「 蓮華の花守 - 寂寥 」(二十四)
――― 巳の刻( 九時頃 )
「 ねぇ…誰か、絵巻物を読んでくれる…? 」
寝室から出て来た
「 では、私が…――― 」紅魚は名乗り出ると、本棚から適当に巻物と書物を選んで 花蓮と共に寝室へ戻って行った。
「 絵巻物か…フフッ…女王様、なんか可愛いね? 」緋鮒が昨日の女王の剣幕は何だったのかと思いながら独り言の様に呟いた。
( 絵巻物…… )
遠い昔 ――― 小さな自分が絵巻物を好きだった様な気がして、睡蓮は掃除の手を止めた。
「 あの…宮中の書院は誰でも入れるのですよね? 」
「 うん、そうみたいよ~? ――― 睡蓮ちゃんも絵巻物が読みたくなった? 」緋鮒は揶揄う様な口調で微笑んだ。
「 はい…!そうかもしれません…? 」
「 睡蓮ちゃんならロータス語の書物も読めるかもね? ――― そうだ! 他の国の書物も置いてあると思うから読めるかどうか試してみたら? もうさっ!昨日みたいに全部 実験しちゃおうよ!? 」
「 はい…!探してみます…! 」
「 面白いのがあったら、アタシに読み聞かせてね♪ 」
睡蓮と緋鮒は微笑み合うと、二人で残りの掃除を続けた ――― 。
――― 午の刻( 十二時頃 )
職業病の様なもので、彼は あくまでも護衛感覚である ――― と、自分に言い聞かせている節がある。
「 あの…ごめんなさい…! 」朝の誓いが破られた様に感じて、睡蓮は落胆しつつ早歩きで部屋と向かう ――― 。
「 いいよ? ――― 俺も取りに戻りたい物があるから。 」
「 じゃあ、俺達は 先に行ってますね? 」
「 また、それですか!? ――― 俺は都合の良い舎弟とかじゃ無いんですよ!? 」
「 え~!みんな行くならアタシも行くー!! 」
結局、四名全員で睡蓮と白夜の部屋に向かう事となる。
部屋に戻ると、睡蓮は桔梗の髪飾りを ――― 白夜は桔梗への手紙を手に取った。
同時に何かを手に取った二人の息の合った様子は兄と妹に見えなくも無い。
共に過ごす時間の多い親子や夫婦は似て来ると言うが、二人も例に漏れず 無意識の呼吸が合う様になって来たようだ。
「 本当に同じ部屋なんだね…? ――― 蒼狼のお兄さんはさ、どう思う?これ…… 」廊下で二人を待つ間、緋鮒は蒼狼に彼の倫理観について訊ねた。
「 ん? まぁ、あの御二人だから良いんじゃないかなと思ってるけど…普通だったらあり得ないね? 」
「 だよねー? 」
「 でも、白夜さんは内心喜んでると思うな。 」
「 え? 何それ?サイテーって事? あんなに綺麗な彼女が居るじゃん! 」
「 そうだね ――― でも、そういうものだよ緋鮒さん 」
「 う~ん…わかんないっ!どうして 陛下は 二人を同じ部屋になさったんだろ!? 」
緋鮒は言いながら、追究された女王と追究しようとした
食堂には
「 白夜くん、昨日
そこで彼女は、 昨夜 何が起きたのか葵目に訊いてみる事にした。
「 あの…葵目さん、昨日はお世話になりました。あの…お訊ねしたいのですけど、私がどうやって部屋まで帰ったのかご存知でしょうか? 」
「 睡蓮、その話は 今は止めようか? 」桔梗の手前、葵目では無く白夜が即答する。
「 もう 医院のお二人に聞いてるわよ…? 」白夜を突き刺す様な声で桔梗が呟くと、白夜は恐怖心から凍り付いた。
「 ご…ごめんなさいね…! 彼女が桔梗さんだと知らなくって… 」場の空気を換えようと試みた葵目の言葉に緋鮒が笑い出した ――― 「 笑ってごめんなさい!なんか、今の喋り方 女の人みたいで……!ウフフフ! 」
何も知らない彼女の楽しそうな声は、葵目にとっては心を突き刺す様に響き ――― 彼は咄嗟に手で口元を覆い、気が緩んでいた事を冷や汗と共に猛省した。
" 自分はおかしいのでは無いか…? "
" どうして、自分はこんな事になったのか…? "
物心が付いた頃から彼に付き纏う声が波の様に押し寄せて来る。
「 桔梗さんもご存じなのですか…!? 」「 睡蓮さんには話してないの? 」
睡蓮が桔梗と白夜を交互に見つめ、桔梗が白夜を睨み ――― 「 良いから、君はこれを読んで? 本当は昨日の夜 渡しに行くつもりだったんだけど…… 」白夜は手紙を桔梗に素早く手渡すと「 睡蓮、後で教えてあげるから食べよう? 」と早急に話を煙に巻いた。
「 あー、やだっ!やだねぇ…! 手慣れてる感じが嫌だねぇ…! 」
白夜の光の様な処理の速さに東天光が嘆き出すと、蒼狼と緋鮒も同意して深く頷いた。
「 そういや、来たよ?
