開幕
荘司はまず和葉のクラスを見に行くということで、和葉と二人で校舎の中に入っていった。
二人を見送ってから少しすると、魁斗と千歳の姿が校門の向こうに見えた。二人の傍らには、微かな霊気の揺らぎがあった。桜緋の姿が見えないと思ったら、魁斗たちと一緒にいたらしい。
「魁斗! 千歳ちゃん! こっちこっち!」
人混みでわかりにくいだろうと思い、手を伸ばして声を上げた。
すると、千歳が目敏くそれに気づき、兄の手を握ってこちらに歩いてくる。
「千尋君!」
「よォ、千尋。久し振り」
「久し振り。……桜緋、二人と一緒に来たんだ」
『なんだ?』
少し不満そうな千尋の顔を見て、桜緋は顕現してニヤニヤと愉しそうに笑う。
「私がいつも傍にいなきゃ嫌なのか?」
「そ、そんなことないって!」
「それにしては、拗ねた
桜緋が意地悪く追及するも、千歳がクスクスと笑いながら桜緋に言った。
「そんなことを言ったら、桜緋さんも私たちと一緒にいるとき、千尋君の話ばかりされていたじゃありませんか」
「あれはただの近況報告だ」
「千尋君本人が自分で言うと思われることばかりでしたよ?」
「無言で歩くというのはつまらんだろう」
「兄さんと色々話しておられたではありませんか。その話に関連した話題でも良かったのでは?」
「それでは、千歳が」
「私は兄さんと千尋君が二人で話しているのを聞きながら育ちました。誰かが話していて、自分は蚊帳の外という状況には慣れています。それに、私もさっきの話は興味深かったと思っていますよ?」
「っ……千尋!」
急に怒鳴られて千尋は思わず背筋を伸ばしながら返事をした。
「は、はい!」
「そろそろ公演だろう。二人を客席まで案内して、早く持ち場に就いた方がいいんじゃないのか?」
「あ……まぁ、そう、かな……」
腕時計を確認しながら頷くと、桜緋は一瞬ほっとしたような顔をしたものの、すぐにまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
「なら、早くしろ!」
そう吐き捨てて隠形してしまう。
「ちょっ、魁斗とこの間の話は!?」
『もう終わらせた!』
いきなり子供のような態度をとって、珍しいこともあるものだ。一体、何があったというのだろうか。
千尋は首を傾げてばかりだったが、兄妹はお互いに何か通じているらしく、顔を見合わせてそっと苦笑していた。
「どうしちゃったんだろ、桜緋……けどまあ、そういう感じだから、案内するよ」
***
千尋たちのクラスは劇を行う。そして、その内容は高校の文化祭にしては珍しいジャンルだった。
魁斗と千歳は客席の入場口前で仕事がある千尋と別れ、受付の生徒からあらすじやキャストなどが書いてあるパンフレットを渡された。劇の会場といえば、体育館か生徒会館辺りだと思っていた魁斗だったが、会場だという建物に思わず目を疑った。
「まさか武道場でやるとはな……」
「劇の内容、時代劇みたい」
「ジャンルのセンス、ちょっと渋すぎやしねぇか……」
作品の雰囲気を意識しているのか、客席も椅子ではなく、座布団だ。もちろん、椅子の方がいい場合は、申し出れば用意してもらえるらしい。
もらったパンフレットを読んでいる千歳は楽しそうだが、魁斗はなんだか納得のいかない顔だ。
「千尋君の名前、あった!」
「お、何役だ?」
「……照明スタッフ」
「……まあ、らしいっちゃらしいか」
「そ、そうだね……」
そのまま千歳はあらすじを読み始めた。
主人公は旅の剣士。旅の途中に訪れた村で、娘が化け物に襲われているところを救い、歓迎される。そして、化け物がいつもその娘を狙っていて、どうにかして欲しいと頼み込まれた剣士は、自分の腕試しも兼ねて化け物退治を引き受ける。
「ただの時代劇っていうよりは、どっかの言い伝えみたいな感じだな」
「神話とか?」
「そうそう」
すると、辺りの照明が落とされ、アナウンスが流れた。
「まもなく開演致します。最後まで、どうぞお楽しみください」
その直後にキャストが会場に入場し、劇が始まった。体育館でないため、会場にステージはない。そのため、生徒たちが木材で作ったと思われる囲いで客席と舞台を仕切っていた。
