ダーク帝国軍団、100年を経て姿を現す

 アジア台地では豪雨より一旦消えかけた炎が至る所でまたくすぶり出していた。黒煙が再び立ち昇りだしていたのである。灰色の細長い雲が至る所で沸き上がり弱い風に乗って低い丘稜や林や森の上を掠めるように流れて地平線は薄暗く淀んで見えた。雲は何千キロも何万キロも流れ、太陽の光を遮りアジア台地は薄闇の灰色の世界になってしまったかのようだった。

 また大地震の余震は地震より三か月を過ぎても途切れることなく発生し、台地の民の間に恐怖を与え続けているのだった。


 そんな時である。アジア台地の北西の峰々の奥に100年もの間、静かに鳴りを潜め忍んでいたダーク帝国がこの大地震とともに動きだしたのです。

 北西の峰々の奥の扉を開けたダーク帝国は、先ずは台地最大の河川オウガ上流周辺のハウマン、ギャウティー、ドウマル一族の領地に100年の時を経て再び獣人の戦団が漆黒の軍旗をはためかせそのおぞましい姿をあらわしたのであった。

 

 その先頭に立つのはあの3つの頭をもつ3頭身の獣人、ダーク帝国将軍デォールであった。

 熊の様な肩の盛り上がり像のように太い脚その蹄がオウガ河川の平原の地にめり込む、ズブ、ズブと...デォールは手綱を緩め巨馬の歩をゆるめた。


 

 オウガ河川の平原は数万もの漆黒のダーク帝国軍旗で埋められていた。見渡す限り漆黒の軍旗だ、それが風に吹かれバタ、バタとはためく。

 兵団は10段に分かれている。先頭に長い槍を掲げ平刀を携えたゾンビ兵士、その後方に漆黒の軍旗を掲げた半人半獣の騎馬兵士がが続くその兵団が10団続くのである。10団の兵団は規則正しくゆっくりとゆっくりと歩を進める、大軍団が進軍している。

 

 将軍デォールの巨馬より半歩後方には真っ白い頭髪を肩まで垂らし、真っ赤な瞳を持ち真っ白な顎髭に覆われた300歳を超す老魔術師オルビスが、

 

 さらに半歩後方の左右には、右側にオオトカゲの頭を持つ2m近い巨体の獣人、トカゲ族司令官ゾムダイが、

 左側には狼の頭を持つ、これまた2m近い毛むくじゃらの巨体を持つ獣人、けもの族司令官ラガールがそれぞれ馬上の騎士となり歩を進めている。

 そしてゾムダイ、ラガールの後方にはモスグリーンの背まで伸びた長い髪を後方に束ね、陶磁器のような碧い肌に左右の目じりも、左右の口元もこれでもかと言わんばかりにつり上げられた紫の戦闘用のペイントに縁どられた人族のおんな司令官ダイアナが馬上の騎士となり歩を進めていた。

 

 恐ろしい程の美人である、見る者を射すくめるようなエメラルドグリーンの瞳である。

 

 「アニキ!」


 将軍デォールの右肩で小獣レッドが声を張り上げた。小獣レッドの耳元では小さいコウモリが赤茶色の鼻をピク、ピクさせキィー、キィーと鳴きわめいている。レッドはしきりに頷く、そして後方の司令官達をまるで蔑視するかのように斜め見し甲高い声でしゃべりだした。

 

 「東の国のあのバカデカい城もみんな崩壊したぞ、城壁も崩壊したぞ、都もみんな崩壊したぞ、オウガ河川沿いは全て濁流にのまれたぞ、どこもかしこも瓦礫の山らしい」


「プス、プスといたる所で黒煙が立ち昇っているらしいわ・・・」

 今度は別のコウモリがレッドの耳元によってキィー、キィーとわめく。その後ろには2~3匹のコウモリが順を待つかのように肩口にしがみ付いていた。

 

 「海の国は海岸沿い一帯が高波でやられたらしい、家も領民も全てが海の彼方に消えたらしいわ、あの国は半分が壊滅状態なったのだ!」

 肩口で待っていた2~3匹のコウモリがキィーキィーとわめきだした・・・「フム、フムそれで・・」レッドは聞いている・・・そして頷く。

 

「山の国では城が崩壊したぞ、ちんけな山城だ、地震がなくても崩れるわな!」


「バカどもが瓦礫の回りをアリ見たいにウジャウジャしているらしい」

 

「北の国では建物の崩壊は少ないらしい、だが城に通ずる道路は四方八方でがけ崩れだそうだ!」


「荷馬も通れんらしい」

 

「水の国では廻りに張り巡らされた運河が氾濫したぞ、王府も民家もみな水没したらしいぞ!領土は大半が水びだしだ」


「しばらくは水は引かんだろう」

 

「文明の国はどうした、」

 将軍デォールが叫ぶ、

 

「あそこは行けねえ!あの砂漠に囲まれた所は、こいつらじゃ無理だ、あの砂漠の嵐を飛び越えられねえ!あそこだけはわからない」


 レッドはコウモリの頭をなでながら苦虫をつぶしたような顔だ。

 

