第79話「潜水艇!それは男(魚)の夢!(前編)」

 アユムは15階層に植えた芝の上に寝転がる。

 ジロウに無理を言って仕入れた地元の芝生である。


 土の香りと、芝の柔らかさがアユムを優しく包み込まれているような感覚をもたらす。


 アユムは初めてこの15階層に来た時の様に、魔法力が小川の様に流れるこの15階層と、魔法力と神気を同調させる。魔法力と世界と肉体の関係。アユムはそこに生まれ持った神気を合わせて体内の力の流れを制御している。それは……。


 苦痛である。


 神気とはつまり神が管理業務に使う『制御の難しい』力。そして『本来人間には扱えなかった魔法力』。そんな人間には制御の難しいはずの2つの力を身に宿したアユムは、生きているだけで引き裂かれるような痛みを伴っている。その為、定期的に体内のちからの調整が必要となるのだ。苦痛が嫌と調整をしないでいるとアユムの体、魔法力構成体(地方によっては魔法回路と表現)が強い力の反発に耐えられず崩壊する。そう、アユムの精神とともに。


 町にいた頃は今よりももっと激しい痛みを長時間こらえなければならなかった。その為アユムは必ず月に一度宿から出てこない日がある。師匠達は根を詰めすぎているように見えるアユムに、もっと【休養日】を取るように勧めていた。


 だが、それはアユムにとって【休養日】ではなく【調整日】である。加えるならば日々充実しているので本来の【休養日】などほしくもなかった。だから、決まってアユムは苦笑いを浮かべつつ話をはぐらかす。【休養日】当日、決して部屋に入らないようにと周囲へ伝えた後、アユムはベッドに寝転がり、魔法力と神気の力の流れに触れる。それは直接神経に触れるに等しい行為である。アユムは木の棒を布で巻いたものを口にくわえ、激痛に耐える。


 日に日にこの激痛の時間が増えていった。皮肉なことに【調整】がアユムの器を広げてしまっていた。それ故に、調整範囲が広がり、激痛の時間も増えたということだ。


 アームさんの下にやってくる直前の調整は朝日とともに調整を開始し、気づけば深夜である。かみ砕かれた木の棒は5本を超え、アユムが流したと思われる汗は脱水症状を疑いたくなる量だった。


 アユムはあの時を忘れない。

 目を覚ました時、アユムの中で相反するが故、とげとげしく反発しあっていた魔法力と神気が正常に流れていた。何もしていない。ただ単純に大地の上に横になっているだけなのに。

 アユムは常に感じていた痛みから解放された。

 あの時の衝撃をアユムは忘れない。


 ふと痛みが和らぐ。時間にして、たったの、10分程度だろうか、アユムは誰にも気づかれない様に冷や汗をぬぐう。

 隣でぐうすか寝ているアームさん抱き着ついてモフモフを楽しみ、もうひと眠りする。


 アユムはもう一つのことを一生忘れないだろう。

 生まれて初めての爽快な状態で見た、悲しそうな巨大な赤い猫の後姿を。

 その時アユムが、アームさんを守ってあげたいと、決意したのは内緒の話だ。


--40階層、青の宮殿


 水路が張り巡らされた青一色の宮殿。

 最奥の一室。巨大なフロアに奴等はいた。


 「ただいまかえったのだ、魚的に」


 のんきなマーマンこと40階層の過労死寸前の階層主は、【ダンジョンマスター】と【本来の階層主、デス・マーマン】が膝をついて迎えられる。


 「神よ。お戻りお待ちしておりました」

 「……僕は、そんな口癖ないですよ? 魚的に…………ひぃ」


 頭を下げたまま【本来の】マーマンが口を挟むと巨大なプレッシャーが彼を襲う。言わずもがなダンジョンマスターの圧力である。なお、ダンジョンの共同経営者である神樹の子供は出席していない。この神の御前に姿をさらすは不敬と判断したからだ。


 「よいよい。儂の我が儘に突き合わせているのだからな。魚的に」


 マーマンは気が付くと白髪にひげを蓄えた老人に変わっていた。


 「地球の神よ。予定外の【馬鹿娘】の介入がございましたが無事、我がダンジョンで保護した【ご子息】にお会いできたようですね」


 本来の姿で地球の神は用意された椅子に座る。その姿は老人から青年に変わる。


 「面を上げよ。楽にするがよ」


 神の命に従い顔を上げるダンジョンマスターとマーマン。


 「改めてだが、我が息子の……死の運命を変えるために儂が、主らを巻き込んだこと申し訳なく思う」


 神が頭を下げると二人は慌てる。


 「神のため働くことができるなど誉。天界でも自慢のできることにございます。お顔をお上げください」 

 「魚的に恐悦至極。分身とはいえもっと上からご命令いただきたいと魚的に懇願したいです」

 「……そうか。彼はよい眷属をもってうらやましいのう」


 慈愛に満ちた神の表情に二人は見とれる。青年から美少年の姿で言われたのである。ダンジョンマスターなど顔を真っ赤に染めて固まる。


 「では、マーマンよ。引き続き我が息子こと頼んだぞ」

 「はっ! 魚的にお任せあれ!!」


 マーマンの口癖に不意に神から笑みが漏れる。


 「…………大志よ。己が生き残る道を。……つかみ取るがいい。不甲斐ない父ができるのはここまでだ……」


 神はそこまで言うと姿が薄れ、そして消えた。

 神の中でも多忙な神が一時的に分身を作り異世界に送る。神界での根回しを終えた後、地球ではもう二度とかなわない息子の姿を、声を生で感じて地球の神は帰っていった。


 「…………」


 分身体から情報を受け取った本体である地球の神は、一瞬仕事の手を止め嬉しそうに手を止めそしてすぐに仕事を再開した。

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