8-2 客人のお悩み相談
***
良いですか、このヒロインの名前は『ラ・ベル』。
異国の言葉ですが、『美女』という意味です。
挿絵も見てください。とても美しいでしょう?
このラ・ベルには母がなく、三人の兄と二人の姉がいます。つまり、末娘なんです。
私にも二人の姉がいます。兄はいませんが、もしかしたら、父の隠し子ですとか、異父兄弟がいるかもしれません。いえ、きっといるはずです。
そして、ここ、見てください。
この商人である父親は、野獣のいる屋敷に迷い込むのですが、そこで末娘のために薔薇の花を摘むんです。薔薇はラ・ベルのいちばん好きな花です。
私も、物心ついた時から薔薇の花が好きで、ほら、見てください、持ち歩いている小物もすべて薔薇のモチーフが付いているんですよ。
それに、私の父は街で鮮魚店をやっています。物を売っているんですから、当然、商人です。こんな偶然ないですよね?
それに、この二人の姉、見てください。何て意地悪そうな顔。私の姉達にそっくりです。その見た目そのままにとっても意地悪なんです。嫉妬深いし、強欲です。そんなところまでそっくりだわ。
もうわかりましたよね?
私はこのラ・ベルの生まれ変わりなんですよ。
――えーっと……、あなたとこのヒロインに共通点が多いってのはよーっくわかったわ。で? それでどうしてウチのプーヴァがあなたの王子様になるのかしら。
もう、わからない人ですね。本のタイトル見りゃ想像がつきそうなものですけど。『美女と野獣』ですよ? この美しい娘ラ・ベルと、野獣が恋に落ちる物語なんですよ。
その野獣は、この白熊さんのように人の言葉を話して、人間のように歩いたり、振る舞ったりするんです。
私がラ・ベルの生まれ変わりである以上、私と白熊さんは愛し合う運命にあるんです。
――生まれ変わりって……。それ、創作なんじゃないの? 物語の中の人物が死んだって、あなたにはならないんじゃない?
――そうだよ。たしかに共通点は多いのかもしれないけどさ、それだけで生まれ変わりと決めつけるのは、早計だと思うよ、僕。
一つ言い忘れてました。私の名前です。
これを聞いたら、もう信じざるを得ないと思いますよ。良いですか? 私の名前は『ルベラ』といいます。ラ・ベルとルベラ。これはもうほぼ同じといって良いですよね?
こんなにたくさんの共通点があるのは、この国、いえ、世界中を探したって私しかいません。それにほら、挿絵をもう一度見てくださいよ。私もラ・ベルも美しい長い髪を持っています。たとえこの本が創作だったとしても、そんなことは関係ないんです! 私はラ・ベルなんです!
***
面倒臭いやつが来たなぁ、とテナは思った。
ちらりとプーヴァを見る。彼女の話が本当だとしたら、このプーヴァの方でも彼女に対して何かしらの感情が湧いて出て来るはずだが……。
「プーヴァ、どうやらあなたのお姫様ってのが目の前にいるみたいだけど、どうなの?」
呆れ声でそう問いかけてみると、プーヴァはぶんぶんと首を横に振った。
「ちょっと止めてよ、テナ。僕、全然そんなつもりないもん!」
「プーヴァさんとおっしゃるのね。良いんですよ、この魔女さんに気を遣わなくたって。私とあなたは結ばれる運命にあるんですから」
ルベラはそう言うと、そっとプーヴァの手を取り、愛おしげにさすった。プーヴァはぶるっと身震いをし、彼女の手を傷つけないように、爪の先で慎重につまんで離すと椅子をテナの方に寄せた。そしてテナの後ろに隠れるように――隠れるわけはないのだが――して背中を丸めた。
「ルベラさん、悪いけど、僕はあなたの王子様にはなれないよ。僕はここでテナとずぅっと一緒に暮らすって決めてるんだから」
「あ、あら、そうなの。プーヴァったら、へぇ、そう。ふふっ」
テナは明後日の方を向き、つんと澄ました顔でそう言ったが、その頬はほんのりと赤く染められている。どうやらまんざらでもないらしい。
「そんな……。せっかく出会えたのに……」
ルベラははらはらと涙を零し、口元を手で押さえた。涙はシミとそばかすだらけの頬を伝う。テナは、この子のどこが『ラ・ベル=美女』なのかしら、と冷静な目で見つめていたが、目の前で泣かれるのは何だかとても居心地が悪い。
「ねぇ、プーヴァ、ちょっと耳貸して」
仕方ないなぁ、と思いながら、プーヴァの耳に口を当て、ひそひそと話をする。
「え? そりゃあるよ。だって僕が飲んだんだから」
「そっか、そうだった。ねぇ、ルベラさん。鬱陶しいからいい加減、ちょっと泣くの止めてくれない?」
ルベラはかすれた声で、酷い、と言いながらハンカチを取り立し、涙を拭った。真っ赤な薔薇の花が刺繍されたハンカチであった。仕草は可憐だが、その仕草も、美しい刺繍が施されたハンカチもちっとも似合わないなぁ、とテナは思った。
「この本に描いてる野獣って、どこからどう見ても白熊じゃないわよね?」
「……それがどうしたんですか」
ルベラはテナを睨みつけながらふてくされた声で答える。
「だから、あなたの王子様はプーヴァじゃないのよ。だってこれ……羆か、猪か……って感じじゃない」
「そうかもしれませんけど……」
ルベラは明らかにがっかりした声を出した。
「まぁ、せっかく遠路はるばる来たんだろうし、あなたがそれで納得するなら、王子様と出会う手助けをしてあげるわ」
テナは頬杖をつきながら、その優しい言葉とは裏腹にいかにも面倒臭そうな声で言う。
「本当ですか!」
ルベラは立ち上がって声を上げた。その目は爛爛と輝き、鼻息も荒くなっている。
「ちょっと落ち着いて。まぁ、座ってよ。プーヴァは渡せないけど、要は、プーヴァみたいに人の言葉を話して、立って歩ける獣を作れば良いのよ。どう?」
「作る……?」
「僕だってもともとはただの白熊だよ。人の言葉なんて話せないし、こうやって立って歩いたりなんかしない」
「そう。プーヴァは魔女の薬でこうなったの。だから、あなたもこの本の野獣に似た獣を探し出して、同じ薬を飲ませれば良いってわけ」
「成る程……」
「ただね、いますぐには出来ないわ。時間をちょうだい。二週間……で、たぶん出来ると思うから」
「じゃ、じゃあ、二週間後にまた来ます!」
ルベラはそう言うと、勢いよく立ち上がり、いそいそと玄関に向かうと、あっという間に身支度を済ませて出て行ってしまった。
「ちょっと……、何あれ……」
「何か……嵐のような子だったね……」
「まぁ、『子』って年齢でもないでしょうけど。あーなんかどっと疲れちゃった」
テナは椅子の背もたれに身を預け、ううん、と声を上げながら背中を伸ばした。
「なんか甘い物が飲みたい」
そう言ってちらりとプーヴァを見ると、彼はこくりと頷いて立ち上がった。
テーブルの上には彼女が忘れていった『美女と野獣』の本が置いてある。
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