memories:スターチス
「俺達さ、もう無理だわ」
そう呟いた遥の顔には影が出来ていて、上手く表情が読めない。
「ぇ、なに、いってんの。急にどうしたの」
それが余計、不安を駆り立てる。上手く頭が回らない。
私が言葉に詰まって黙っていると、不意に遥が私に背を向けて歩き出した。
ちょっと待って!
手を伸ばしてその背中を追いかけるけれど、いくら息を切らして走っても距離は少しも縮まらない。寧ろその背中は私を置いてどんどん先に行ってしまう。
やだ、……こんなの嫌だ。嫌だよ、遥。
待って……。
待って―――。
「待って!」
手を伸ばした先に、オレンジ色に染まった見知った天井が見えた。……あれ?
「………ぅああぁ」
もお、なんだよ、夢か。
知らないうちに目頭から伝っていた涙が、なんだか恥ずかしくて伸ばした腕で目を覆う。
やぁあ、なんだこれ。めっちゃ恥ずかしいぃい。
ひとしきり静かに悶えた後、そっと腕をずらし、辺りを窺う。
知らないうちに眠っていたらしいが、今日は確か遥がうちに来ていたはず。その姿を探してみる。
でも、姿どころか、そういえばさっきから物音1つもしていない。
あれ。
横たわったままだった身体をゆっくりと起こしてみる。
「……遥?」
名前を呼びながら、家の中を歩き回る。
ソファーに掛けられたギャルソンエプロン、テーブルの上の飲みかけの紅茶。
だけど、いくら探し回っても当の遥の姿が見当たらない。
『俺達さ、もう無理だわ』
そう呟いた遥の声が思い出される。あのとき遥はどんな顔をしていたんだろう。あれは本当に、夢だったんだろうか。
遥は、私のこと、置いて出ていったんだろうか。
遥は、もう、ここには戻って来ないのだろうか。
息苦しい。息がうまく吸えない。全部悪い方にばかり考えがいく。
あぁ、もう。なんで今ここにアイツがいないのよ。
頭を過っていくのは負の想像ばかりで目の奥が、ジワリと痛む。鼻の奥がつんとして、俯いたまま足元の自分の影が消えていくのをただぼんやりと眺めた。
もう自分の影も見えなくなった頃。急にバチッと音がして部屋が明るくなった。
「電気もつけないでなにやってんの、お前」
その声に振り向けば、
「……な、遥、なんで?」
「お前寝てたから、起こすのも悪いと思って夕飯の買い出し済ませてきた」
そういいながら、買い物袋を机の上に置く。
「あ、あとこれ」
そういって遥は思い出したようにガサゴソとそれを袋から取り出し、私は差し出されたそれを受け取る。
「え、花?」
1輪だけ、セロファンで巻かれたその花が揺れる度、作り物のようなカサカサとした淡紫の花びらが小さく音を立てる。
「どうしたの、これ」
「なんか、花屋の店員にドライフラワーにしても見た目もそう変わらなくて長く楽しめるからって勧められた」
「なんだそれ」
「でもまぁ、いい子で待ってた家主様にお土産にしてもいいかなって」
そうやって、私の頭を撫でながら目を細めたりするから、胸の奥がざわざわとむず痒くなる。あぁもう、あぁもお。居ても立っても居られない、叫びだしたくなるような衝動を、熱くなっていく頬を両手でパシッと叩いて何とか耐える。
「よし、ご飯にしよう。すぐ作ろう」
そういって買ってきた花を生ける遥を横目に、忙しなく動き始める。
そんな私を見て耐えられなくなったらしい遥が「くはっ」と吹きだしていたが、さっきまでの自分を誤魔化すように、
「そこ、笑うなっ」
私は悪態衝きながら調理に取り掛かった。
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