかんないけど、何か似合そうだったから」
改めて言うと何だか恥ずかしい。視線を外してそう言うと、晶は手を伸ばしてデスクの上から紙袋を取り、中から小さな箱を取り出した。
「ありがとうございます」
そう言って、その箱から香水の瓶を取り出す。
余計な装飾のない透明な立方体の瓶にシンプルなラベルである。
ホワイトデーのお返しにしてはちょっと飾り気がなさ過ぎたかな。でも俺好みだし、アキにぴったりだったんだよなぁ。でも、いまそれを持っているやつだって、見た目は飾り気がないけど、中身は……。
そんなことを考えるとふと昨日の晶を思い出してしまい、耳が熱くなる。下を向き、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせていると、ふわりとシトラスの香りが漂ってきた。
「良い香りですね」
その声で顔を上げると、左手の袖を軽く捲って手首をくんくんと嗅いでいる晶の姿がある。どうやらいま付けたらしい。
「香水、初めて付けました。ありがとうございます」
晶は顔を上げた章灯に気付くとにこりと笑った。
「とりあえず、朝ご飯にしませんか。昨日の事はその後で聞かせてください」
章灯は晶の口からこぼれた『初めて』という言葉と、ふいに見せた笑みにどきりとして、視線をそらし「おう」とだけ言った。
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