#5

 夕暮れ時、昨日俺が小さくなった時間が刻々と迫って来る頃、空は群青色の緞帳を下し始めていた。

 押し出される様な橙色の空は、川縁から吹き抜ける春の夕暮れの風に冷されてその温度を下げて行く。


 ゆっくりと歩く金色は、まるでマッサージチェアのローラーの様に背骨がうねる。

 十五センチの俺と七色は、その上で短い黒い毛を握り締めてしがみついていた。


「俺が元に戻ったら金色の声は聞えなくなるのか?」

「そうじゃのぅ、人の言葉としては聞えなくなるじゃろうて」

「そっか……」

「でもまた、遊びに来ても良いですよね? 金色さん、うちにも良く来てくれてるし」

「何だ、七色、お前知ってたのか……」

「知ってるよぉ。金色さんには美人の奥さんもいるんだから!」

「まぢか! 金色、やるな!」

「連れ合いは何匹目か分からんがな……」

「お、大人発言来た……金色さん、モテるんだ?」

「人間と同じ物差しでは生きておらんからな……」

「かっけー……。金色、男前だなぁ……」

「人間は生涯一人の連れ合いを愛するのが良いのだろう? 昔、世話になった人間がそんな様な事を言うておった。お前達も末永く連れ合う事だ」


 流石にその言葉には俺も七色も照れた。

 時期尚早なその言葉が、金色の言葉でなければちゃんと胸に届かなかった様な気がする。

 俺達は当たり前に正しい事を知っているのに、それを正しく行う事が出来ない。

 ツクシノや金色を見ていると、人間は凄い生き物だけど不器用でひねくれている様に見える。


 世界はもっと素直に出来ている。


 金色は、黙したまま河川敷の若いツクシノの所まで俺達を運んでくれた。


「楽しかったか? 俺は楽しかったぞ」

「私もにぃちゃんもまた来年、遊びに来るね……ツクシノちゃん」




                 *




 そんな古い話を思い出していた。

 子供が二階の子供部屋でコソコソと何か企んでいると、河川敷の土筆を思い出す。


「ふふ、ラーメン丼いるかしら? どっちが小さくなったのかしら?」


 天井を見上げて、騒々しい子供部屋に耳を欹てた七色はそう言って笑う。


「どうかな? 七色さん、そろそろ今年も会いに行こうか」

「あぁ、ホント、もうそんな時期だね。金色さん、元気かしらね」


 忘れてはいけない十五センチの世界――。

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ワンダフルワールド15 篁 あれん @Allen-Takamura

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