第53話「バイトリーダ権兵衛。お茶畑に満足できない」
「アユム勝負だ!」
アユムがラーセン工房でお手伝いを始めて2日目の事だった。
ダジルと名乗った男に棍を向けられたのは。
「てめぇ! 昨日さぼりやがった癖に、代わりに仕事手伝ってくれてるお客人に何してやがる!」
即座に周囲で作業していた兄弟子たちにボコボコにされる。
一応第4でも王子なのだが、知っている兄弟子すら容赦しない。1日とは言え丁稚が無断欠勤というのは許されざる悪行である。
「………………」
棍で体を支えるのがやっとの状態のダジルにアユムはそっと手を差し伸べる。
アユムが膨れ上がった頬を撫でると痛みと腫れが引く。
軽く光を撒くと光がダジルの青あざを治してゆく。
完治はしないが楽になる。メアリー直伝の回復魔法をもってしてアユムでは未だこの程度である。
これがメアリーになると失った腕や足まで生やしてしまうのだ。
何事も先は見えないほど遠くにある。
「………………礼は言わんぞ」
忌々し気にダジルはアユムを睨む。そして同時にどこからかダジルの脳天に棍が叩き落される。
「礼を言え、馬鹿弟子」
ラーセンが現れ棍を振るう。
「ラーセンさん。棍。伸びましたね…………」
「うむ。伸びたぞ」
あっさり答えるラーセン。
ラーセンは身長がそんなに高く無いので高身長のダジルを脳天を殴るのには飛び上がらなければならないのだが。軽く振るわれただけのそれは、グンと伸びて叩き落していた。
「ほっほっほ。これでも【神の杖】じゃ、面白機能満載じゃて。かっかっかっか」
「いいなぁー。他にどんな機能あるんですか? 教えてください!」
ダジルをスルーしてラーセンに駆け寄ったアユムの瞳には既にダジルは映っていない。
「とにかく! 勝負だ!」
向き直るダジル。
「ここでのう水気の魔法力を込めるのう…………ほれっ!」
水蒸気が巻き散らされて虹を生み。そして杖の先からは水が息を意欲飛び出し、小さな噴水が出来上がる。
「うわーすごい! 奇麗! 僕もやってみたいです」
大はしゃぎのアユムに好々爺然とした笑顔のラーセンは快く【神の杖】を渡す。
横目で見ていたダジルは『盗まれる!』と気が気でなかった様だが、ラーセンの目の前でそのようなことをすれば……どうなるか明確である。……下手すれば師匠達でも敵わない程の男、それがまるでアユムを初孫を見るようにだらしなく垂れた瞳で見る男ラーセンだ。
「………そう言えば。水気の魔法力って何ですか?」
ワクワクしながら神の杖に手をかけてハタと気付くアユム。聞いたことのない力だ。
「ウォータは出せるか?」
「はい」
「その時の魔法力を再現して見よ」
「はい!」
ワクワクが止まらないアユム。魔法とは体に記憶させた魔法回路に魔法力を通して物理現象として顕現させる。神より賜りし御業、魔法である。今自分の手の中にあるのはその魔法回路を使わなくても技を放てる、面白武具だ。
小声で「よしやるぞ!」と意気込むとアユムは静かに目を閉じ杖に意識を集中させる。
究極の集中力の世界に入ったアユムを眺めてラーセンは『ほう』っと目を細めた。
ゆっくりと、だが確実にアユムが持つ神の杖に水気の魔法力が溜まり始める。
いつの間にか工房の弟子たちは作業の手を止めアユムを見ていた。
ある者は只々感心し。
またある者は『自分だって』と対抗心を燃やす。
気の利く最年少の弟子がお茶を入れて配って歩く、最年少の弟子はアユムと同い年だ。だからアユムの行動が気になる。そして兄弟子たちの『アユムを見る意識』も気になっている。
関心、対抗心、色々な感情だが1名を除いて最年少の弟子は兄弟子たちが自分と同じく『頑張るアユム』に好意的な感情を抱いていた。
そうただ一人、ダジルを除いて。
「ダジル兄、落ち着いて。お茶でも飲んでゆっくり見ようよ」
最年少の弟子がそう言ってお茶を出すと、飛び出しそうだったダジルがお茶を受け取り腰を下ろす。
「…………失敗するのに長引かせやがって…………」
最年少の弟子はこの兄弟子にこっそりと失望する。
『ダジル。お前も師匠の指導を受けているのに……なぜ、【初心者であるアユムが】この段階で至っていることを成功といわず、失敗と呼べるのか………』
普段は優しくて一門想いの良い兄弟子なのだが……。最年少の弟子はそれでもダジルがアユムの邪魔をしないと信じていた。
信じてダジルから距離を取り、いつも指導してくれている兄弟子の横で腰を下ろす。
「あの馬鹿、今日に限って熱いな……先走ったことしなければいいが」
「変なところ熱血な人ですからね。悪い人じゃないんですが」
「良いやつだよ………でも猪過ぎる」
「もっと周りを見てほしいですね」
最年少の弟子の言葉に周りの弟子たちがダジルに向ける視線が急変した。憐れみの視線に。
「まぁ、お前に言われたら奴も形無しだな」
