小山内さんはイケメンが好き

浅見香谷

小山内さんはイケメンが好き

 ほら、動物ってさ、滅んじゃわないように優秀な遺伝子を残そうとするところがあるじゃない?だから、集団の中で秀でている個体を好いちゃうのは不可抗力っていうか、動物としての本能が優秀な遺伝子を選べー!って訴えてるってことだから、もう本当に仕方のないことで。つまりさ、何が言いたいかっていうと……私がイケメンを好きなのはそういうことなんだよ。


「小山内さんって正直すぎるって言われない?」

「言われる言われる」



 小山内さんはクラスメイトの女の子だ。肩口で切り揃えられた黒髪をくるりと内巻きにしていて、全体的に小柄だから、一見すると大人しそうなんだけど話すところころ鈴が転がるように明るく笑うような、そんな女の子だ。

 小山内さんと初めて話をしたのはかなり前のことだ。二年の文理選択で理系に進んだら初めてクラスが一緒になって、席が前後だった。五十音順の席順で、ア行の最後が小山内さんでカ行の始めにあたる加賀、つまり僕が小山内さんの後ろに座った。そして彼女は後席の僕を見て言ったのである。「わー君イケメンだねえ。これから二年間よろしくね」と。

 僕は人よりも多少見目が良い。こんな事を言うとナルシストかな?と思われるかもしれないけど、事実、バレンタインや学校の行事ごとではよく女の子に告白をされる。

 人に好かれるのは嬉しいことだ。若干同性からやっかまれることも、ないことはないけどそれも気になるほどじゃなかった。

 そんなこんなで見た目が人よりも多少良いということに関して、中学生のころは良いことしか無いなーと思っていたけど、高校一年生のころ彼女が出来てから…正確にはその彼女に振られてから見目が良いことについてのデメリットに僕は気付いてしまった。

「加賀君ってさ、付き合う前と後でちょっとイメージ違うかも。見た感じはカッコいいんだけど…すこしドジっていうか」

 というのが元・彼女の別れ際の言葉である。他の人から言わせれば僕はクールな感じがするらしいけど、実際の僕は結構間抜けだし子どもだし馬鹿だ。

 アイドルという言葉があるが、あの言葉は元々偶像という意味らしい。イメージとはすなわち偶像であって、付き合ううちに元・彼女の中の僕の偶像が壊れてしまったのだと僕は推察している。勝手なイメージを作り上げられて偶像化される。テレビの向こうの本職の人はそれが当たり前だけど、僕にとってそれはもちろん当たり前であってほしくないことだ。

 けれど僕にはそれを回避する手立てがなくて、だから、それ以降は人と付き合うとか付き合わないとかそういう話を敬遠するようになってしまった。好かれて告白されても彼女は作らないぞ、と思っていた。


 閑話休題。カッコいいとかイケメンとかそういった言葉は聞き慣れていたから、初めて彼女に褒められたときに僕は動揺も困惑も顔には浮かべず笑って「ありがとう」と答えた。それから一ヶ月位で席替えがあって、僕と彼女の席は離れた。それからしばらく彼女とは業務連絡以外で話をすることは無くなった。

 彼女とよく話をするようになったのは僕が図書委員になってしばらく後のことだ。元・彼女に振られてから、僕は男友達と話す時間以外は図書室に通っていた。一人でいるときはよく女の子に話しかけられるのだけれども、図書室なら私語厳禁だから女の子に話しかけられることもなく穏やかに過ごせた。司書の先生とも雑談をしたりお茶菓子を貰えるくらい仲良くなったし、年度が変わったら委員会は図書委員に入ろうと思っていた。

 委員はクラスのホームルームの時間に立候補で決める。図書委員は男女二人組で男子は僕とあともう一人が立候補した。女子の方はよく話す女子数人と、あと小山内さんが立候補していた。女子の勢いにドン引きした相手の男子が「加賀がんばれよ」と僕に図書委員を譲ってくれた。女子は結局ジャンケンで委員を決めたみたいで、小山内さんは負けていた。ジャンケンに負けた他の女子は結構残念そうにしていたけど、小山内さんは特別残念そうでもなかった。


 そして、やっぱり、というか何というか。一緒に図書委員になった、クラスでも比較的よく話す女の子は特に図書委員になりたかった訳でも本が好きという訳でもなかったようだ。最初の頃はちゃんと当番に来ていたらしいのに、当番の割り振りが僕と一緒じゃないことにぶちぶち文句を言って(彼女は昼休みのカウンター当番を僕と一緒に出来ると思っていたらしい。カウンター当番はもとから一人だけなのに!)司書の先生を困らせたみたいだ。けどその彼女にもめでたく?彼氏が出来たようで僕はお払い箱、ということらしい。彼氏を作るのはいいけど、当番はしっかりやって欲しかった。