「 俺が夜中に白夜さん家の様子を見に行ったんですよ? ――― その時いらっしゃったんです。 」蒼狼が微笑みながら名乗り出ると「 寄ってくれれば良かったのに! 水臭い子だねぇ! 」と、日葵は夫の施した面倒な鍵の事を忘れて微笑んだ。
「 白夜、どういう事なの!? 」手紙を読み終わった桔梗が蒼褪めた顔と動揺で手を震わせながら白夜に問うと、彼は桔梗に微笑んだ。
手紙には、睡蓮と同じ部屋になった事 ――― 睡蓮を守る約束は果たしたい事 ――― 変わらず桔梗を愛している事などが書かれており、賢いと自負している桔梗は、響きの良い言葉で惑わされようとしているのでは無いかとも感じたが白夜の事を信じたくもあり ――― 然し、睡蓮と同じ部屋で過ごしている事を態々書き出す事に悪意にも似た何かも感じ、彼女は混乱した。
「 君に隠し事はしたくないから…――― 教えるのが遅くなってごめん。 」桔梗の混乱とは裏腹に、白夜は優し気に笑みさえ浮かべている。
「 !? ――― 私が黙って許すとでも…? 」
「 そうは思ってないけど、隠されるほうが嫌じゃない? 」
「 それは……そうだけど……――― こんな話……何なの!? 私を怒らせたいの? 」
「 だからっ!部屋の話は俺が決めたんじゃないって書いてるじゃん…! 」
段々と声量が大きくなって行く二人を見兼ねて日葵が会話に割り込むと、睡蓮も話題を変えるべく 桔梗へ借りていた髪飾りを差し出した。
「 長い間 お借りしてしまって すみませんでした。とても助かりました…!ありがとうございました。 」
桔梗は動揺と嫉妬心を落ち着かせる事に精一杯で声を出す事が出来ず、頭を下げて礼をする睡蓮を見つめながら、自分が彼女に髪飾りを貸した経緯を思い出して不安に駆られ始めていた 。
白夜に自分の事を忘れて欲しく無くて 睡蓮に持たせた髪飾り ――― 白夜と睡蓮が同室で過ごしていると知った此の瞬間に手元に髪飾りが返って来る事は、桔梗にとっては恐ろしく感じずにはいられなかった。
まるで、二人の世界から締め出された様な感覚である。
「 あの…桔梗さん…――― お食事の後、二人でお話出来ますでしょうか……? お伝えしておきたい事が…… 」
「 え…!?何…?ここでは言えないの? 」
「 はい…出来れば……いいえ!……桔梗さんと二人が良いです。 」
「 ………。 」
睡蓮の申し出は受け入れるつもりだが、頷く事も返事をする事も出来ずに桔梗は力無く髪飾りを受け取った手を下した。
桔梗の悲し気な瞳が白夜の眼差しに向けられる中、睡蓮は白夜達の重なった
白夜の事も桔梗の事も好きだが、白夜と桔梗の世界に自分は加わる事は出来ない。
何も知らずに楽しんでいた白夜の
「 そういえば、
「 それが…… 」葵目と東天光は同時に蒼狼のほうを見つめると、姫鷹がそれっきり帰って来ていない事を皆に告げる。
「 えぇ~っ!? 女王様の御部屋から出られたのって朝だったよね!? 」緋鮒が睡蓮に同意を求めると、睡蓮は深々と頷き「 王子様の容体が良くなかったのでしょうか…? 」と、純粋に心配して呟いた。
( そんな ひ弱そうな男には見えなかったが…… )と、白夜と蒼狼はライルの姿を思い返す。
