第4話 女海賊マルリース参上。①

 この時代、エアバイクと言う空を自由に移動できる小型の乗り物が流行していた。

 プラズマ量子力学の発展で開発された、超小型プラズマジェットエンジン(PJE)は更に小型化を果たし、エアバイクと言う新しい乗り物を生み出した。

 それまでも小型の有人ドローンはあったが、機動性、安定性、省燃費に優れるPJEエアバイクは瞬く間に普及した。

 前面が透明な強化アクリル板になっており、真ん中にバイクのように跨る所がある。

 前底面に3つと後底面に2つ、後左右側面に1つずつと、計7つのPJEがついていて、それぞれ独立して動くので故障の際の安全性が保たれている。

 時速は通常400㎞までと定められているが、最高時速は900㎞まで出せるエアバイク(エアカー)もある。

 時速400㎞以上出せるタイプは完全密閉型の自動車タイプになっているので、エアカーと呼ぶ事か多い。

 エネルギー源は超小型核融合電池だ。5ℓの酸水素混合ガスで1か月は飛び続けられる。

 側面と底面、後方に魚の鰭のような翼があり、外見はバイクと言うより魚に近い形をしている。


 地球では一時期、普及しすぎて空がエアバイクの過密状態になり、死亡事故が多発する事態になった。

 空を移動するがゆえにビルに突っ込んだり家屋に墜落したりと、思いもよらない二次被害が発生するからだ。

 そこで世界規模で規制がかかり、生活圏上空では一般人のエアバイクは使用禁止になり、海上や平野、山間部のみに限定して使用が許可された。

 生活圏での使用が許可されているのは緊急性を要する職業のみである。

 それでも警察などは、よっぽど緊急性がない限りエアバイクでは出動しない。

 一番多く使用しているのは救急医療の医者と特別に許可されたエアバイク便の運送屋だけだろう。

 自動車のセイフティー技術も向上していて、自動車による交通事故は金京シティーでも年間で数えるほどしかないのだ。今では圧倒的に空での交通事故の方が多くなっている。


 バンバンッ!!


〈おい、大丈夫か?……〉


「ああ、問題ない……」


 前を行くタトゥー男に追いつきそうなところで、男が銃を撃ってきたのだ。

 どうやら性能はこっちのエアバイクの方が上みたいで、だんだん距離を縮めていた。 

 眼下には金京シティーが広がっていて、右前方には巨大な宇宙エレベーターが視界に入っている。


「くそっ……追って来たはいいが、これじぁあ奴を止める事も出来ないな」


 すると男は急に降下し、ビル街の間に目掛けて突進していった。


「何をするつもりだ?……厄介な所に行きやがって」


 ぐんぐんとビル群が迫ってきて、このままぶつかるのではないかと思うが、ビルとビルの間を時速390㎞で突入した。

 ギィュュュュュュンと言う音がビルの谷間に反響し、信号機や道路標識の看板の上をすごい勢いで駆け抜ける2台のエアバイクを、道路を歩いている人々が驚いて見上げている。


「くそったれが……下手したら死んでしまうぞ」


 男はかまわずビル間を突っ切り、急に減速すると左に曲がって行った。

 メグミも慌てて左に曲がるが、大きく膨らんだのでビルの壁面にぶつかりそうになる。


「うおぉぉっ!……っと、あぶねぇ……」


 と安心したところで、今度は荷物を積んだエアバイク便が目の前に迫っていた。


「なにっ!……どけっ!」


 左に曲がり切ったところなのでそれ以上曲がれない、その上、推力も失われている上に避ける事も出来ず、仕方なくエアバイク便と下を走っているバスの間を潜る形に無理やり持っていく。バスの背中に少し掠ったが、勢いそのまま今度は街路樹に半分突っ込んで大きく減速してしまった。


