第4章 戦士の定め

第128話

 ――遡ること一時間前――


 防衛省特殊介入部隊の望月もちづきかおりは、自身の住まいと通津つづさとしの住むマンションの中間にある繁華街に来ていた。

 セーフハウスでの戦闘の後、生き残ったPMCを捕虜にし、本部へ送り届けた。今頃は諜報部による尋問が行われているだろう。

 望月は報告の後軽く仮眠を取ってから本部を後にした。息子ののぞむはまだ通津の両親に預けたままだ。

 望月は息子を迎えに行く前に、繁華街に寄った。何となく、ただし目だけで辺りを注意深く確認しながら、宛もなくぶらぶらと歩く。

「見つけたわ」

 そこへ、声を掛けてくる人間がいた。

 聞き覚えのある声だった。

「奇遇ね。私も捜していたわ」

 望月は、声の主を確認する。

 ――褐色気味の肌にアーモンド状の大きい目、七三に分けられた前髪。

 間違いなかった。否、彼女とは二回も会っているのだ。間違えようがない。

 一度目に出会った時は、この繁華街で酔っ払いに息子が絡まれたのを助けてもらった。

 二度目は、昨晩のセーフハウスで、敵として出会った。

 案の定、相手はここで会えると踏んで、待ち構えていたようだ。

 ――さて、どう出るか。

 平日の午後、繁華街は混雑する程ではないが、ちらほらと通行人がいる。巻き込んでしまうことは避けたい。

「安心して。すぐに仕掛ける気はない」

 相手は、望月の胸中を察したのか、微笑みつつ言う。

 信用は、一応出来る言葉だろう、と望月は思った。そもそもテロリストの一員で、最初から殺すつもりなら、わざわざ声を掛けるようなことはしない。周りを巻き込んで無言で襲い掛かってくるはずだろう――そんな甘い考えが浮かぶのは、目の前の女が敵だと思いたくないからだろうか?

「少し、話がしたい。どうかしら?」

 女はそう提案する。

 望月は、敢えてその誘いに乗った。



「私の名前はレン・ヒャアマ。最近、『巴山はやまれん』の名で日本国籍を得たけど、出身はインドよ」

 二人は近くの喫茶店に入った。望月もたまに利用する、老夫婦が経営する小さな個人店だ。

 席に着くなり、女が名乗った。

「この店のお勧めは? コーヒー? それとも紅茶?」

「どちらも、よっぽど口が肥えてなければ、美味しいわよ。強いてお勧めするなら、オリジナルブレンドのハーブティー」

 さらにメニューについて尋ねてきたので、望月は仕方なく答える。

 水の注がれたグラスを持ってきた、店主の奥さんへ注文。望月はアイスコーヒーを、巴山と名乗った女はアイスティーを頼んだ。

 老婆が離れたのを確認し、巴山が口を開く。

「さて、私が名乗った以上、そちらにも名乗っていただきたいものだが?」

「テロリストに名乗る名前はない」

 望月がスッパリと切り捨てる。

 テロリスト、の部分で一瞬巴山が目線を歪ませたが、即座に元の表情に戻す。

「それは手厳しい」

「息子を助けてくれた恩人、のままだったらさらっと名乗って上げたけどね」

 さらに煽るように望月が言った。

 それを聞いた巴山が今度はテーブルに乗せていた右拳を握り締めた。重ねていた左手で隠しているつもりだろうが、望月から見ればバレバレである。

 ここで、注文した飲み物が来た。にこやかに去っていく老婆に、二人は笑みを返し、一口付ける。

 ――今来なかったら、殴り掛かってきたかな?

 望月は相手を分析する。即座に襲い掛からない程度の分別はあるようだが、先程の反応からして、まだまだ若いと見た。自身にも経験があることだが、相手のちょっとした言動で感情を表に出してしまう辺り、場数が足りていない。

「……望月香、よ」

 望月が名乗ると、巴山は虚を突かれた顔をする。

「名乗れ、と言ったのはそっちでしょ?」

 言った側がそんな顔をしてどうするのだ、と望月は呆れる。

「それは失礼」

 巴山が肩を竦める。

「ちなみに、それは本名ですか?」

「少なくとも、今はこの名前で通しているわ」

 望月の回答に巴山は頷きつつ、

「通している、か――」

 巴山が懐に手を入れる。

 望月は思わず身構えた。残念ながら、今は息子の迎えに向かうために、銃を携帯していなかった。

 その様子を見た巴山が、右手をスーツに突っ込んだまま「チッチッ」と顔の前で左人指し指を振る。

「安心して。私拳銃を持っていない」

 ――こちらが拳銃を持っていないことは、すでに見抜かれていたようだ。

 望月は心内で舌打ちする。

 しかし、武器を持っていないことを自ら曝すとは、よっぽど自分の腕に自信があると見える。

(まぁ、実際あのPMCをノックアウトしているなら当然か)

 セーフハウスでの戦闘で、敵が引き上げた後の探索で、巴山を追っていたPMCの一人がダウンしているのを発見していた。銃や刃物ではなく、素手で殴り倒されていたことが分かり、戦慄したものだ。

 巴山が右手を抜いた。

 テーブルの上に、布に包まれたものが置かれる。

「これを見たとき、何となく正体は想像できた」

 促され、望月は包みを開いた。

 中身は、先日の任務で投げた鋲だった。わざわざ去り際に回収したらしい。

「隠しても無意味、ってことかしら?」

「想像できた、と言ったわ」

 望月は舌を巻きつつ、

「じゃあ、無意味ね」

 と結論付けた。

 そして、自身の名を名乗る。

「シャンゲェ・モウ……日本では香月こうげつのぞみ。とっくに捨てた名前よ」

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