「 あたしは、先生が居座ってるんじゃないかって心配なんだけど…… 」東天光の言葉に、姫鷹と面識が無く それどころでは無い桔梗と、姫鷹の良い面しか見えていない睡蓮と緋鮒以外の全員が顔を見合わせ、此れ以上の議論は必要ないと判断し食事を続けた。
「 あの…先生が居座るって…どういう意味ですか? 」緋鮒が素朴な疑問を口にすると「 若い男に目が無いって事だよ♪ あんたも そのうち解かるさ 」弾んだ様な日葵の声に緋鮒は女王付きの女官らしく顔色を変えた。
「 よく、追い出されませんね… 」蒼狼は、昨日 目にした短気そうなライルの姿と普段の姫鷹の暴走を思い返して小首を傾げた。
「 " そういうもの…… " 」妙に、先程の蒼狼との会話を思い出した緋鮒は王子が姫鷹を気に入ったのでは無いかと不安を覚え、すぐさま席を立った。
「 アタシ、ちょっと やる事あったの思い出したんで お先に失礼します!! ――― 睡蓮ちゃん、また後でね! 」
「 は…はい…! 」
「 え…? 医院長が王子殿下の所に まだいらっしゃるって事? 」
駆けこんで来た緋鮒の報告に紅魚が怪訝な表情を見せると、珠鱗は「 王子殿下の容体が良くなかったのかしら…? 」と、純粋な心配を口にする。
「 ライル様が先生を気に入っちゃったとか無いですよね!? 」
「 えっ!? 何 その発想…… 」
「 好きな人が居ても、男は別の女にも喜ぶものだと聞きました! 」
「 ……何処でそんな情報を聞いたか知らないけど、一理あるわね 」緋鮒の言葉に戸惑いつつも、紅魚も焦りを感じ「 何にしても、放置する訳にはいかないわね ――― 容体が悪いのも、先生をお気に召されるのも困るわ…! 」と、急ぎ足で女王の私室を出る事にする。
「 どちらへ!? 」
「 晦冥様の所よ! ――― 私が王子殿下の様子を見に行く訳にはいかないし、どなたか上の方にご相談しなければ…! 」
「 姫鷹医院長もお困りになっていらっしゃるかもしれませんわね… 」姫鷹の実態を知らない珠鱗が心配を始めると、室内で大きな音がした。
「 !? 」
何か重ための物が落ちた様な其の音は、花蓮女王の寝室のほうから鳴り響いたので珠鱗は恐る恐る寝室の扉を叩く。
「 陛下、起きていらっしゃるのですか? ――― 今の音は…!? 開けますわよ…! 」
扉を開くと、乱れた呼吸から肩を上下させて佇んでいる女王の後姿と床中に散乱した書物と巻物の光景が珠鱗の瞳に映り込んだ ――― 。
引き裂かれたかの様な書物と
「 陛下、もしかして…お聞きになっていらっしゃったのですか!? 」
書物と巻物は女王が投げ払った ――― そう考えた珠鱗は何日も続いている女王の異変に底知れぬ恐怖を感じ始めた。
「 あの
「 直ちに! 」女王は何時も通りの細い声だったが珠鱗は何も言わずに従ったほうが良いと予感し、一礼すると緋鮒に紅魚の後を追う様に指示した。
「 蝶美は…? 」
「 仕立て師の所です。 」
「 呼んでくれる…? 」
「 ―――…直ちに! 」
女王の部屋を出る瞬間、珠鱗は水中から水面に顔を出せた時の様な感覚を覚えた。
大きく息を吸い込むと、呼吸を整えながら彼女は蝶美の許へと向かった。
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