「しまった……見失ったか?……」


 男が行った先に目を凝らすが、既に姿は消えていた。


「くそったれが!……」


 メグミはエアバイクの腹を拳で軽く殴った。



 *****



「へっ……撒いたか……ざまあ見ろ」


 言ったのはタトゥーの男だ。

 後ろを振り向いて誰もついて来ていない事を確認すると、エアバイクを北の方向に向けて安堵している。

 変な女警官にに追いかけられ、一か八かビル街で撒く事を思いついたが、見事に突き放す事が出来た。


「とにかく艦長に報告しないとな……」


 男の名はルース・ライアン。

 ファムファタルウルフ海賊団の下っ端にすぎないが、今回、百万組と言うヤクザグループに新型の麻薬草『ナイトメア』を売り捌く役を任されていたのだ。

 『ナイトメア』は最新のバイオテクノロジーで生まれた新種の麻薬草で、使用すると強い催眠効果があり、最近は闇組織の間でマインドコントロールの導入剤として使用され出した。

 元々は心地良い睡眠を探求して創られた植物だったが、思わぬ副産にはまってしまったのだ。


 ルース・ライアンが乗ったエアバイクはどんどん北に向かって都市部を離れ、果てしない森の上を1時間ほどかけて、ある施設に到着した。

 横幅100m高さ40mの円筒形の建造物で、森の中にポツンと頭だけ出している。

 これはテラフォーミングにあたり、100年以上前に地球から金星に送り込まれた無人テラフォームマシンなのだ。既に動力は停止していて、至る所に錆が浮いている。

 現在ファムファタルウルフ海賊団はこの廃屋を拠点としているのだ。

 金星と火星に100基ずつ送られたが、金星では大気の改善が完了し100基全て停止していて、今では無用の長物と化している。

 火星では予想外に火山活動が活発なのでまだマシンが起動している状態だ。


 ルースは手前に設けられた広場にエアバイクを着陸させる。よく見ると広場の傍らに200m級の宇宙船が停船されていて、上空から見えないようにブッシュ模様の屋根が造られている。

 テラフォームマシンに木材で簡易的に造られた階段を上がって、高い位置にある出入り口に向かうと、開いたままの扉から突如パンチが飛んできて、勢いよく階段を転げ落ちてしまった。


「痛ってぇ……か、艦長!……」


 出て来たのは長身で青い長髪の美女で、階段の上で腕を組んで仁王立ちになっている。この女こそ、ファムファタルウルフ海賊団の頭領、マルリース・リッグスだった。

 右の腰にはリボルバー銃が下げられ、左の腰には日本刀が佩かれていた。

 濃紺のロングコートにロングブーツを履いた姿は、17世紀の大航海時代の軍人を彷彿とさせる。


「お前は何のこのこ帰って来てんだ?……」


「す、済みません艦長……突然、変な女警官が押し入ってきたもんで、逃げるのがやっとでして……それで、ジェフの野郎が撃たれて捕まったはずです」


「何ですぐ連絡しないんだ?……」


「俺の携帯は、床に置いていたら、たまたま奴の弾が当たりまして……」


 ルースは階段下の地べたで正座をして小さくなっている。

 そんなルースをマルリースは無表情で見下ろしていた。


「もういい、船の掃除でもしてろ」


 そう言い捨てると踵を返してテラフォームマシンの中に戻った。


「どうしますか、艦長……」


 そこに陰から現れた女が声をかけて来た。

 副艦長の極楽院凛華と言う女で、黒髪をツインテールにして真っ黒のゴスロリファッションに身を包んでいる。小柄だが鋭い目付きで、手にはタブレットが握られ何かを検索していて、肩には何故か妖精に似た人形が乗っている。


「百万組の組長が殺られたからには、切り捨てるしかないだろう……ここにあるナイトメアを船に積んで、月のコロニーに向かうか……それともまた火星に雲隠れするか」


 マルリースは廊下の途中で立ち止まって考えている。


「今の航路なら月の方が近いですよ」


 凛華はタブレットを操作して、現在の金星と月の距離を空中に映し出す。太陽を挟んで右側に金星と火星があり、左側に地球が映し出されていた。金星から月へは1週間ほどで到着するが、火星には4週間はかかる距離となっている。


「なるほど……それじゃあ、火星に向けてあした出発する……それまでに全て積み込んでおいてくれ……私は百万組の若頭に会った後、ついでにジェフを拾ってくる」


「解りました」



******

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます