第69話 歓喜

 ユリネの故郷であるワダツミの里は、佐々木家が居を構えるイチジョウの町からそう遠くない。

 その為、イオリ達は一旦、ミツキの転送術でイチジョウに向かい、そこからワダツミの里に移動するという方法を取ろう考えた。


 クダンは、イオリの修行に同行といった名目で小村丸に外出の許可をもらっていた。結構楽しみにしているんだとイオリはクダンの顔をチラリと伺ったのだが至って真面目そうな顔を崩さなかった。


 小村丸に許可をもらい廊下に出たクダンなのだが何やら拳を握り震えている。そしてイオリ達の部屋の近くまで来た時、突然立ち止まり拳を握った両腕を天に伸ばした。


「おっしゃああああああああああああーーっ!」


 クダンは、吠え、溢れんばかりの笑顔でクールキャラのサナギを脱ぎ捨てた。

 こうなればイオリとミツキのテンションも上がる! イェーイ、3人は交互にハイタッチを交わした。

 実はこれには理由があった。クダンはちゃっかり、ネネの同行許可ももらっていたのだ。カスミは、弱っていた体もすっかり回復して普段は屋敷の厨房を手伝う程になっていたのだが今回は、見送りとなり、ネネとふたりの時間を過ごす事が出来そうなのだ。


「クダンさん、カニ饅頭指輪っしかないよ」

「おおっ! それいただきです、ミツキさん! カニ饅頭リングなんて誰も送った事ないですよね!」


 もはやハイテンションを通り越して只の馬鹿だった。それでも更に盛り上がるカニ饅頭の話。


「いっそ、カニ饅頭ドレスなんて、どうでしょうか?」


「ふふふっ、気が付いたみたいね、クダンさん! あたしは、その言葉を待っていたのよ!」


「やはり、私の考えは間違って無かったのですね! ありがとうございます、ミツキさん」


 エスカレートするふたりの様子にイオリは呆れ返っていた。


「いやいやいや、全部間違ってるから! 待ってねえしお礼もいらないから……」

 イオリの言葉にハッと我に返ったふたりは互いの顔を見て恥ずかしそうに頭をかいた。


「だよね、だよね、ドレスってやっぱ体のラインが美しくないよね。やっぱりカニ饅頭帽子だよね」


「そこじゃねえよ!」


 しかしその後も、ふたりはカニ饅頭サブレやカニ饅頭グミ、カニ饅頭ようかん果てはカニ饅頭漬けなど様々な汎用性を見出していく。そこに最早まんじゅうの必要性はなかった。


 食べ物であれば良い訳じゃねえよとイオリは思ったのだが、それよりもミツキに頼んでおきたい事があったのをふと思い出した。


「なあミツキ、出来ればユリネも誘ってやりたいんだが……。一度佐々木の屋敷に寄ってもらっていいかな」


「うん、そのつもりだよ。ルリさんも誘おうと思ってるし」


「ああ、頼んだよ」

 イオリの関心は既にカニ饅頭では無かった。

 ワダツミに行けばボンテージ侍を倒した時のユリネの持っていた剣について何かわかるはずだと考えていた。


 クダンは、ネネに伝えてきますと言って部屋を後にした。ミツキは、嬉しそうに旅のしおりを作っている。表紙に可愛いカニの絵を描いているが、その可愛いカニは饅頭として食べる事になるんですけどと内心思うイオリだった……





 イオリとミツキは出発前にルリとユリネの元に向かう事にした。事前に旅(日帰り)の話をする為で勿論今回もミツキの転送術を使って行くつもりだ。


「いや、ほんと便利だな転送術。俺も教えてもらおうかな。」


「ダメだよ。悪用する人には教えられない。と言うかイオリに霊力無いし」


 ミツキは、ニヤッとした顔でイオリにきっぱり言い放った。


「悪用するって前提かよ! 風呂覗いたりしねえから……」

 イオリは、言いかけて口をつぐんだ。

 ミツキは悪用と言ったが内容まで話してはいなかったからだ。


「ほらね、やっぱり当たっていた」


「や、やっぱりってな、何だよ。この超紳士に向かって!」


「超紳士の意味がわからないんですけど! 前科ありますし」


「な、なな、何の事かな。さ、さあ出発だ。転送術を……」


 イオリは、話題を変える為、ミツキを促したのだが転送陣は既に完成していた。


「てか、早っ」


「なんか詠唱しなくても出来るようなったよ、あたし」


 イオリは、正直驚いた。天才である父と母の血を受け継いでいるとは言えミツキの成長は恐ろしく早かった。天賦の才、それがミツキにはあるのだろう。


「ああ、それは便利だなあ」

 イオリは、驚いた様子を隠しワザと平坦な口調で答えた。有り余る力の暴走、ミツキにはそういう危うさがあるのだ。


「ええっ、もっと褒めてくれてもいいじゃん」


「いいかミツキ、ほんとに美味しい料理は、何も言わず残さず食べるのが人の性分だ。だったらわかるよな」


「わかった。例えはまるでわからないけど」


「今はそれでいい。その可愛いところがミツキの良いところだぞ。さあ、行くぞ」


「えっ、今なんて言ったの? 可愛いって……」


 イオリはミツキの問いかけに構わず転送陣に飛び込んだ。ミツキも不満げに後を追った。






「はい、死んでも嫌ですね」



 イオリ達が佐々木の屋敷に着いて事情を話した時、ユリネが、最初に発した言葉だった。


 イオリは、思った。やれやれ、こちらは可愛く無いなと……

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