第二章『 蓮の糸 』

「 水の中の宮殿 」

  

「 へぇ…――― あなた記憶を無くしたの? まだ 若いのに大変ねぇ! 」


――― 睡蓮スイレンと対面して、そう呟く様に言った女性は花蓮カレン女王の即位と共に、晴れて宮中の医院長となった『 姫鷹ヒメダカ 』だ。


片脚は義足で、医師らしく清潔感のある彼女は

リエン国の女性の結婚適齢期を少し過ぎた婚期を逃し気味の独身女性で

名前と色気の漂う喋り方から 美しい女性を想像されがちだが、至って平凡な容姿の医師である。


「 でも、若いから男なんて何とでもなるわよ! ――― あたしにも若さ…若ささえあれば……! 」

自身が結婚適齢期を過ぎている事を気にしてか、机の上で拳を握り締めるとブツブツと呪文のように何か言い始めた姫鷹ヒメダカを「 …… 先生、心の声が駄々漏だだもれていますよ? 」と、落ち着いた口調で止めに入った男性の名は『 葵目アオメ 』。


二十代後半の年齢と思われる彼は、 " 医局長 " ――― 医院長と医師達を繋ぐ姫鷹ヒメダカの右腕の様な存在で、医院の雑用全般なども引き受けている やや線が細く、穏やかな雰囲気を持つ男である。

姫鷹ヒメダカが暴走し始めたので言葉を発したが、普段は寡黙かもくな人物なので睡蓮スイレン秋陽しゅうよう医院ここに来て初めて彼の声を耳にした。



白夜ハクヤ睡蓮スイレンに海で助けた時の話をしてから数日が経っており、

秋陽しゅうよう白夜ハクヤ ――― 睡蓮スイレン紅炎コウエンの三人と一頭は、診療所を日葵ひまり春光しゅんこうに任せて王宮の敷地内に用意された新しいいえに暮らし始めていた。


桔梗ききょうは、彼女の父親が白夜ハクヤと一つ屋根の下で暮らす事に反対したので

三人と一緒に暮らす事は無いが、たまに泊まり込みで手伝いに来る事にはなっている。


今日は秋陽しゅうよう睡蓮スイレンを連れて、彼女の健忘症けんぼうしょうについて相談しに宮廷の中にある医院を訪ね姫鷹ヒメダカ葵目アオメに出会い、現在に至る ――― 。



「 このむすめの記憶を取り戻すには、お主は どうしたら良いと思う? 」


秋陽しゅうようの言葉に気を取り直した姫鷹ヒメダカは「 そうねぇ……秋陽しゅうよう先生と同じで、あたしも記憶を無くした人を診た事が無いのよねぇ… 」と、真顔で呟くと

「 でも、この仕事 超暇だし? 睡蓮スイレンちゃん(?)は、男が群がりそうで助ける価値ありそうだから調べてあげても良いわよ♪ 」と、笑顔で答えた。


「 ……先生、お言葉をお選びになったほうが ――― 」


葵目アオメが二度も声を発するのは珍しい事だったが、初めて会ったばかりの秋陽しゅうよう睡蓮スイレンは その事に気付く事は無かった ――― 。




「 ありがとうございます…!姫鷹ヒメダカ 先生 」

睡蓮スイレンは 所々 姫鷹ヒメダカの言ってる言葉の意味が解っていなかったが、にこやかな表情で姫鷹ヒメダカに頭を下げた。



「 医院長なのに暇じゃとな? 」


「 だってぇ、あたしは こないだから花蓮カレン様の専属みたいなものだもん! 」と、秋陽しゅうようの問いに不満気に答えた姫鷹ヒメダカは「 他の人達のちょっとした事は医院ウチの他の子達が治療しちゃうし、そもそも、この国は食べ物も水も豊富で住みやすいし、病気になる人のほうがまれよ?!」と続けると


「 戦争もして無いし、花蓮カレン様もお若くて健康だし……暇 暇 暇よ!?

ああ!!どうせ医院長になるんだったら ハチス 様の身体からだが見たかった!!! ハチス 様ぁぁぁっ ――― !!!! 」と、最後にはハチス 先王の名前を呼びながら泣き叫び出したので葵目アオメが また口を開く。


「 先生、お気持ちはわかる……わかりますが…… 」


葵目アオメが三度も声を発するのは珍しい事だったが、やはり、秋陽しゅうよう睡蓮スイレンは その事に気付いてはいなかった ――― 。










姫鷹ヒメダカ先生って、お元気なかたですね。 」


「 うむ、いろんな意味で あの者が 一番 医者に診てもらう必要がある気もするがのう。 」



――― 医院からの帰り道、睡蓮スイレンは 所々に設置されてる水場を眺めながら歩いていた。


宮中は、何処どこ彼処かしこも石畳が綺麗に敷いてあり、道幅も広すぎる程に広く

道の脇や、建物の壁などに沿って設置されている石を削って作られた水路に何処どこからか川の様に水が流れており、水の中にははす睡蓮すいれんの 花とつぼみや葉っぱが溢れていた。


海に近い王宮内は、何処どこに居ても どの時間になっても 一日中 波の音が聞こえていて、宮中に居る誰もが まるで自分が水の中に居るかの様な錯覚に一度はおちいる事になる。



( ――― なんだか、落ち着く…… )


この宮中の雰囲気を睡蓮スイレンはとても気に入っており、波の音や水の流れる音を聞いている時は 時々、晦冥カイメイの存在や 過去の記憶が無い事を忘れてしまう程だった ――― 。



宮中ここ とても広いもの…! 意外と会わないものね…――― なんだか、あのかたにお会いするほうが難しいような気がするわ。 )



睡蓮スイレンの中で、晦冥カイメイの存在が薄れがちなのには もう一つ理由がある。


―――――― それは 白夜ハクヤの存在だ。

 

 

  

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