第2話 幕帘メグミ金星に赴任す。②

「いやぁ……あんたも運が悪いな、こんな所に送られるなんて……大都市なんて見た目だけで、大半がごろつきなんだからな、この金京シティーは」


 話しかけたのは安井秀一と言う刑事だ。

 明らかに日本人だが、髪を金髪にし耳にピアスまでしている。


「そうなのか?……上から見てるぶんにはいい街に見えたがな」


 メグミは大きなトランクを、自分にあてがわれた机の上にドスンと置いて椅子に座る。


「そいつの話を鵜吞みにするなよ……そいつはこの署でも一番のバカだからな」


 言ったのは海賊課長の前田正明だった。角刈りで無骨そうな顔立ちの中年で、鼻から頬にかけて大きな傷跡が残っている。


「ひどいなぁ、おやっさん……俺の天才的な活躍のおかげで解決した事件がいっぱいあるじゃないですか」


「解決はしたが、全てに始末書が混じっているがな」


「そこはご愛敬ですよ」


「始末書と言えば、メグミさん……あなたは地球にいる時はトラブルメーカーで通っていたとか」


 後ろから話しかけたのは副署長の村上南だった。眼鏡をかけて、長い髪を三つ編みにして後ろにたらしている。表情からして気難しそうな雰囲気だ。


「えっ?……ハハハ、そうだったかな?」


 メグミは苦笑いであらぬ方向を見る。


「私知ってるよ……」


 少し離れた所から声が上がった。美人で気の強そうな女が自分の机に足を投げ出して座っている。蓬莱ジェシカと言う刑事だが、メグミを見る目は敵意に満ちている。


「聞いた話だと、民間宇宙船の中で銃をぶっ放して爆発騒ぎを起こしたとか、敵のアジトを木っ端微塵にして60人いた海賊団が3人しか生き残らなかったとか、採用されてわずか1年で始末書の山が出来たそうよ」


「ハハ、何言ってんの、話を盛りすぎだな……」


 メグミは面倒臭そうにそっぽを向く。


「それだけじゃないわ……あなた、ドーピングキディでしょ?……」


 メグミはドーピングキディと言う言葉に反応してジェシカを振り向く。この時代、トランサーと総称される改造人間が社会に蔓延り、一般人を脅かす事態になっているのだ。


「はあ?……あたしはトランサーじゃない!」


「しかも、17歳で採用されて、今は18よね……明らかにあなたの身体能力を買われて採用したとしか思えないわ」


「たまたまあたしの能力が高かっただけだろ……そうか、あたしと自分を比較して僻んでんだな?」


「何だとテメェ!」


 ジェシカが投げ出していた足を床に卸して立ち上がろうとする。

 メグミの顔からも笑顔が消え腰を上げて体を傾けると、桃井雅晴と紹介された刑事が割って入った。背が高く端正な顔立ちだが、真面目が服を着ていると言った感じの男だ。


「やめろジェシカ、そんな事は証明書を見ればすぐに解る事だ……きのう配られたプリントに書かれていただろう」


「はぁ?……俺は知らなかったぞ?」


 秀一が自分で自分を指差して驚いている。

 トランサー証明書と言う物が存在し、見た目では一般人か改造人間か判断がつかないところを証明するために登録する事を義務付けられている。


「はいはい、しがない話はそこまで……メグミさん、あなた住居はどうなっているの?」


 手を叩いて話を打ち切ったのは係長の椿弓月だ。優しそうな顔で、ふくよかなバストが歩くたびにポヨンと揺れている。


「ああ、まだ決まっていない……」


「だったら決まるまで上の宿直室を使うといいわ……案内してあげるから荷物を持ってついてきて」


 弓月はメグミを連れて部屋を出て行く。出た廊下の所で話しかけてきた。


「ごめんなさいね、変わった人たちばかりで」


「ああ、あたしは慣れてるんで、どって事ないよ」


「そお、何かあったら私に言ってね」


「ああ解った、ありがとう……それより、1つ聞いて言い?」


 メグミは階段を上がりつつ質問する。


「いいわよ、何?」


「宇宙船が大陸上空で大気圏突入しているのを、エレベーターから見たんだけど、取り締まりはどうなっているんだ?」


「ああ、あれね……取り締まらないといけない事は解っているのだけど、森の奥の方には手が回っていないのよ……それにしても、エレベーターから見たんでしょ?……凄い視力ね……」


