魅惑の黄色
俺と香住ちゃん、そしてミレーニアさんは、ゆっくりと大型ショッピングモールを見て回る。
こっちの「小世界」には、ミレーニアさんが初めて見る物がたくさんあるからね。あれもこれもと見ているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
特に、こちらの世界の本にミレーニアさんは興味津々だった。
なんせ、こっちの本は実に様々だ。色とりどりのフルカラーの本から、文字ばかりの小難しい専門書まで、本当に無数と言ってもいいぐらいの種類がある。
聞けば、アルファロ王国では本は貴重品なのだとか。印刷技術が全くない向こうの「小世界」では、当然全ての本は手書きであり、こちらのように本を大量生産なんてできない。
それゆえ、本というものはお金持ちしか所持できないそうだんだ。もちろん、王族であるミレーニアさんの家──というかお城だけど──には書庫があり、そこにはそれなりの数の本が収蔵されている。それでも、このショッピングモールの中に入っている本屋ほどの蔵書はないのだとか。
「…………すごい……きらきらとした精巧な絵ばかり……」
うん、お約束の反応をありがとう。それ、絵じゃなくて写真だから。きらきらしているのは、そういう印刷用紙……確か、コート紙とかいう種類の紙を使っているからだと思うよ。
ミレーニアさんが目を見開いて覗き込んでいるのは、とあるファッション誌。その雑誌の中では、綺麗なお姉さんたちが最新のファッションでその身を飾り、にこやかに微笑んでいる。
「これだけ精巧な本を書き込むのに、一体どれだけの日数を費やしたのでしょうか……?」
そうだねぇ。俺、印刷とかあまり詳しくないけど……それでも、その本を印刷するのに一週間もかかっていないんじゃないかな? もちろん、その一冊だけじゃなくて一度に数百冊以上は印刷していると思うけど。
「そんなに気に入ったのなら……その本、買おうか?」
「え? よろしいのですか?」
ぱああああ、と顔を輝かせるミレーニアさん。うん、別にいいよ、雑誌の一冊ぐらいなら。俺もバイトしているし。
でも、ミレーニアさんって、日本語は読めないよね? 会話の方は聖剣の影響で問題ないだろうけど、読み書きまではさすがの聖剣先生もフォローできないみたいだし。
まあ、雑誌の煌びやかな写真を眺めているだけでも楽しいみたいだから、別にいいかな。でも買うのは一冊だけね?
俺がそう言うと、早速ミレーニアさんはどの本を買うかあれこれと物色し始める。そして、そんなミレーニアさんにあれこれとアドバイスするのは、もちろん香住ちゃんだ。
なるべく写真が多くて見ているだけで楽しめる雑誌をチョイスしているのだろう。あ、そうだ。ここはミレーニアさんだけではなく、香住ちゃんにも何か買ってあげないと。
そのことを香住ちゃんに告げれば、彼女は遠慮しつつもやっぱり嬉しそうに微笑むのだった。
昼飯時。
休憩も兼ねて、俺たちはショッピングモール内にある手頃な飲食店でお昼ご飯を摂ることに。
こちらの食事に慣れていないであろうミレーニアさんに配慮し、なるべく簡単に食べられるものを選ぶ。
間違っても、箸を使わないといけないようなうどんや蕎麦などの日本食はパス。もちろん、いつかはそれらの日本食を彼女に食べさせてあげたいとは思うけどね。
「そうなると……やっぱり、パン系ですかね?」
「他には……オムライスとかどうかな? あれなら基本、スプーンで食べるし」
「ああ、オムライス! いいですね、それにしましょう!」
どうやら、香住ちゃんはオムライスが好きみたいだ。よしよし、心のメモ帳にしっかりと記入、と。
「あのー、おむらいすって何ですか?」
あ、しまった。ミレーニアさんだけ蚊帳の外にしちゃったね。でも、こればっかりは仕方ないよね。
香住ちゃんは早速ミレーニアさんにオムライスについて説明しているけど、百聞は一見に如かず、実物を見せた方が早いんじゃないかな。
というわけで、俺たちは説明もそこそこにミレーニアさんをオムライス専門店にご案内。このショッピングモールのグルメエリアには、オムライス専門のチェーン店が入っているんだ。
もちろん、それを知っていたからこそ、オムライスを提案したんだけどね。ホントだよ?
