4-2 プーヴァのポトフは絶品
男はふんふんと鼻を鳴らしながらうっすらと目を開けた。
目の前には赤々とした暖炉の火があり、少しだけ視線をあげると、自分が着ていたはずのコートが壁に取り付けられたポールに掛けられている。ご丁寧にも身体には毛布まで掛けられており、一体どうしたことだろう、と振り返ってみると、きょとんとした表情でこちらを見つめている少女がいた。
「気が付いた? お腹空いてない? 残り物で悪いけど、プーヴァのポトフは絶品よ」
少女はそう言うと、奥にあるキッチンに向かって声を上げた。
「プーヴァ、気が付いたよ!」
奥にまだ人がいるのか。
男はそう思って、身体を起こしながら、死角となっているキッチンの方へ視線を向ける。「はーい」という声と共にひょっこり顔を出したのは、大きな白熊であった。
「――ひぃっ!」
男は浮かせかけた尻を再度床に下ろし、じたばたと手足を動かしてどうにか逃げようと後退りするものの、彼の背後にあるのは、炎燃え盛る暖炉である。
やっぱりここは魔女の小屋だったんだ。
見たところ、魔女は不在のようだが、この少女と白熊が彼女の代わりに人間を捕えるのだろう。
そう思って、男はだらだらと涙を流し、這うようにして玄関に向かおうとした。しかし、白熊はあっという間に自分の目の前に移動してきており、ご丁寧にしゃがみ込んで、手に持ったポトフ入りの皿を差し出してくる。空腹だった男は鼻腔をくすぐるコンソメの香りに思わず手を伸ばしかけたが、その白熊の手に何やら茶色いものがこびりついているのを見て、慌てて手を引っ込めた。
「血っ……!?」
プーヴァはその言葉でちらりと自分の手を見た。
何てことはない、それは飛び散ったチョコレートが固まったものだったが、成る程、そういう風にも見えてしまうかもしれない、とも思ってそれをぺろりと舐めた。
「落ち着きなよ。その子はね、人間を襲ったりしないよ。第一、あなたをここまで運んだり、毛布を掛けたりしたのだってプーヴァなんだから」
少女の声が聞こえ、そちらを向いてみると、彼女は呆れたような顔でテーブルに頬杖をついている。
再度、前方に視線を向けると、プーヴァと呼ばれた白熊はこくこくと何度も首を縦に振っていた。恐る恐る皿に手を伸ばして受け取ると、その白熊はテーブルを指差した。
どうやら、座って食え、ということらしい。
男は白熊から視線を逸らさず、そろりそろりとテーブルに着いた。
椅子に座るや否や、彼のためにスプーンと温かい紅茶が運ばれてくる。どうしてこの白熊はこんなにも自分に良くしてくれるのだろうと考えながら、スープをひと匙すくって口に運ぶと、もうそこから先はちまちまと一口ずつ食べてなどいられず、皿に口をつけて中の具ごとかきこんでいた。それほどに美味なポトフだったのだ。
腹が膨れると、この奇妙な状況にも少し慣れてくる。
男は目当ての魔女様は一体どこに潜んでいるのだろうと、辺りをキョロキョロと見回した。
「もしかして、『魔女様』を探してる?」
先ほどからその男の斜め前に座っている少女が白熊の運んできたホットミルクを少しずつ飲みながら、彼に問いかけてきた。彼は、自分の心が読まれたことに少しどきりとしながらも、おずおずと頷く。気付けば彼女の隣、つまり彼の真正面には先ほどの白熊が着席している。
「それなら、あたしなんだよね、申し訳ないけど」
少女はため息交じりにそう言うと、「で、ご用件は?」と続けた。
こんな女の子が? と目を見開き、口をパクパクさせていると、白熊までもが「どうぞ、お話ください」と急かすのである。
男は観念したように話し始めた。
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