第85話「ニャンダーの冒険2」
「ニャンダー師匠。スープです」
「……ありがとう……。相変わらず不味いわね……」
「……10階層までの我慢です……」
セリフとは裏腹、ニャンダーにカップを差し出した少女、神官戦士ニーニャは笑顔だった。小さなニャンダーに合わせたカップはまるでおままごとで、小さい頃やった人形遊びを思い出してしまう。
ニャンダーは不味いダンジョン作物を煮込んだスープを飲み下す。これでも改善された結果らしいが、ニャンダーにはきつすぎた。
実は現在冒険者組合を中心にアユムが提供した『美味しいダンジョン作物』の試作を繰り返し、その不味さは死者を生き返すと言われた原因を取り除くことに成功していた。
それに伴い10階層より下層を目指す冒険者が増えた。
何を言わんとしているかというと。日帰りの範囲を超えると数日中に『あの』ダンジョン作物を食べざる得なかったので、浅い層で十二分に稼げていたこのダンジョンでようやく下層を目指すものが増え始めた。これはアユムが行った地道なダンジョン作物販売活動が功を奏した形となった。しかし、美味しいダンジョン作物を得るには最低10階層。より良い物を得るには15階層を目指さねばならない。その時に換装させたダンジョン作物をお湯で溶かして口に含む『携帯食料が泥をすすった方がまし』と言われたダンジョン作物が原料のそれが大幅に改善されたのだ。富を求め冒険する者たちはこぞって下を目指す。……旨いものを求めて冒険する者も以下同文である……。
普通であれば2日。アユムや師匠など化物レベルの冒険者でも半日かかる10階層までの道のりをニャンダーは4日かかっていた。4日掛けて彼女たちはいまだ7階層にいた。原因は……。
「またでたぞ!」
「行くか…‥」
「ニャンダー師匠は休んでいて……」
神官戦士であるニーニャはメイスを手に立ち上がろうとしたニャンダーを制す。
「いい加減、イラつくのではけ口にさせてもらいます……」
そういって可憐に笑うニーニャ。しかし、目が全く笑っていない。むしろ濁っている。
さもありなん。というやつである。
彼らはあれからずっと黒いモンスター、それも軍隊の様な規律を持った集団に悩まされていた。
下手をすると入口近辺でニャンダー達だけを待ち受け……。
「くそっ! また仲間をかばいやがった」
「なんで、モンスターが仲間をかばって回復してやがる!」
そう、ニャンダー達を消耗させては負傷した仲間を庇い損害を出さないよう。しかし、不意を突かれ疲弊してゆくニャンダー達を回復させないように定期適に、時に不定期に、黒いモンスター達もチーム交代制を作って襲ってくるのだ。
ダンジョンは黒いモンスター達にとってホーム。夜になれば夜闇に紛れ、夜討ち朝駆けなど当たり前である。眠らなければならないニャンダー達は日に日に疲弊し、そして撤退する。ニャンダーの眼から見てモルフォス達はすでに限界である。度重なる戦闘でレベルは、体は、体力は向上しているが、精神が追い付いていない。あ、ニーニャのメイスを受けてふら付く黒いコッコを庇い黒いオークがニーニャのメイスとガンビスの追撃魔法を受けているが黒いギガベアーが防御魔法を構築してコッコとオークが引く時間を稼いでいる。ニーニャとガンビスは地団駄踏みながら攻撃に踏み込もうとすると影から現れた黒いデビルスパイダーの攻撃に足元をすくわれ危機に陥り後退する。デビルスパイダーは彼らを深追いするでもなく再び闇に消える。
「……やるわよ」
ニャンダーがそういって前にでると黒いギガベアーが殿を務めつつゆっくりとモンスター達は引いていく。ニャンダーは知っている。深追いをすると手製の罠と、ダンジョントラップに誘導されるのだ。と。
「悔しいです師匠!」と熱く吠える名実ともにレベルを使いこなせるようになった魔法と剣技を高いレベルで使いこなすアッラーイ・モルフォス。
「僕にもっと魔法力があれば!」と己の非力を嘆く、魔法組合への所属も可能なほど魔法が何かを実体験から理解し始めたモルフォスの弟ガンビス。
「道場剣術は戦場で無力とでも言いたいのかあいつらは!」突進をかわされ、続けざまのラッシュも放てる様な体力を手にした騎士バブルガスが今日も買わされ続けた己の無力さを嘆く。
