第97話「ダンジョン防衛線3」

 どさっ

 1体のオークが力無く倒れ臥す。

「ボッフ(お母様万歳、皇帝万歳……また俺を作ってください……)」

 大地に倒れながらそのオークは満足げであった。仕事をやり通した男の顔である。

 だが薄れゆく意識の中でオークは浮遊感を味わう。


「ボフ(愚か者め、そうやすやすと休ませるほど俺は甘くないぞ!)」

 オークの上官であった。自分と同じくダンジョン作物で意識を明確持った戦士クラスである。

 オークは思った。死なせてほしい。自分はもう手の施しようもないほどの傷だ。自覚はある。もし自分を直せたとしても今回の戦場に復帰はできないだろう……。寧ろな意識の中オークは自分に使う回復のための資源はもっと戦闘に特化した者に使うべきだ……考えた。そして、霞む視界、上下に揺れる体でオークは絞り出す様にいう。


「ボッフ(……見捨てて……)」

「ボフ(馬鹿野郎! 諦めるな!!)」

 不条理である。

 自分たちはダンジョンモンスターであると同時に最悪の事態に対する防衛機能である。

 オークはその使命を果たし、果てるのだ。良いことではないだろうか……。

 オークはそう思いながらも、密着する大きな背中と上官が叫んだ『諦めるな!』という言葉に温かいものを感じていた。

 その後何も言わずにいるとやがてオークは広場にシーツを敷いただけの場所に置かれる……。


「部下を、よろしくお願いします」

 上官は深々と頭を下げると持ち場に戻っていった。


「第一派は退けた様です。これからです頑張りましょう!」

 医者の助手である白衣を着た人間の少年はオークを励ます様に言う。

 しかしオークは不思議に思っていた。そして少年がオークに手を当てるとオークは体の中に温かいものが流れ込んでくるのを感じた。徐々に破損部位が熱くなり、痛みが消えていく。安堵から思考が緩み、口を動かせるほどに戻ったオークはついぞ口にする。


「ボッフ(なに……を……頑張ると……)」

 少年はオークを見ると優しく微笑みこう告げる。


「生きることをです……。諦めたら終わりです……」

 オークは自分の思考がぐちゃぐちゃになっていることに気づいた。

 自分は製造されたモノである。形を作り能力を与えられ、不意に意識も手に入れた。

 だが、人類や動物とは違う。

 生きていると言う定義に自分は入っていない。

 製造されたものは製造主であるダンジョンマスターと自分たちの代表であるエンペラーオーク権兵衛さんに仕え、役に立つことこそ至上の喜びなのだ。

 自分はその2人に貢献し、満足して破壊されようとしていた。

 だが、あの人間は自分に【生きろ】と言う。

 自分は生きているのか?生きているとは何だ?……オークは混乱する頭で1つだけ整理がついた。

 『もっと役に立ちたい』と。

 生きて2人にさらに貢献したい、と。

 だが、誰がどう見てもこの戦闘にオークが復帰できる可能性は無かった。それほど激しい戦場だったのだ。


「戦場で役に立つのは戦士のみにあらず……」

 混乱するオークの前に現れた白衣の人間はそう呟くと、足早に他の他のオークの元へ去っていった。

 気がつくとオークは何とか立ち上がれるまでに回復していた。

 そして周りを見渡して気がつく。作業に手が足りていない。足を引き摺り、動きも緩慢。……だが、オークが役に立つ戦場があった。自分の存在理由である敬愛する2人の為になることがあった。

 そう認識するとオークは決意を新たに動いき出す。

 生きるという意味は見いだせないが、自分の存在価値はあるのだと認識して……。


「アユム。……いいのか?顔を見せなくて……」

 白衣の男、医療術師にして元モンク、リンカーは弟子のアユムを横目にオークの治療を行う。幸いオークは人型の為、人間同様に回復魔法が可能であった。重症患者はこうして回復魔法を施し、中・軽度の傷の者は通常医術で傷を塞ぐ処置をしている。


「友達でも……、意地の張り所を邪魔してはいけないんです……」

 寂し気にこたえるアユム。

 彼らが到着したときにはすでに乱戦模様だった。

 15階層と20階層のダンジョン作物をもって戦場を裏から支えているアユムたちだ。はじめアユムは権兵衛さんと並び戦場に立つことを主張したがアームさんに止められた。階層主としての意地がある。権兵衛さんのように特殊な使命を帯びた階層主は特に。いつもお茶らけている駄猫とは思えない発言だ。

 それだけ今回の騒動はダンジョンを管理する者、ダンジョンマスターに直接作られた階層主達にとって一大事だということだ。


「アユムちゃんも男の子だったのね♪」

 いつの間にか連れてきた4名の弟子以上の数のオークたちを指揮していたメアリーが子供の成長に感動する親の様な気持ちで言う。どちらかと言うと孫なのかもしれない。


「僕は……僕にできることは友達を支えてあげることだけです! さぁ、僕たちももうひと頑張りしましょう!!」

 真っ直ぐと、愚直に、現実に目を背けず向き合うアユムをリンカーとメアリーは微笑みながら見守っていた。

 状況は最悪と言っていいだろう。

 オークたちの中からも狂う者が出始めている。

 相手の物量は減らない。次から次へとやってくる。

 対してこちらは疲弊する。減少する。

 対応策は今のところダンジョン作物で正気を保つだけ。

 狂ってしまえば対処できない。ダンジョン作物を食べさせれば何とかなるのかもしれないが戦う相手、狂った者達の口に作物を運ぶことはできない。

 しかし……。

 権兵衛さんをはじめ、すべてのオークが諦めていなかった。

 使命に燃える眼差しで罠を張り、武器を整備する。

 彼らは今充実感の中にいた。

 だが……、やがて……。

 この戦線が崩壊する日を迎える……。

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