memories:ブルースター
「今日は付き合ってくれてありがとう」
紙袋に入った今日購入したソレを一瞥し、視線を移す。隣に並ぶ男の子にそう声をかけ目が合うと「僕なんかで役に立ったならよかった」と柔らかい笑みが返ってくる。隣に並ぶ男の子は少しずれ落ちた眼鏡を上げ直すと「でも、僕で本当に良かったんですか?」と続けた。
人付き合いが苦手な私にとって、男の子と出掛けることなんて女の子と出掛けるよりも珍しいことなんじゃないかと思う。でも今日この男の子と出掛けたのには理由がある。
「山下君の方が陸君との付き合い長いから相談に乗ってくれて凄く助かったよ」
「もうすぐ陸の誕生日ですしね」
彼は陸君の幼馴染で、そのご縁もあって中学時代から関わりがある。いつも大抵話をするのは3人の時だったからこうして2人だけで、というのは初めて。柔らかな物腰と穏やかな雰囲気、今ではとても話しやすい人だけど、きっと陸君と関わることがなければ今こうやって話をすることもなかったかもしれない。
「私、センスないから贈り物選んだりするの苦手で……でも陸君にはやっぱり喜んでもらいたいから」
「だけど貴女が贈るものならアイツは何でも喜ぶと思いますよ」
「それでも、やっぱり気にいってもらえるものを贈りたいし」
紙袋を持つ手についつい力が入る。そんな私に山下君はくすりと笑みを溢す。キョトンとする私に「あ、ごめん。陸と反応が似ていたものだから」と苦笑を漏らす。
一緒にいると似てくるんだね、と続ける山下君の言葉に顔が熱くなっていくのがわかる。居た堪れなくなって何かないかと辺りを見渡す。きらりと光るものが目の端に映って、話題を変えようと近くのカフェの窓際に置いてあった透明な花瓶に挿してある青い花を指差した。
「あ、あの花綺麗だね。小振りの青い花!」
普段出さないくらい大きな声が出て激しい動揺と共に余計顔が熱くなる。
「あぁアレはブルースターですね」
山下君は誘われるように窓際の方へ足を進める。
「色んな花がありますが青い花ってあまり多くないんだそうです。あ、この花ちゃんと水あげされてる……あ、えっとこの花、花瓶に生けるのちょっと大変で、茎とか葉っぱを切ると白い樹液が出てきてべたべたしたり、人によったらかぶれたりしちゃうんです。樹液こんなに出るのかってくらい出てきて、初めてこの花を生けようと茎を切ったとき何も知らなくてすっごく驚いたなぁ」
イキイキと楽し気に語る山下君を見ていると本当に花が好きなのだなと思う。こんなにも何かを真っすぐ好きでいられる人は素敵だなと思わず口元が緩む。
そんな私の頬の緩みに気づくと、彼は申し訳なさそうに「すみません、喋りすぎてしまいました」と苦笑した。即座に首を横に振る。
「本当にお花が好きなんだね。何かきっかけとかあるの?」
「子どもの頃、課外活動の一環で育てた花をある人にプレゼントしたことがあるんです。そのとき綺麗に咲かせたねととても褒めてくれた人がいまして」
それで、と告げた山下君の顔は穏やかで、でも少しだけ目の奥が悲しそうに揺れていた気がした。
「もしかして、陸君のお姉さん?」
山下君は小さく頭を縦に振った。
「本当に大切な人なんだね、よくおうちに行ってるって聞いたよ。あ、今日は良かったの? 私なんかに付き合ってくれて」
「あー、……はい。最近行ってなくて」
「……なにかあった?」
「いえ、そういうのではなくて。ちょっと時間が欲しいというか……」
山下君はそう言い淀んで口ごもってしまった。
「ごめんなさい、余計なこと聞いちゃったみたいで」
いいんですよ、と頼りなげに微笑むと山下君は街並みに沿って歩みを進めながら、サムシングフォーって知ってますか?と話題を変えた。
「西洋では結婚式で花嫁が身に着けると生涯幸福な生活が送れるといわれている4つのものがあるんです。何か古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの。この何か青いもの、サムシング・ブルーとしてブルースターは結婚式のブーケなんかによく使われるそうですよ。この花、5枚の花弁が青い星のように見えることからブルースターと呼ばれるようになったそうです。なんだか星に願いを、という感じでロマンチックですよね」
「そうなんだ、知らなかった。……ふふふ、確かに幸せになれそうだね」
「ええ、だから結婚式のときにはお勧めの花です」
そういういう山下君は先程までの表情とは打って変わり、少しだけ意地悪そうに笑っていた。私の顔はまた熱を持ち、あわあわとするだけで言葉にできなくなる。「山下君だって」と言葉にするのが精一杯で、ふと目が合えばなんだか照れくさくなりお互いくすりと笑みが零れる。
「そう長くはない付き合いですが、貴女はとても素敵な人だって知ってますから幸せになってほしいと思ってます。それにご存知だと思いますが、アイツは良い奴ですよ。めんどくさいところもありますが、陸は子どもの頃からの友達ですから。アイツにも幸せになってほしいんです、なんだか恥ずかしいですが」
「……うん、ありがとう。私もね、山下君のこと良い人だって知ってるから。お花が好きで、優しくて、気配り出来て。貴方にも幸せになってほしいって思ってるよ」
素敵な人だと知っているから、幸せになってほしいと思うから、私なんかでも何かできるなら力になりたいと思う。
大きく息を吸い、意を決める。言葉を紡ごうと口を開きかけたとき、雑踏に視線を向けた山下君の口が戦慄いているのが見えた。その視線をゆっくりと辿る。こちらを見て、何かを諦めるような何処か泣きそうに立ち尽くしている女性が見えた。
「お姉さん!」
山下君の声に瞬間、それが誰だか分かってしまった。山下君の声を待たず踵を返す女性に、彼の心が酷く傷ついた音が聞こえた気がした。そして気づいてしまった。あの人は、山下君のことが、好きなのだと。そしてきっと勘違いしているんだ───それまで足繁く通っていたのに最近来なくなった彼が今、目の前で女の子と2人歩いている。
膝から崩れ落ちるように山下君がその場に座り込むのが視界の端に見えて、思わず駆け出す。人混みを掻き分ける。
あの人に説明しなきゃいけない。だって幸せになってほしいから。私の幸せを、陸君の幸せを願ってくれている彼に。彼が大切に想うあの人に。幸せになってほしいと願うから、精一杯手を伸ばす。今私にできることをしたい。
掴んだ女性の手が震えている。悲しみに染まった顔が想像できて心が締め付けられる。
「お姉さん!」
どうか。
どうか、泣かないで。
貴方の幸せを願うから───。
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