第23話 マルリースの過去②

「こっちは久しぶりと言われるほど親しくした覚えはないんだけどな」


〈そうだったか?……何せお前さんは有名人だからな……それに、およそ海賊がやるようには思えんナイトメアの栽培なんかに手を出すとは、お前さんも地に落ちたものだ、クックックッ〉


 ザックの笑い声は喉の奥で押し殺したような音で、聞いていて非常に不快だった。


「そっちこそ、ヘプタゴンに組してるなんて、元々一匹狼を貫いてたんじゃなかったの?」


〈それは共感する奴がいなかっただけだ……だがセブンスは違う、奴は天性の支配者だ、ナポレオンか信長の再来と言ってもいいくらいだ……奴ならこの世界、そう、太陽系の支配者にでもなれるぜ、クックックックッ〉


「何なのそれ、子供じみてるわね……今の世の中、武力だけで支配者なんかになれる訳ないじゃないの」


〈解っちゃいねぇなお前さんは、人間の世界には王が必要なんだよ、覇王がな……取りつ取られつする事で、人間の数は一定に保たれる、今の地球みたいに底辺でのさばってる何十億人もの下民どもは、はなから生まれなかったんだよ〉


「確かにそうかもしれないけど、考えるのが300年遅かったわね」


 今の地球の人口は150億人を優に超えている。

 宇宙に進出している人口も合わせると160億を超えているだろう。

 そんな中、地球では貧富の差をなくすために色々な政策が取られてきたが、九連合体制もその1つである。

 地球を9つの経済連合圏に分けて、その中で経済の循環や福祉を考えて行く物だったが、今ではワーキングプアが大量に発生する要因ともなっているのだ。

 今や世界の人口の6割が、生活するのに精一杯な報酬しかもらっていない。そのため、宇宙で働く者はエリートと言っても過言ではないのだ。

 せっかく出来た新天地の火星や金星だが、資金がなくて移住できない人間の方が多い。

 そして金を持っている人間も、わざわざ何もない火星や金星には行きたがらない。

 結局今のところ、興味のある者かアウトローな者、大規模な農業従事者しか移住していないのだ。

 金のない者は地球と言う籠に囚われた格好なのである。


〈何だ、PARGじゃねぇか……珍しい物持ってやがるな〉


「何!?……」


 マルリースは一瞬ザックの言っている事が解らなかった。ザックが望遠レンズで自分の機影を確認したと思ったのだが、実際は違った。ザックは普通のメインレンズでマルリースの機体を確認していた。マルリースが思っているよりザックの機体は接近していたのだ。丁度真上から迫ってくるザックの機影を感じた時、今更ながらに敵が近付いた時の警報が鳴った。


 ピコン、ピコン、ピコン。


「クソッ!……ステルスか!」


〈もう遅い!……〉


 ズガンッ!


 マルリースが気付いて武器を上に向ける間もなく、機体が衝撃で激しく揺れ、マルリースはコクピット内の壁に叩きつけられ気を失ってしまった。普通の人間なら死んでいてもおかしくない衝撃だ。


〈か、艦長っ!……〉


 通信士のアレックスの声がコクピット内に響が、マルリースの意識は深く沈んで行った。



 *****



 暗く、飾り気のない殺風景な部屋に、ベッドと机、ちょっとした棚だけが置かれ、ベッドにはマルリースが横になっていた。

 青い髪の毛も肩の辺りまでしかなく、胸の膨らみもほんの僅かで、飾り気のない灰色のワンピースを着ている。


(ここは?……)


 マルリースが目覚めると、目の前の置時計が目に入る。いつも見慣れている置時計だが、なぜか懐かしさも感じる。

 ここはマーレー研究所内の幼年育成所だった。


(もう9時を回っているのね……そうか、昨日は体力向上訓練だったから疲れていたのね)


