客人No 6 移動花売りの娘
6-1 ゴラゴラの街にて
その翌日、プーヴァは一人でゴラゴラの街に来ていた。
人間の姿になったプーヴァは、身長百九十八センチメートルの長身男性だ。雪のように真っ白な肌と髪。髪は軽くウェーブがかかり、わずかに前髪が目にかかっている。黒目がちなその瞳はくりくりとしていて、なかなかの美青年だともっぱらの評判である。
その日もプーヴァが街へ足を一歩踏み入れると、すっかり顔なじみになっている土産物店の女性が気さくに声をかけて来る。
「あら、プーヴァさん。今日はどんなものを売りに来てくださったの?」
今日はですね、と立ち止まって品物を出そうとしていると、それを目ざとく見つけた妙齢の女性が群がって来た。
気付くとプーヴァの周りは老若入り乱れた女性達で固められていた。彼の品物は大抵の場合、女性をターゲットにしていたので、それはそれで願ったり叶ったりなのだが、こうもガチガチに固められると、品物も満足に広げられずやりづらいことこの上ない。
見かねた駐在さんが飛んできて、いまではすっかり彼専用スペースとなっている空きガレージに誘導してくれる。ここまでがいつもの流れであった。
「今日は、ご要望がありましたので、十字架モチーフの帽子、マフラー、手袋を持って来ました。急を要するとのことでしたので、あまり数はありません。お一人様お一つでお願いします」
そう案内してから借り物の長テーブルにブランケットを敷き、その上にテナが作った品物を丁寧に並べる。鞄から一つ取り出す度に女性陣から、わぁ、と声が上がった。
テナの作った物は出来がよく、模様も可愛らしいと評判が良い。大きめの十字架モチーフの周りには可愛らしい花がちりばめられており、ドラキュラ騒動の渦中であってもお洒落がしたい女性のハートをしっかりと捕えて放さなかった。
それぞれ五つずつあった品物は午前中のうちに売り切れてしまい、プーヴァは買い物メモを片手に街の中を歩いた。
今日絶対買うのは肉類と牛乳だ。それから缶詰めも補充したいし、毛糸や刺繍糸も買っておかないと。
おそらく、おやつの時間には戻れるだろうと思い、ドーナツでも買って帰ろうかな、などと考えていた時である。
「――お兄さん、花はどう?」
背後からそんな声が聞こえて、プーヴァは振り向いた。
テナよりも十五センチほど背の高い女性がにっこりと笑って花を差し出してくる。彼女の後ろには温室付のワゴンがあり、その中には多種多様の花々が活けられていた。
「花かぁ……」
彼にとって花とは魔法薬の材料であって、鑑賞用ではない。そんなに日持ちするものでもないし、いま買ってもなぁ、とも思う。
「花はいつも売りに来てるの?」
もしいつも来ているのなら、わざわざ野山に分け入って、雪の下から探してこなくても済む。それにしてもここまで買いに来なくてはならないが。
「いつもじゃないわ。あたしは移動花売りだから。ここにはたぶん……一週間くらいかしらね」
「一週間かぁ……」
顎をさすりながら考え込むプーヴァを見て、脈ありと判断した彼女は手に持っていた花を彼に握らせて言った。
「あなたが来てくれるならひと月でもふた月でもここにいるわ。それはお近づきの印よ」
それはありがたいなぁ、と思ったが、正直、この花はいらない。
返そうとしたが、彼女はさっさとその場を立ち去ってしまった。
まぁ、テナへのお土産ということにしよう。
プーヴァはその後、本屋と手芸屋、そしてドーナツの屋台に寄り、最後に大量の肉と一週間分の牛乳や缶詰めを買って街を出た。
帰宅後、テナにお土産だと言って花を渡すと、彼女は何とも複雑な表情をした。
彼女にとっても花というのはあくまでも魔法薬の材料だ。ニットや刺繍のモチーフとして使用はするが、それも顧客のニーズに応えているだけに過ぎない。きれいだと思うような感性も、実のところ、持ち合わせていなかった。
よって、プーヴァが自らこれを土産として選ぶとは思えない。一体誰の差し金だろう。
テナは適当なグラスに活けられた花をぎろりと睨みながら、プーヴァの淹れたカフェオレを啜り、ドーナツにかぶりついた。
プーヴァの話では、やはり昨夜、
「被害にあうのはことごとく若い娘さんみたいなんだよね」
「やっぱり若い方が美味しいんじゃない? 動物なんかもそうなんじゃないの?」
「でもさ、果物ではよく熟れた方が美味しかったりするじゃないか」
「そうね……。でもまぁ、あたし達には血の味なんてわからないもんね」
「そうそう」
「……てことはまた急ピッチで十字架のを作らないとってこと?」
「そうなんだよ。すごかったよ、今日の売れ行きも。お一人様お一つでって言ったんだけどさ」
「でも、結局効果はないわけじゃない。大丈夫? 詐欺にならない?」
「大丈夫だよ。僕から魔除けになりますって言ったわけじゃないもん。こういうのが欲しいって依頼があっただけだし」
「なら良いけど」
テナはやや不服そうな返事をしたが、その日の夕食後からまたこつこつと売り物作りに取り掛かったのだった。
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