「ふ~む、さてどうするものか」


 将軍デォールは後ろを振り返り巨馬の歩を止める。すかさず将軍の従者が坐台を用意する、そのまわりに魔術師オルビスと司令官達が将軍を取り囲み車座に座る。

 「兄者」


 デォールの左肩で小獣グリーンが細い腕をふり上げながら司令官達の方に首を伸ばす。

 

「皆殿、拙者はこう考えるのですがこの台地最大最強の国家は東の国です。今のレッドの話ではあの堅固で巨大な東国城が瓦礫の山となっているらしい、このまま全軍でこのオウガ河川沿いを進軍し、東の国に立てなおる隙を与えず一気に壊滅するが良いかと思われる・・・皆殿いかがなものか!」

 小獣グリーンはレッドと違い品がある。どうやら知恵もあるらしいけっして司令官達を蔑視するような態度も取らないし言葉も取らないのである。

 

「将軍、我に北の国を攻めさせてくれ」


 獣(けもの)族司令官ラガールが大きな牙をむき・・・わめく。

 むうっとした獣(けもの)臭が漂う・・・右方の人族女司令官ダイアナが顔をしかめる。

 獣(けもの)族では先の合戦時、初代ダーク帝国将軍、獣族、族長ワガールが北の国の兵士達の放つ矢により全身針ねずみとされ壮絶な死を遂げた。

 幾世代にも続く北の国への獣族の怨念である「この怨み晴らさで置くべきか」ラガールの真っ赤な瞳がギラ、ギラと輝く。

 

「それなら儂には水の国をやらせてくれ、あの領土を隅から隅まで草木一本も生えぬほど蹂躙し尽くしてやる」

 

 トカゲ族司令官ゾムダイが大きな口をパカーンと開けわめき散らす・・・大きく開けられた口と左右の鼻孔からは生臭い息が放たれた。

 人族司令官ダイアナが、益々顔をしかめ、


「お前ら、臭えんだよ」、「臭せえ!」

 と口先を押さえ声にならない声でつぶやく。

 

 先の合戦で西方の山の国を攻めたのはトカゲ族である。1万余の大群で山の国の山城を取り囲み早や突入という時にだ、水の国の軍団に二重にも三重に取り囲まれたそして数万本の矢を射かけられ山城の城壁廻りに累々としたトカゲ族の死体の山をつくった。

 その累々とした死体の山に燃える水をかけ、火矢を放ち、燃え尽きるのを悠然と眺めていたのは水の国軍団だ。トカゲ族に代々伝わる怨みだ。

 「オルビス卿、いかがなものですかのう」


 将軍デォールが魔術師オルビスに目を向ける。さすがの将軍デォールも300歳を超すこの狡猾な老魔術師には敬意を払ざるをえなかった。

 「東の国は、瓦礫の山になったといっても・・・兵士に相当の死者が出たといっても・・・」


 地の底から響くような、陰陽を伴う籠るようなしわがれ声だ。

 「台地最大の国家だ、オウガ河川中流域から東海岸まで優に2500キロに迫る領土だ。まだまだ4~5万の兵団ある、あなどってはいけない!」

「東の国の将軍の消息は!」、「不明か!」


「ヤン、キンゴー一族でも最も勇猛と噂の将軍だ!消息を確認しろ、あなどってはいけない!」

 

 「ワガール、ゾムダイよ、北の国へも、水の国へも今は進軍路が亀裂、陥没状態だ!荷馬も通れん、これだけの大軍引いて、どう進軍する気だ!我は!」

 ワガールとゾムダイに挟まれて座るダイアナは、


(あたりまえだろうがそんな事わからないのか、この馬鹿ども、もう少し考えろ よな~)


 蔑視した表情を浮かべ左右を見やう。


 ワガールとゾムダイは下を向きうつむいたままだ、返答できなかった。


(筋骨隆々、頭の中まで筋肉で出来ているような大魔神のようなすばらしい体躯だが如何せん頭の中の脳みそはからっきし小さい、大変みすぼらしいのだ、理詰めな思考などできるはずもないのだ・・・)

 「将軍、ここは小獣グリーンの言うがごとく東の国に立ち直る隙を与えず一気に全軍で叩くが良いでしょう。東の国が壊滅すれば、後は北や水の国への進軍路を補修し、また軍の駐屯する出城もしっかりつくり補給路を万全にしてじっくりと攻めればよいのではと存ずるが・・・」

 「この大地震で、各国の進軍路は通行不能か・・・つまり各国が援軍を出せないということか、この大地震を機に、台地最大、最強の国家を壊滅させるか、面白い・・・アジア台地の隅々まで、ダーク帝国軍の漆黒の軍旗をはためかせるか、我らが野望への先ずは第一歩だ前哨戦だ!東の国を全軍で攻める」

 ダーク帝国将軍デォールの腹は決まった。

 

 10団に分けられたダーク帝国兵団は一時の休息と食の補給をとるや東の国の、今は瓦礫の山と化した(東国城)に向け進軍を開始した。


 東国城までは20日超える道のりか、兵団はオウガ河川沿いの平原を地割れ所、陥没個所、河川の氾濫個所を避けながらぬうようにゆっくりと進軍しだした。  




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る