 マルリースはベッドから起き上がると、着替える事もなく部屋を出て、共同の洗面所で歯を磨き顔を洗う。

 昨日の訓練は大いに過酷だった。

 40㎏のバックパックを背負って3㎏の木製銃を持ち、12時間駆け足で行進すると言う訓練だった。

 それまでにも過酷な訓練は経験していて、体力には自信があったが、今回は終わった後も食事が喉を通らず、シャワーを浴びるとすぐに寝てしまったのだ。

 鏡に映る自分の肩の辺りには紫の痣が出来ている。12歳の少女には痛々しい姿だった。


「マル姉ちゃんも今起きたの?……」


 背後から眠そうな声で語りかけて来たのは、3つ年下のユナ・ウェストと言う少女だった。

 赤銅色の肌に短い紫髪、垂れた目は金色に輝いてネコ科の動物を思わせる。

 ユナも昨日は同じように訓練を受けていた。9歳の少女にはまだ荷が重く途中で倒れたのだが、教官らは容赦なく立ち上がらせ走る事を強要していた。

 それもこれも将来、軍隊のエリートになるための一環だと教えられているのだ。


「ユナ……昨日あれだけしごかれたから、ちょっと疲れが残っちゃったのよ……ほら、肩がずれてるわよ」


 マルリースがユナの肩紐を直してやると、ユナは眠そうに欠伸をして目をこすっている。

 ユナの肩にも痣がくっきりと残っていた。


「体は大丈夫なの?」


「平気……もう治った……」


 やはり流石は強化人間である。体力の回復は驚異的な物だった。マルリースはユナの体をあちこち触って異常がないか調べて、最後にユナの下瞼をアカンベェのようにして眼球を確認する。何もないと解ると頭にポンと手を置いた。


「さっ、食事にしましょ」


 マルリースはユナを促して食堂へ向かった。

 食堂には誰もいなくて、がらんとしていた。他の者は既に食べ終わって授業を受けているのだろう。

 食べ物はセルフ方式で、並んでいる物を好きなだけ取っていける。マルリースは野菜を中心にトレイに乗せて行ったが、ユナは肉と炭水化物しかチョイスしていない。


「ほら、野菜も食べないとダメでしょ」


 マルリースがサラダの小鉢を乗せてやる。


「ぶぅ……野菜嫌い!……」


「いいから食べるの」


 マルリースはサラダを戻そうとするユナを制止して、無理やり近くの席に移動させた。

 窓の外を見ると芝生のグランドになっていて、他のクラスの者がドッヂボールの授業を受けていた。

 年齢はバラバラだが能力ごとにクラス分けされていて、今は一番優秀なクラスがグランドを使っているのだ。

 よく見ると腕や足には重しが付けられていて、より負荷を掛けながらドッヂボールをしている。

 その中には2つ年下のジュリア・マローンと言う金髪の少女がいて、同じミーナ遺伝子から生まれた姉妹だと聞いているが、あまり話はした事がない。この研究所には姉妹である女子4人と合わせて9人しかいないので意識はしている。自分とジュリアとユナ、それにもうじき4歳になるメグミがいた。それと普通の強化人間で双子の姉妹と、あと3人女子がいた。

 他の者は全て男子で、その為か育成所内はかなり厳しく、いざこざが起きる余地もないのが現状だった。


「あの人、楽しそうだね」


 ユナが活発に動くジュリアを見て言った。


「教官がいい人みたいだから、それなりに楽しいんでしょ」


 マルリースもジュリアたちのボール捌きを見ながら、フォークで野菜を口に運ぶ。


「おい、お前たち……何をダラダラしているんだ?」


 いきなり声をかけて来たのは各クラスを統括する男性教官だった。軍服のような格好で、腰には警棒と小型の拳銃まで下げられている。


「今日はお昼から授業がある日です……昨日は12時間の行進がありましたから、少し疲れが出ました」


 マルリースが振り返って答える。


「そうか、ならいいが……時間の管理はきちっとするようにな」


「はい」


「ああ丁度いい……」


 離れようとした教官が何かを思い出して立ち止まった。


「マルリースの赴任先が決まりそうだからな……欧州連合のイタリアだそうだ……研究所の恥にならないように、心しておいてくれよ」


「は、はい、ありがとうございます」


 それだけ言うと教官は飲み物のコーナーに消えて行った。


「マル姉ちゃんいなくなっちゃうの?」


 ユナが心配そうな顔で言った。


「仕方がないわよ、もうじき13だし」


 優秀な強化人間は13歳からどこかの軍に所属し、働かされるのである。

 紛争などが発生すると、必ず最前線に送られて活躍が期待されるのだ。

 マルリースは優秀な方で、各国の軍隊から引合いがあり、数少ない女性の強化人間と言うのもあって、向こうから見学に来る軍隊もあったほどだ。

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