「彼女に注意した方が良いですかね」

「やる気のない奴はもうしょうがないわよ〜それにあたしはあの子とソリが合わないしね」

「飯田先生、先生がそんなこと言っていいんですか」

「アラッ、口が滑っちゃったわあ。このお煎餅で内緒にしてね?」


 小包装の煎餅をありがたく受け取って笑う。司書の飯田先生はもう一つ僕の手のひらに煎餅を置いてニコッと笑った。


「加賀君、放課後暇?部活入ってないよね?」

「暇ですけど、何かあるんですか?」

「新しくきた本に透明のブックカバーを貼って欲しいのよ。ラベルとバーコードは貼り終わってるんだけど、ブックカバーだけ貼れてなくて。本当はあたしがやっておきたかったんだけど、会議が入っちゃって」


 特に用事は無かったから僕はその仕事を快く引き受ける。


「僕だけですか?同じクラスの図書委員の人、呼んだ方が良いですか?」

「助っ人はあたしが呼んでおくからいいよ。ブックカバー貼り職人を呼んでおくから」


 なんてそんな事を言って先生はパチンとウインクをしてお茶目に笑ってみせた。


 そして放課後。図書室で僕を待っていたのは小山内さんだった。ぱちぱちと瞬きをして彼女を見つめると背の低い彼女は僕を見上げて柔和な笑みを浮かべる。そして「ブックカバー貼り職人でーす」とピースサインを向けてきた。曰く先生と小山内さんは親戚らしい。「私はえっちゃん先生の手下なんだよーこの学校に入ってからずっとブックカバー貼りやらされてんの」とのこと。ちなみに飯田先生の下の名前は江津子だからえっちゃん先生というあだ名になったみたいだ。


「作業は書架室でやるよ」

「へー、書架室って入ったことないな」


 図書室の貸出カウンターの奥にある書架室へは鍵がないと入れない。彼女は先生から預かったのであろう鍵を使って書架室の扉を開けた。本棚と本がずらっと並んでいて、それほど広くはない。本棚が大きいせいで圧迫感がすごかった。

 窓際には普通の教室で使われるような机と椅子が三セットほど並んでいる。一番右の机にはラベルとバーコードの貼ってある本が積まれていた。

 彼女は背負っていた通学リュックを無造作に床に置いて、三つの内の真ん中に座る。そして机の中身をがさがさと漁りだした。ブックカバーのシートの束と三十センチ定規を二本取り出して「じゃあ早速教えるから座って」と、ぼんやり立っている僕を見上げて左の机を叩いた。

 僕も彼女にならって背負っていたリュックを床に置く。それから席につくと、思ったより距離が近くて驚いた。それなりに狭い部屋に二人きりでこの近さ。僕はそのとき、少し彼女と先生を疑ってしまった。


「加賀君、微妙な顔してる」

「え」

「私、加賀君の顔は好ましいと思ってるけど別に好きってわけじゃないから安心してよ」


 いたずらっぽい笑みにカッと頬が熱くなった。彼女と先生を少しでも疑ってしまったという恥ずかしさとか、そういう気持ちがせり上がってくる。また変な顔をしてしまっていたのかもしれない。僕の顔を見て彼女は慌てたように「あっ、待って、別に嫌いってわけでもないからね?」と弁明する。


「いや、あの、大丈夫…はじめてそんなこと言われたからちょっとビックリしたというか、なんというか」

「あ、そお?うん、傷付けたとかそういうんじゃないならいいんだ」

「でもいきなりだったから」

「いやー、何か顔に書いてあったから。警戒した方がいいかな?って」

「ごめん」

「謝らなくていいって!イケメンも大変ねー」


 しみじみと言う彼女が何だかとても面白くて、ほっと気が抜ける。


「うん。人より少し見た目が良いと大変だよ」

「謙遜してるけど割りとナルシストな発言!」

「だって大変なのは事実だし」

「あはは、加賀君って思ってたより面白いね。クール系かと思ってたよ」

「…イメージ崩れた?」


 どきどきと心臓がうるさかった。僕の気持ちなんか全く知らない彼女は「崩れたよ。こんなユーモラスならもっと早くに話してれば良かった」と、とびきり明るい笑顔でそう言った。


 それからは新しい図書が来るたびに彼女とブックカバーとラベルとバーコードを貼る作業をした。初回以降先生によく頼まれるようになったのだ。「えっちゃんの手下二号だね」と小山内さんに笑われたのは結構最近の話だったと思う。

 作業を通して小山内さんとはよく話すようになった。イケメンがとても好きらしく、「今日も目の保養をありがとうございます」と毎回拝まれた。

 よく話すようになったとは言っても教室では必要以上に話すことはしなかった。書架室だけで、僕たちは気の置けない友人のように振る舞えた。微妙な距離は居心地が良かった。その関係は変わらないと思っていた。何故だか無意識にそう思っていたのだから手に負えない。だから僕はその光景にかなりのショックを受けたのだ。


