10-5 『お揃い』になった女

***


「さようなら、キーシャ」


 ディジェはそう言うと、動かなくなったキーシャの身体を転がし、掘った穴の中へ落とすと、元通りに雪を被せた。




 手土産を持参してキーシャの家を訪ねたのは昨晩のことである。

 出迎えたキーシャは何やら忙しそうな様子であったが、学生時代に一緒に埋めたタイムカプセルの話をすると、懐かしそうに目を細めた。訳あって近々家を出ることになったので、明日、それを掘り返したいのだと言うと、彼女はその訳を聞くこともなく、二つ返事で了承したのだった。


 翌朝、学校の裏の小さな山に向かった二人は目印である石碑を探したが、その日は生憎の天候でそれは雪にすっぽりと埋もれており、どんなに記憶を手繰り寄せても足跡一つ無い雪景色の中では見つけることが出来なかった。

 辺り一面の銀世界に、スコップを持ったキーシャはどうしたものかと途方に暮れていた。


 ディジェはリュックの中から水筒を出し、温かいお茶を蓋に注いでキーシャに渡した。


「ありがとう。ねぇ、ディジェ、あなた……!?」


 お茶を一口飲み、顔を上げたキーシャの目に映ったのは、喉をかきむしり、目を見開いて苦しみ悶えているディジェの姿であった。大きく開けられた口からは紫色に変色した舌が覗いている。


「ちょっ、ちょっと、ディジェ? あなた大丈夫? い、いまお医者さまを……!」


 そう言ってその場を離れようとするキーシャの袖をつかみ、ディジェは必死に首を振る。


「だ……大丈夫なの……? でも……」


 キーシャは心配そうにディジェの背中をさすり、青ざめた表情で彼女の顔を覗き込んだ。


「えっ……?」


 ディジェは、笑っていた。苦痛にゆがむその顔は、自分に似ている気がする、とキーシャは思った。

 そしてディジェはゆっくりと懐から小さな銃を一丁取り出した。


「え?」


 パンパン、という乾いた銃声は偶然吹いて来た強風にかき消されたようだった。




 ディジェは舌に残るしびれに耐えながら、必死に穴を掘った。やっとの思いで雪を掻くと土が見えたが、どうせここまで溶けることはないだろう。キーシャの遺体は、彼女の返り血を浴びた外套や自分の荷物と共に雪の中へ埋めることにした。


 リュックの中からキーシャが着ていたものと同じ外套を羽織る。手鏡を覗くと、そこにはキーシャの顔がある。ディジェはうっとりとした表情で自分の顔を見つめた。


 軽い足取りで山を下り、今日の夕飯はどうしようかなどと思いながら、キーシャの鞄の中から財布を取り出し、中を確認すると、いくらも入っていなかった。


 もしかしたら、家に食材があるのかもしれないし、それか、一度帰宅してから買い物に行く気だったのかもしれない。そう思って、まずは彼女の家に行く。今日からここが私の家になるのだ。



 これまで双眼鏡を使って度々覗いていたが、実際に入ってみるとその綺麗さがよくわかる。

 床には髪の毛一本落ちておらず、ソファの上に雑誌が散らばっているだとか、そこここに子どものおもちゃが散乱しているディジェの家とは大違いであった。


「家政婦さんでも雇っているのかしら。もしかして、あの若い男にさせてるとか?」


 そんなことを呟いて、彼女はふとその若い男の存在を思い出し、ニヤリと笑った。

 そうか、あの男も私のものになるのだ。自分の亭主のことを愛していないとは言わないが、それでも若い男の魅力には勝てない。



 ディジェはキーシャの部屋に向かった。ベッドカバーもぴんと張られている。たしかにキーシャは一日中箒を片手にせわしなく動いていた。学生の頃はそうでもなかったと思ったのだが、おそらく結婚してから綺麗好きになったのだろう。


「とりあえずは仕方がないわね」


 そう言って、家から持ち出した貯金をキーシャの財布に入れた。生活費を一体どこにしまっているのかがわからないので、それを見つけるまではこの金を使うしかないだろう。


 ディジェは市場へ行き、出来合いの総菜とパンを二斤、それから牛乳の大瓶を二本買って帰宅した。

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