 弓月は素直に驚いている。


「ここよ……ベッドと棚と机とテレビ、エアコンもあるから自由に使って……シャワーとトイレは廊下を挟んだ所にあるからね」


「ありがと……」


 とその時「プィー、プィー、プィー」と言う警報音が署内に響いた。


「あら?……事件が発生したようね」


 弓月は落ち着いた動きで笑っている。


「集合しましょう」


「あ、ああ……」


 集合したのは1階にあるモニタールームだった。


「何があったの?」


 弓月が問いかけると近くのオペレーターが爆発事件が起こったと話した。

 幾つものモニターには色んな方向から一棟のビルが映し出されていて、ビルの1階からは煙が上がっている。


「どうやら強盗事件みたいだな……海賊課には関係ない」


 課長の前田が腕組みしながら言ってモニターを見つめている。


「最近こんな事件が多いですね……よっぽど景気が悪いんすかね?」


 一見するとチンピラのような安井秀一が、椅子に逆向きで座ってモニターを見ている。


「そりゃそうだろ……国や大企業は地球の経済立て直しに躍起だからな、ちまちま金星のインフラ整備をする余裕なんてないんだろうよ」


 前田はモニターから目を離さず言うが表情は苦々しい。

 金星の移民計画や都市整備はあまり上手く進んでいない。

 テラフォーミングで広がった森は思ったより深く、開拓するのにも人手が足りないでいる。

 しかもテラフォームの際の隕石衝突の影響で、火山活動が活発になっている地域があり、人類が活動できそうな場所は今のところ限られている。

 海に目を向けると魚介類などはほとんど繫栄しておらず、漁業をすると言うレベルに達していない。

 結局森を切り開いて田畑にするか放牧するかしかないのだ。

 地球にも悪い風評がはびこっていて、宇宙に浮かんでいる遮光板が落ちて来るんじゃないかとか、海賊の拠点があちこちにあるだとか、未知の伝染病があるだとか、悪い噂は沢山ある。

 しかし結局は仕事である。ビジネスが発展しないと国も発展しないのだ。

 火星の状況はもっと厳しい。

 激しい隕石の衝突で金星以上に火山活動が活発で、生活圏は金星よりも狭い状態なのだ。

 未だにテラフォームマシンが起動している中で、まだ3億5000万人程度しか移民が進んでいない。

 一方で地球の人口は150億人を突破している。

 技術の進歩で食糧危機はかろうじて脱しているが、これ以上人口が増えるのは本望とは言えない。


「課長!……この画面を止めてくれ!」


 突然メグミはモニターに近付くと前田に映像を止めるように言った。


「おぉ?……おい、止められんのか……」


 前田がオペレーターに命令すると、メグミが見ている画面だけ止まる。


「もうちょっと巻き戻してくれ」


 オペレーターはメグミに言われた通り巻き戻す。


「……ストップ!」


 メグミは止めた画面をじっと見ている。


「こいつの肩を見てくれ……このタトゥー、さっき見かけた船に同じマークが書かれていた……こいつは絶対、海賊だぞ」


 画面の映像は爆発が起こった時の映像で、何度も流していたのだ。制止した画面には爆発した瞬間に出て来た男が映っていて、むき出しになっている肩に『狼に乗っている裸の女』のマークが描かれていた。


「エマ……照合してみろ」


 前田は傍らにいたエマ・ハワードと言う刑事に命令する。

 エマは白人で、眼鏡をかけていて物静かな感じの女性だ。


「はい……」


 エマがパソコンを操ってモニターに画面を出すと、肩のマークと同様のマークが描かれた宇宙船の画像が多数映っていた。


「出ました、『ファムファタルウルフ』と言う海賊団ですね……3年ほど前から勢力を伸ばしているみたいです……頭領はマルリース・リッグスと言う女ですね」


「さっき見かけた船とは何だ?」


 前田はメグミを振り返って言った。


「エレベーターで降りて来る時に見えたんですよ、40㎞ほど先にこのマークが付いた船が降りて行くのを」


「40㎞か……ん?、40㎞だと?……肉眼でか?」


「もちろん……」


 驚く前田にニコッとして左手を望遠鏡のようにして見せる。


「課長、この男を追跡しますか?」


 エマは監視カメラでの追跡をするかと言っているのだ。

 街中には無数の監視カメラがあり、追跡したい人間を登録すれば簡単に発見できる。


「そうだな、幕帘の言う通りだとすると容疑者の確率は高いな、追跡してくれ」


 前田の判断にエマは「はい」と答えるとパソコンのキーをパチッと押す。

 すると前面のモニターに色んな角度からのタトゥー男の映像が映し出される。そこから金京シティー中にある監視カメラの映像を解析して、どこにその人物が映っているか特定するのだ。


「それじゃあ幕帘、早速だが安井と2人で爆発現場まで行ってくれ」


「え?……俺とですか?……」


「何か不満か?」


「い、いえ、なんにも……」


「あ、これも持って行けよ」


 前田はメグミに、耳に付ける小型の無線機を投げて寄越した。



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