最年少の弟子は頬を膨らまして抗議するも、兄弟子たちはそれすらツボに入ったらしく暖かい笑いがあふれる。ラーセンもそちらに気を取られてアユムから視線を外す。
その瞬間だった。
「もう失敗だ! いい加減に神の杖から手をはなs………」
そう言いながらアユムが持つ神の杖を奪うために杖に手を掛けたダジルだが究極の集中力の世界に入ったアユムには聞こえなかった。なので杖を掴み引くと、自動的にダジルに杖の先が向けられる。
不幸なことにアユムはこのタイミングで意図せず魔法力を解放した。
不幸なことに異変を察知したアユムの第6感が水気の魔法力ではなく、最も得意な土気の魔法力に自動的に変更してしまった。
結果、杖の先からダジルめがけて岩石が飛び出し、容易にダジルの意識を奪い去った。
その後、アユムの応急処置を受けつつメアリー女医の所に運び込まれたダジルは回復後、恐怖の大魔王と化した叔父と、幻覚なのか角が見える叔母に説教をされる。
後日長く綺麗だった金髪を丸刈りにされたダジルはアユムに頭を下げながらこう言った。
「2週間後の格闘大会で俺と勝負してくれ!」
「突然どうしてなんですか?」
コムエンドにはいくつかお祭りがある。
中でも冒険者の意地とプライドをかけた格闘大会は毎年かなりの盛り上がりだ。
実は既に1カ月前からコムエンドでは『誰が出る?』『XXは今年レベルを上げたらしい』等々酒の肴に大いに盛り上がっていた。
勿論アユムも(師匠達の独断で)参加だ。
「………………イトリアさんの為だ」
アユムはうんうん唸りながら考えて考えて、そして首を傾げる。
「どなたですかその人?」
思わず殴り掛かりそうになったダジルだが、アユムの後ろにいつの間にか立っていたメアリーの殺気に体を強張らせる。
ダジルにしか向かっていなかった殺気だが、ダジルのあまりの怯えようが気になったアユムが振り返るとそこに誰も居なかった。
「お前が知らんのであればいい! イトリアさんはお前を倒せばお茶をしてくれると言ったのだ! 勝負だ! そして俺の為に負けることを許してやろう!」
あまりも……な発言をしたダジルはいつの間にか現れたメアリー、エスティンタル夫婦に首根っこつかまれて連行されていった。
ダジルは連行されながらもそれに気付かず、ずっと『ああ、あの可憐なイトリアさんと同じ時間を過ごせるのであればこの命燃やし尽くしてもいい! だが、そうすると彼女との今後の時間が………』などのたまっている。
残念王子。
何も知らない町娘が、こっそりと付けたダジルのあだ名だ。どうやら容姿と実直な姿勢が若い女性にそこそこの人気があった様でその反動なのだろう。
その後ダンジョンへの帰宅日前日まで『ダジルが現れた! イトリアを賛美している!』からの『メアリー会心の一撃!』を経て『ダジルに蘇生魔法を使った!』で『ダジルは逃げ出した(連行されていった)!』が幾度となく繰り返されコムエンドの残念王子としてダジルは有名となった。
数日後王のもとに一通の手紙が影を経由してもたらされた。
『弟へ
お前、子供の教育何してた?
今度その辺り話しに行く。
日程はコムエンドの格闘大会後だ。
お 前 や 各 大 臣 共 の 予 定 が
空 い て い る の は 知 っ て い る。
じっくりと話し合おう。
コムエンドで有名人【残念王子】ことダジルの叔父エスティンタル より』
手紙に恐れおののき王国の首脳部が数日国政をさぼった結果。野心的な隣国と開戦直前までに発展し、さらにエスティンタルから指導を呼び込むことになるのだが、それは先の話。
「この馬鹿王! 僕、領地帰るーーーー!」
「いったなこのくそ宰相! 逃げるな打ち首だ! さらし首だ!」
「やです~、正式な領地問題ですから~、法律でそんなことできませ~ん。しかもその法体系導入したの王様だし!」
「くそー! 優秀なこの儂が憎い!」
「じゃ! 2カ月ぐらいで領地の問題解決して帰ってきますので! 不在期間は補佐どもを増やしておきました! ばっちりです!」
満面の笑みの宰相に影から手紙が手渡される。
『優秀な宰相閣下へ
領地には我が部下たる専門家集団を送っておいた。案ずることなかれ。
逃げたら3倍♪エスティンタル』
後ろから手紙の内容を確認した王は満面の笑みで宰相の肩を叩いた。
「逃げなかったけどこれは2倍ぐらいになったかな?」
王と宰相のコントを眺めながら影は思った。
(エスティンタル様の予想通りだ………王に逆らってもいいけどエスティンタル様だけには逆らわない様にしよう)
臨時ニュースです。
本日出演を予定していた権兵衛さんですが、お茶試作一号に大変不満を抱いており、出演を拒否されております。
以上、臨時ニュースでした。
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