第54話 分割

 この状況でイオリは、いい考えがあると言った。

 ユリネは、普段の行いからは考えられないのだがイオリが機転の利く人間である事を知っている。世が世なら良い軍師として名を馳せたのかも知れない、ユリネがそう考えているとイオリが誰かに話し掛ける声がした。


「おーーい、零度、いるんだろ。出てきてくれよ」


「ちょっ、イオリ様、おかしくなったんですか、ここには、敵しかおりませんよ」

 ユリネは、先程の賞賛に自ら疑問を覚えた。


「まてまて、ユリリン、いるんだよ、零度はさ」


「だ、誰がユリリンですか、ぶち殺しますよ!」

 ユリネは、もう、からかわれているとしか思っていない。



「ふふふふっ、随分仲のよろしい事で」

 誰もいないはずの方向から、声がしてユリネは、とっさに身構えた。しかしイオリは至って普通だった。


「なあ、零度様、ちょっと頼みがあるんだけど」


「察しは、つきますわイオリ様」


「なら、話は早い。右の奴を、瞬殺で……」


 零度は、イオリの言葉を遮った。

「鰻丼!」


「何言ってんのお前」


「私は、忘れていませんよ。前に鰻丼を食べ損なった事を」

 零度は、悔しナミダを流した。ミツキ並の執着心だよな、食いもんに関してとイオリは思った。


「わ、わかったよ、特上でどうだ!」

 イオリの言葉に零度の眼が輝いた。

 いや、ちっともカッコ良くないから……


「なんなら、左も瞬殺致しますよ」

 零度は、ニコリと微笑んだ。


「まてまてまて、左は妖刀使いの可能性があるから、確かめないといけないんだよ」


「そうですか、では参りましょう」


「おい、何で一緒に来るんだよ、零度には、右側の奴を頼みたいんだよ」


「はい、しかし……」

 零度は、右側の屋敷であった部分をチラと見た。


「!?」

 イオリが、零度の目線を追うと屋敷の右側側は、氷の残骸と変わり果てていた。もはや、敵が生存しているとは思えない。ないわーコレ、本当に瞬殺しやがった。むしろ敵が気の毒だわ


「特上ですね!」

 零度は、何事もなかったように穏やかな口調でイオリにプレッシャーをかけた。もはや脅しでしかない、そして味方で良かったと心底思ったのだった。


「ま、まあまあだな、さ、さあ行こうか」


「ちょっと待って下さい! イオリ様」

 ずっと唖然とした様子で黙っていたユリネが、我に返って口を開いた。


「この方は、どなたなのですか? 随分イオリ様とお親しいようですが」


「ユリネさんと言いましたね、私は、過去に零度と呼ばれた霊界師です。今は、訳あってイオリ様と契約を交わしております」


「け、契約って何ですか、返答によっては容赦致しませんよ」


「落ち着けよユリネ、零度は、味方なんだ、そう言う契約を俺と結んでいるんだよ」


 ユリネは、突然現れたとてつもない美女が気に食わないのか、好戦的な態度を取っていた。



「ま、まあイオリ様がそう言うなら、ここは一旦ほんの少しだけ信じておきましょう」

 ずいぶん信用ないよね、俺……


「よし、今度こそ行くぞ!」

 イオリ達は、左の廊下の奥を目指して進んで行った。




 ◆◇◆◇



 クダンは、鎧武者 白樺新右衛門と対峙していた。

 白樺は、我流の槍使い故に攻撃の形がまるで読めなかった。


「意外とやりますね」

 クダンは、白樺を攻めあぐねていたのだ。

 しかし槍を何度か打ち合う中である事に気が付いた。それは動きを鈍らせる事になる鎧で身を固めている理由でもあるのだが、恐らくは白樺の槍術は、防御に関して隙だらけなのだ。


「お褒め頂き光栄だが、我の攻撃をしのげますかな」

 白樺の攻撃は、手数が多く反撃の隙が無い。逆を返せば反撃をさせないようにしているのだろう。


「白樺さん、残念ですが貴方では、私に勝てませんよ」

 クダンは、白樺を挑発した。力んだ攻撃は、僅かな隙を生むものだ。


「抜かせ!」

 思った通り力を込めた一撃が、クダンを狙った。


「終わりです!」

 クダンの槍は、白樺の槍に絡みつきその動きを止めた。


「なっ、なんだこれは」

 白樺が驚いた瞬間、クダンの槍先は、その喉元を捉えた。鮮血が霧のように吹き出しやがて滴り落ちた。


「この槍は、九節棍なのです。普段は、一本の槍なのですが、鎖で繋がっている節を外せば鞭のように使う事も出来るのです。あなたの敗因は、防御を怠った為ですが見事な攻撃ではありました」


「くくくっ、最後に貴殿と戦えて良かっ……」

 言葉半ばにして白樺は、地に伏した。


 戦いは、クダンの勝利に終わったのだ。


 クダンは、白樺の首に血止めの術を施した。


「貴方に運があれば、もう一度やり直せるかも知れません。その時は、道を間違えないで下さいね」


 クダンは、聞こえているはずもない白樺に言葉を掛けた。そして屋敷の奥を見て息を吸った。


「さあ、私もイオリ様に合流するとしますか」

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