第43話:俳句と省略

 前回は、描写をする際に、長く細かく書くことの利点について触れたので、今回は省略の方向を少し考えてみたい。


 俳句は「省略の文学」と呼ばれるほど切り詰められ、省略に省略を重ねた表現形式なので、いくつか参考になりそうなものを挙げる。



 性格が紺の浴衣に収まらぬ



 この句は、一体どのような「性格」であるかを説明していない。自分のことを言っているのか他人を評して言っているのかも不明瞭である。しかしそれでも、下の句の「紺の浴衣」「収まらぬ」からある程度は類推できるし、伝わるものがある。これをそのまま小説の地の文には書けないが、一筆書きのような軽さ、確かさ、鋭さがある。



 南風みなみ吹くカレーライスに海と陸 



 これは何が「海」で何が「陸」であるかを説明していない。説明するだけの文字を費やせないので仕方がないのだが、それでもやはり頭の中ではすぐに解がポンと浮かぶ。見立てなので、感覚的にそう捉えたという報告のようなものである。



 夏空をちよつと高枝切り鋏



「ちょっと」の後に普通なら「切る」「切り取る」「切り分けり」「覗かせ」などが来るはずである。それらを省略して「高枝切り鋏」という名詞に委ねている。

 この句を紹介しているブログでは悪例として「夏空を高枝鋏でくすぐれり」という句を提示している。通常は良い例が後者で、悪い例が「夏空をちよつと」になるかもしれないほど微妙な比較である。似た作で「夜空より林檎をもぐといふ遊び」もある。


 他にも何句か挙げるので、省略されている言葉を気にしながら読んでみていただきたい。

 いずれも櫂未知子の俳句で、主に句集「カムイ」から選んだ。

  


 水着出すこころ閉ざしてゐた頃の


 ひた泳ぐ自由は少し塩辛い


 いきいきと死んでゐるなり水中花


 伊勢海老のびくんとたかが二千年


 簡単な体・簡単服の中


 夕映えのかけらのメロン食ひにけり


 ためらはず聖菓の上の家を食ぶ


 大人には玩具少なし黒ぶだう


 火事かしらあそこも地獄なのかしら

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