4-3 客人のお悩み相談
***
実は、僕の恋人のことなんです。
彼女はナリーといって、僕の家の二軒隣に住んでいる幼馴染なんですが、ついひと月ほど前から同棲を始めました。
僕らはそろそろ結婚を考える年で、一緒になる前にしばらく同棲してみようということになったのです。
なぜか、彼女の両親は、それに最後まで反対していました。同棲までして、もし別れるなどということになれば、その後の縁談にも支障が出るというのがその理由でしたが、僕は、彼女と――ナリーと別れる気なんてありませんでしたし、また、彼女の方でもそのつもりだったようで、半ば強引に同棲生活はスタートしました。
彼女の両親が反対していた本当の理由がわかったのは、一緒に暮らし始めて半月程経った日のことです。
それまで引っ越しの荷解きなどがあって、食事は近くの店で済ませていたのですが、やっと荷物が片付き、ナリーは僕に手料理を振る舞うのだと張り切っていました。僕も、彼女の料理が食べられると、楽しみにしていました。別々に住んでいた頃、ナリーはよくお弁当を作って来てくれて、それがとても美味しかったのです。
しかし、出て来た料理は、見た目も、味も、酷いものでした。とてもあのお弁当を作った人とは思えませんでした。
ナリーは、それを慣れない調理器具のせいだと言いました。恥ずかしながら、僕は料理がまったく出来ないもので、そういうものかと思いました。だから、慣れてくればまたあの美味しい料理が食べられるのだと思っていたのです。
それから一週間経っても、二週間経っても、ナリーの料理は変わることなく、いえ、何だか最初に食べたものよりも酷くなっているように思えてきました。
それでも、彼女が僕のために一生懸命作ってくれている姿を見ると、何も言えず、ひたすら水で料理を流し込む日々でした。
――ねぇ、もしかしてそのお弁当って……。
――もしかしなくても、さぁ……。
そうです、アレは彼女が作ったものではありませんでした。
――とすると……?
――誰が作ってたの?
作っていたのは義母でした。
ある日、ナリーの料理を食べた直後、凄まじい腹痛に襲われて、医者を呼んだのです。食中毒でした。心配して駆け付けてくれた義父母が、彼女が席を外した時にこっそりと打ち明けてくれたのです。同棲に反対していたのは、彼女の料理の腕がバレてしまったら婚約を破棄されてしまうと思ったからだそうです。
だから、同棲なんて手順を踏まずにさっさと結婚させてしまえば簡単に別れられないだろうと思っていたとも言われました。
――家族ぐるみで騙してたのね。
騙してた……。そうですね。
でも、僕はナリーを愛しています。
料理なんて、これから少しずつ覚えていけば良い。
だから、僕は彼女と別れたりなんかしません、と言いました。
それに、どうやら彼女の方では、その自覚がまったくなさそうで、少なくとも、彼女は騙すつもりはなかったと思います。
――でもさぁ、ナリーさんは大丈夫だったの? 同じものを食べてるんだよね?
そのはずなんですが、僕の前で食べているところは見ていません。
料理中にちょこちょこ味見していると、それだけでお腹が膨れてしまうと言ってテーブルには着くのですが、僕が食べているのを見ながらコーヒーやお茶を飲んでいます。
僕の母もよく同じことを言っていましたので、そういうものなのかと思ってましたが……。
――で、あたしにどうしてほしいの?
出来れば、彼女の料理の腕が上がるような魔法をかけてもらいたいのですが……。
――料理がうまくなる魔法ね……。プーヴァ、どう?
――残念だけど、そういうのは見たことがないなぁ。それに、料理はやっぱり慣れっていう部分が大きいと思うな。僕も最初はうまく出来なかったけど、何度も何度も練習してるうちに上手に作れるようになったし……。
ないんですか……。
そうだ! それなら、僕が、どんなものでも美味しく食べられるようになる魔法というのはどうですか?
――どんなものでも美味しく……ねぇ……。ね、プーヴァ、ちょっと耳貸して。こういうのはある?
――え? ああ、それならある。あるけど……。でもね、それは副作用の方なんだ。
あるんですか?
――あるにはあるみたい。ただ、あなたの願いが百%叶うってわけではないけど。まぁ……、八十%くらいかな。それでも良いなら二週間後に取りに来て。
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