 七月半ば、友達に誘われてバスケをしに体育館へ行こうと教室を出たところでその二人を見た。僕が出たのと反対側の…教室前方の扉のすぐ横で、あどけなさの残っている、顔の整った男子と小山内さんが話していた。男子の方が教室から出てきた僕を見て、小山内さんに内緒話をするみたいに口を寄せた。彼女はくすぐったそうに笑う。そういえば彼女は耳が弱いからイヤホンは苦手だって言ってたっけ。どうでも良いことを考えながらどんどん彼らに近付いていく。今度は小山内さんのほうから内緒話をする番らしく、男子の方は少し屈んで、逆に彼女は気持ち背筋を伸ばした。そして彼女はその男子の耳に唇を寄せる。

 腹のなかで、なにか黒いものがぐるぐるしてるみたいで気持ち悪かった。

 きっと自惚れがあったんだと思う。僕以外の男子とは全然話しているところを見ないから、彼女を独占している気になっていた。微妙なタイミングだけど、そこで初めて僕は彼女が好きなんだと気付いた。

 すれ違いざま、彼女が僕に手を振る。あっけらかんと笑う彼女に僕も笑おうとして、失敗した。胸のあたりがじくりと痛む。その後にやったバスケは全く集中が出来なくて顔にボールが当たった。おおいに鼻血が出たし、そのせいで五時限目には少し遅れてしまった。

 そしてあっという間に放課後は来た。今日は新しい図書の入る日だから、彼女と一緒に作業の日だ。予想はしていたけど彼女に昼休みのあとのことについて聞かれてしまった。


「今日五限遅れて来たけどどうしたの?」

「バスケで鼻血出したんだ」

「うわっ、イケメンの鼻血とか見てみたい」

「別に面白いものでもないからね…」


 好きだと自覚した後に情けない話をしなきゃならないだなんて…つくづくツイてない。話をしながら本に定規を当ててブックカバーを貼っていく。いつもと一緒、二人きりの書架室。気になっていることを聞きたかった。自然な流れで、明日の天気を聞くみたいに。


「イケメンっていうと、今日小山内さんと話してた男子がイケメンだったよね」


 ちらり。横目で小山内さんを見ると彼女はすぐ思い至ったらしく「あー悠くんね」とその男子の名前を出した。へー悠くんって言うのか。


「うん。あの子もイケメンだよね」

「一年?」

「そうだよ。今年入って来たの」

「僕とは系統が違うよね」

「加賀君はクール系っぽいけど、あの子はアレだよね少し甘めな顔立ち」


 優しげな横顔にまた胸のあたりが痛んだ。自覚をしだしたらもう止まらなかった。小さな耳に口を寄せて、秘密の話を囁く。


「小山内さんはイケメンが好きだって言ったけど、どっちの顔立ちが好き?」


 彼女が息を呑んだのが気配でわかる。


「く、くすぐったい」

「逃げないで」

「ホントくすぐったいから離れて」

「むり」


 定規をぎゅっと握って彼女は逃げようとするけど、僕が背もたれに手を回しているから椅子が引けなくて逃げられない。ていうか逃さない。


「もう遅いかもしれないんだけど、僕、小山内さんのこと好きかもしれないんだ」

「…かもしれないって保険かけるところが加賀君っぽいよね」

「で、どっちの顔立ちが好きなの」

「ちぇっ、誤魔化されてくれないかー」


 もっと近付いて「誤魔化されないよ」と言うと彼女は白旗をあげて「加賀君の顔立ちの方が好きです」と若干赤くなった顔で言った。


「うれしい」

「こっちは言わされた感すごいんだけど!ていうか何か勘違いしてるでしょ?あれ弟だよ」

「えっ」

「弟」

「…」


 黙りこくった僕を見て彼女はぷるぷると肩を震わせた。ああ、かなり笑いをこらえている。


「加賀君ってさ、見た目がクールでなんでも出来そうなのに時々すごいポカをやらかすよね。どこか残念っていうか」

「……顔が整ってても、残念な奴はやっぱり駄目かな」


 彼女はキョトンとした顔で僕を見たあと、悪い表情で笑った。意趣返しをするみたいに僕の耳に口を寄せる。肩に置かれた手は熱い。衣替えをしたから、薄いシャツ越しに彼女の体温が伝わって来て心臓が暴れた。


「顔は、キッカケにすぎないよ。実際、私は意外とドジっ子な加賀君を見ていてかなり好ましいと思ってる」


 そっと離れた彼女を見る。彼女の頬は平時よりもずっと赤く色付いていた。堪らなくなって抱きしめると「別に好きだとは言ってないよ。ていうかこれ加賀君がイケメンじゃなかったら通報されてるよ」と背中をグーで殴られてしまった。


「でも小山内さんは通報しないんでしょ?通報されない顔立ちで良かった」

「最近時々ストレートにうざいよ加賀君」

「でもそこも好ましいって思ってくれるんでしょ?」

「お父さんとお母さんの遺伝子に感謝するんだな」


 憎まれ口を叩きつつも大人しく腕の中に収まってくれてるのは、つまりそういうことで、これが答えってことでいいよね?

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