昼食時前ということもあり、俺たちはすんなりと席へ通された。そして、早速メニューを開いて何を頼むのかを考える。
ここはオーソドックスにケチャップソースのオムライスかな? あ、でも俺、デミグラソースのオムライスも好きなんだよなー。うーん、迷っちゃうね。
「香住ちゃんとミレーニアさんは、何を注文するか決まった?」
「はい、私は基本を攻めてケチャップソースのオムライスで」
「わたくしはよく分かりませんから、カスミと同じものをお願いします」
なるほど、なるほど。じゃあ、俺はやっぱりデミグラスで攻めるか。よし、そうしよう。
注文が決まったところで、テーブルに設置してある店員さんを呼ぶボタンを押そうとする。
「シゲキ様? それは何ですか?」
俺の手元を興味深そうに見つめるミレーニアさん。そうか、彼女にしてみれば、これもまた見知らぬアイテムだよね。
「これは、この店の店員さん……えっと……給仕の人を呼ぶボタンなんだよ」
「これで給仕を呼ぶのですか? ここの給仕はわざわざ呼ばないと来ないのですか?」
ああ、そうか。王族である彼女にしてみれば、給仕さんは何も言わなくても自発的に動くのが当然なのだろう。
こればかりは常識の相違ってやつだから仕方ない。でも、その辺りのことも教えてあげないといけないかな。
首を傾げながらも、ミレーニアさんの視線はボタンに固定されたまま。ああ、これはきっとあれだ。小さな子供が、こういうボタンを押したがるのと一緒だ。
「ミレーニアさん、押してみる?」
「よろしいのですか?」
やっぱり、ミレーニアさんは嬉しそうに微笑んだ。うんうん、未知なものって、やっぱり実際に触れてみたくなるものだよね。
ボタンを押した途端、ぴんぽーんと結構大きな音がして、それに飛び上がらんばかりにミレーニアさんが驚いたのは、まあ、ご愛敬ということでひとつ。
お店で出されたオムライスを、ミレーニアさんはいたく気に入ったようだった。
生まれて初めて目にしたであろうオムライス。最初こそをおっかなびっくり、俺や香住ちゃんの様子を見ながらゆっくりと口にしたのだが、一口その魅惑の黄色を食べた途端、ミレーニアさんの顔に至福の表情が広がった。
うんうん、分かるよ、ミレーニアさん。卵料理って、とても奥が深いものだよね。
「な、なんて……なんて美味しいのでしょう……」
そう呟いたミレーニアさんは、優雅な仕草ながらもしっかりとオムライスを平らげていった。
そんな彼女の様子に、俺と香住ちゃんも互いに顔を見合わせながら微笑む。
何となく、美味しそうに料理を食べる子供を見守る両親のような雰囲気だ。もちろん、ミレーニアさんには「子供みたいだ」なんて言わないけどね。
その後、ゆっくりとオムライスを楽しんだ俺たちは、食後にコーヒーなどを飲みながらのんびりと過ごす。
とはいえ、そろそろランチタイムも佳境となるだろうから、あまりのんびりとするわけにもいかない。
それでも、もうちょっとだけここに居させてもらおう。
だって……ねぇ?
俺と香住ちゃんの目の前では、デザートに注文したアイスクリームを、目を輝かせて食べているミレーニアさんがいるのだから。
だからもうちょっとだけ……ミレーニアさんが満足するまで、申しわけないけど他のお客さんには待っていてもらおう。
やがて、アイスクリームを完食し満足そうに微笑むミレーニアさんを連れて、俺たちはお店を出る。
あ、ここの会計は俺持ちで。ここで割カンとか、ちょっとカッコ悪いからね。
なお、お店を出る時、お店の外で順番待ちをしていた人たちが、驚いたようにミレーニアさんを見ていた。
中には「あの外国人の女の子、モデルさんか何かかしら?」なんて声も聞こえてくる。
まあ、その気持ちはよく分かる。彼女は本物のロイヤルだからね。今は普通の服を着ているが、それでも気品というかオーラというか、普通じゃない雰囲気を周囲に振りまいているからどうしても注目されてしまうんだよね。
もちろん、ミレーニアさんがとびきりの美少女ってことも、注目される理由の一つだろうけど。
そして、そんなミレーニアさんを連れている俺もまた、注目を浴びることに。しかも、ミレーニアさんだけじゃなくて香住ちゃんという美少女も一緒なのだ。男連中からの嫉妬を含んだ視線が刺さるように感じられる。
いやまあ、ね? ちょっと前までは、俺もそんな嫉妬の視線を向ける側だったんだよね。まさか、俺が嫉妬の視線を向けられる方になるとは……ホント、人生何が起こるか分からないものだね。
「さて、次はどこへ行こうか?」
嫉妬の視線を背中に感じながらも、俺は二人の美少女に尋ねる。
そして、そんな二人の美少女たちは、俺に輝くような笑顔を向けてくれるのだった。
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