第76話「夢落ち」

 「…………」


 チカリはベッドから上半身を起こし、ニヤリと笑う。


 「何かしらないけど………………いい夢見たわ……」


 寝起き、瞼が重たく半分しか目が開いていない状況で、この少女、チカリは満面の笑みを浮かべて神に感謝をささげた。

 チカリは今、15階層の女性専用宿舎に宿泊している。魔法道具のメンテナンス作業のためだ。

 師匠達が15階層にいる際に思い付きで設置していく魔法道具が無数にある。説明もなければ設計も残さないのでオーパーツ化しそうなものまである。魔法力を流すと小規模な風精霊を召喚して草刈りをする案山子型魔法道具なんて説明がなければわからない。あと、タヌキチと盛り上がって作ってしまったドライヤーもどきの魔法道具なども、この世界の人間には説明がなければ本当に何者かわからない。なのでチカリは忙しい魔法教会の仕事を放り投げて、メンテナンス、という名前のお宝探索並びに15階層でのバカンスに来ていた。


 そう、バカンスである。


 そもそも、ジュニアアイドルみたいなことをさせられつつ、巨大組織の魔法組合で、仕事をしないトップの代わりにあれこれと決裁やら貴族とのコネクションやら、関係各所へのあいさつ回りやらで日々忙しいのだ。


 休日なんかない。どこもそうだろう。地位のあるものはそれ相応の仕事をしている。していないように見えるのは、そこまでまだ見えていないのだ。そう。そのはず。こんなに仕事をしている世界の声が不人気キャラって! おう、コラ、お前ら表出ろ!! 責任者出てこい! できれば美人で!! …………まって、美人って言ったけど女の人が希望……、い、いや~~~。助けて! ブラック様!


(休憩中♪)


 さて、続きを話しましょう。ん? 何があった? うん、私はブラック様に絶対服従です。豚(世界の声)とおよび下さい。


 さてさて、お話はチカリの視点に戻る。


 いい夢見たチカリは未だ気怠い体に鞭を打ち、布団の外に出る。

 季節がらか最近少し寒くなってきている。

 ダンジョンに季節? と思われたと思うが実はダンジョンも気温変化があるダンジョンと、ないダンジョンがある。準神域として結界内にあるダンジョンなので、地域的な気候変化に影響されることはない。なので北限のダンジョンなどは1階層を人間を含む動物たちを受け入れる階層として開放されている。もちろん、住むにあたっては量産した弱いモンスターを毎日狩らなければならないのだが。実はつい先日までこのコムエンドのダンジョンも気温変化の少ないダンジョンだった。だが。


 「ごめんねー。残していくこの子が変わりゆく気候が大好きなの。だからダンジョンも気候変動しちゃうの。四季が来るの! たのしんでね~」


 覚えておいでだろうか? そう神樹様である。

 木目が目立つ幼女の、そう神樹様である。

 語尾が強引な、そう神樹様である。

 ブラック様が奥の手としてアユムに彼女の息子である種を渡した割に活躍できなかった、そう神樹様である。


 そんな神樹様がなぜ四季なのかというと。彼女がコムエンドのダンジョンで力をふるうために媒介とした、彼女と夫である神獣から生まれた新たな神樹の眷属たる種だが、親たる神樹様に体と力を提供しただけでなく、あの黒いタヌキチからダンジョン支配権を争い奪い返していた。ここまで聞いていただいてお分かりかと思うがこの種には明確な意思があり神樹様には大きく劣るが力がある。そして現在コムエンドのダンジョンはダンジョンマスターと彼の2柱によって運営されている。


 そのため、種であった彼がダンジョンを補強しつつ、大木として外界に向けて天高く伸び、外の空気を感じ、『移り行く季節、サイコー!』とか言い出してしまったためダンジョン内にも式が発生しつつある。


 さて、ダンジョンは大きく、そして緩やかに変化を遂げている。

 夏が終わり、秋が来る。


 そんな季節感を感じながらチカリは手早く支度を済ませて軽快な音を立てながら階段を下りてゆく。チカリに気付いたハインバングルは用意していた朝食をそっと出す。


(バカンスという名前のメンテナンス業務最高だ!)


 焼き立てのパンに切れ目を入れてリッカの葉と柔らかいモンスター肉、最近来た着ぐるみ男が作り出したマヨネーズという調味料と、ピリリと存在感を主張するリッカの種から作られた香辛料。食感だけで表現すると、サクッ、フワ、シャリ、ジュワ、うま!。


 思わずチカリはハインバングルを見て満面の笑みで親指を立てる。

 ハインバングルは調理中である。一瞥すると満足げに少し口をゆがめるだけだ。

 だが、チカリにはそれで充分である。


 定番のリッカジュースも旨い。


 「はー、バカンス最高~~~~」


 旨いもの食って。十分に寝て。面白道具を触り倒して、飽きたら本を読んで寝る。

 チカリとって最高の休みである。


 「冬近くなるんだからさ暖房魔法道具とかもメンテしてくれよ。俺の作業場とか俺の作業場とか俺の作業場とかのさ」


 チャラ男もとい、糞イケメンのサントスが朝食のトレイ片手に、無断で、チカリの前の席に座る。チカリに確認もせず無断で。チャラ男の作業場今シーズン暖房なし確定かもしれない。


 「残念、今日は賢者の娘様が残していったていう温水魔法道具だ」


 フォークでサラダをつつく、新しく栽培可能となったタヌキチが残していったトマトという酸味と甘みが同居する野菜を食べつつ、そーいえば着ぐるみの人がパンの中に挟んでいたなとチカリは冒険心を働かせる。


 「うまい! くそ、あの着ぐるみめ、こんな食べ方があったとは隠してやがったな!」

 「ほう、あいつそんな食べ方をしてたのか。今日吐かせるか……」


 ハインバングルと目と目で通じ合うチカリ。


 「タイシさん…………がんば!」


 君子危うきに近寄らずとばかりにサントスはその場でそっと気配を消す。サントス、空気の読めるチャラ男である。


 「さてっと、おっちゃんおいしかった! お昼もよろしくね!」

 「おうよ。チー坊、仕事ちゃんとして来いよ」


 チー坊。チカリはまだ16歳である。彼らから見れば子供。だが、魔法組合の計画性のない馬鹿大人どもはチカリに頼る。ついには組合長まで仕事を丸投げして組織のトップのような扱いを受けている。だが、まだ16歳なのだ。失敗して、失敗して。そしてその失敗が人生に何をもたらしてくれるのかわからず、情熱で突き進む歳なのだ。地上ではそう扱ってもらえ無いが、ここ15階層でチカリは16歳の少女に戻る。


 「賢者の娘様の魔法道具最新の立体魔法回路で組まれてる難物! やるぞー!」


 宿泊施設から外に出てこぶしを突き上げるチカリ。

 そこで若干の違和感に気付く。

 アユムがいない。


 「コケ!」


 そこで一匹のリトルホワイトコッコがチカリに向けて敬礼して通り過ぎようとした。

 そこをチカリを止める。


 「アユムたちがいないけど、なんかあったの?」

 「コケ!」


 「ほう、40階層の階層主によばれた? へー。……今日はお魚だな!」

 「コケ!!」


 「たのしみだ~♪」

 「コケ~♪」


 「コケ!(コラ! 15番。サボってんじゃない!!!)」

 「コケ!(すみません! 今行きます!!!)」


 チカリは急いで駆け出すコッコを見送り自分も本日の職場、お風呂場に向かう。

 頭は魚料理でいっぱいである。


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