劇は意外にも本格的なものだった。主人公役の生徒は剣道部のエースらしく、動きに違和感がない。化け物も、生徒たちが数人がかりで巨大な着ぐるみを操っている。そして、一番の特徴はキャストは皆、和装をしているというのに、動きにぎこちなさがなかった。小袖や着流しでも、普段着と変わらない自然な立ち振る舞いができている。
これは魁斗が千尋から後で聞く話だが、ヒロインである村の娘役の生徒は、茶道部の所属であり、普段から好きで和服を着ることも多く、単に着慣れていたらしい。
劇はアクシデントもなく、順調に進んでいき、ついにクライマックスを迎えた。
娘を襲っていた化け物は実のところ、娘に恋焦がれていた男の歪んだ心が生んだもので、その男をどうにかしない限り、娘はずっと化け物に狙われ続ける。さらに、娘は最近、自身の幼馴染みと婚約したらしい。それが、男が化け物を生むに至った最大の原因となってしまった。
舞台で、剣士と男が対峙している。
「娘に焦がれたところで、あの娘はお前には
「うるさい……うるさい、うるさい!」
「現実を見ろ。お前の恋は終わっている。あの娘以外にも、女などごまんといるだろう。あの娘に執着する理由が、俺にはわからんな」
「あの、子……あの子が、いい。あの子じゃなければ、俺は満足などできぬ……!」
「……そうか。とうの昔に、正気は狂気に呑まれていたか。ならば、その狂気、俺が斬ってやる。いい腕試しだ」
主人公の性格が正義感丸出しではなく、かなり……いや少し捻くれているところなんかが、ある意味本格的でリアルだ。脚本を書いた生徒のセンスの良さが感じられる。
剣士が刀を構え、男に据える。剣士は修行を積んで、肉体を斬らずに気だけを斬る技術を身につけた、凄腕の剣豪という設定だ。
「いざ……!」
完全に劇に引き込まれていた千歳が息を呑む。
そのとき、鋭い声が二人の耳に届いた。二人にしか聞こえない声だ。
『魁斗、千歳!』
注意を促す声が聞こえた次の瞬間、舞台の二人が突然倒れ、客席に座って鑑賞していた人々もバタバタとその場に倒れていく。倒れずにいる人もいたが、それでも額や頭に手を当てて苦しそうに呻いていた。
「これは……」
「な、なんなの、これ……」
「魁斗が言っていたやつ。それが、これだろう」
桜緋が二人の前に顕現し、辺りを警戒しながら平然と答えた。
けれど、魁斗と千歳は信じられないと目を見開いた。
「まさか!」
「運動部の試合でもないのに!」
「こんな場にも現れるようになるほど、敵さんが勢いづいてきたということだろうよ……」
魁斗と千歳が何ともなっていないのは、桜緋が二人を自身の霊気で包み、守っているからだ。そして、他の人間は霊気を吸い取られて意識を失った。霊力が強めの人間は意識を保っているものの、それでも霊体への負担で苦しんでいる。
桜緋は舌打ちしながら、千尋がいるであろう屋外に目をやった。そして、ちょうど裏口から千尋が顔を見せた。その手には竹刀が握られている。千尋は武道場に上がり、桜緋たちの傍へと駆け寄った。
「桜緋!」
「お前は無事か!」
「初めてで成功するか微妙だったけど、どうにか結界張って
「なら良かった」
「魁斗と千歳ちゃんは平気?」
千尋の言葉に二人は頷いた。
「ああ」
「桜緋さんが来てくれたから大丈夫」
「桜緋、やっぱりこれ……」
千尋が桜緋を振り返り、桜緋は千尋の言わんとするところを察して、千尋が全てを言う前に肯定した。
「ああ、そうだろうな。こいつは邪気の仕業だ。しかも」
桜緋は眉間に皺を寄せ、険しい表情で三人に告げた。
「私が邪気の気配を直前まで全くもって感じられなかった。そして、今ももう既に気配が消えている。……おそらく、これは夏に出た邪気とみて間違いないだろう」
そろそろ本腰入れて祓いにかかるべきだ。
一刻の猶予もない、と呟く桜緋に、千尋も竹刀を握る手に力を込めて、静かに力強く頷いた。
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