「……次こそあいつら一匹でもいいから殺すわ……」と剣に誓うのはモルフォスの許嫁インバルト。魔法剣士たる彼女は己から漏れる黒いオーラを件に集中していた。
「今度こそ肉をつぶす感覚を味わってやります!」と、神官がしては行かない発言を繰り返す。天才神官ニーニャ。
ニャンダーはため息をつく。どう見ても限界である。彼らは非常に優秀になった。すでに普通のモンスターや地球の軍隊では声も出させずに処理できるほど実力が実っていた。しかし、ゲリラ、しかも自分と同等程度の実力の者にそれをされるのだ。対応できなくても無理はない。
しかもこれで5度目だ。
だまって撤退するニャンダー達。帰り道は襲われないことを知っている。これは、時間を稼げばモンスター達の勝利であることを物語っていた。全く持って屈辱的なことである。
地上に戻り、ニャンダーはモルフェス達に3日の休暇を命じた。
休むもよし。教えを請い鍛えるもよし。
そういうとモルフェス達の眼に投資が宿ったのをニャンダーは確認した。
(リミットはいつまでだろうか……)
すでに2カ月という時間を浪費している。
(あの人を取り戻す。または、あの人の下に私が行くにはあとどれぐらいの時間が残されているだろうか……)
黒いモンスター達が執拗に妨害するのは大志とニャンダーが合流することを避けたいからだ。そして、黒いモンスター達が殺しに来ないのは、殺しにかかり数を減らすリスクと、ニャンダー達が強くなりやがてゲリラ戦術を突破するリスク。両者を天秤にかけて前者を選んでいるからには残された時間が少ないのは自明の理である。そうニャンダーは理解した。
苛立って小石を蹴飛ばす。ニャンダーのサイズ的に岩なのだがお構いなしだ。
「師匠、荒れていますね」
苛立つニャンダーをつまみ上げたのは黒目黒髪の和服を身にまとった女性であった。年のころなら20歳といったところだろう。ニャンダーをみつけ微笑んでいるがその目の奥に潜むものは冷たい狂気である。
「あなた……」
「そうです。思い出しましたね。そういう仕組みです。……あ、名前は出さないでくださいね。こう見えて私、こちらの世界で少々有名になってしまいましたので……」
和服の女性はそういうとニャンダーを抱えて裏路地を進む。
どのような都市にも裏はある。
もちろんコムエンドにも裏がありやさぐれ者どもが跋扈している……はずだが、和服の情勢に導かれ進む周囲に気配がない……。
和服の女性に抱えらたその腕の中でニャンダーは警戒心を強くする。
やがて気づく。
この空間が、それ自体が世界から切り離されたことを。
「……貴女、今何をしているの?」
ニャンダーは3年前。強くも黒い志を持ち魔術を学び半年で身に着け、消えた和服の女性に問う。
「ふふ……」
その笑顔をニャンダーは見たことがある。……目標を達成したものが見せる余裕の笑顔だ。
「私は今、とある人の秘書をしています」
「……まさか」
ニャンダーは嫌な予感、まさに悪寒を感じ和服の女性の腕から逃げ出そうとしたその瞬間だった。
「はーい、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ「「古い」」……~ん(涙」
突如空間を割って現れた、灰色の肌の少年は、得意げなセリフを途中でぶった切られて落ち込む。
「……できれば会いたくなかったわ、人形王……」
「僕ぁ~会いたかったよ。翔子君」
「……あなた。まさか……いえ、でも私が知るあなたは普通の……」
「ちっちっち。それ以上の詮索はダメだよ。なんといっても男はミステリアスな方がもて「「あ、それ嘘です」」……(´Д`)」
いじける人形王。
「何しに現れたんですか?私は会いたくなかったのに……」
「いや。私は会いたかったよ。何より! ……困ってるだろ?」
「……」
「さぁ! そんなあなたに今日はうってつけの商品「あ、詐欺臭いので結構です」……を紹介させて……お願いだよ……」
ファイト! 人形王!
(次回に続く)
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