第117話

 対戦車榴弾による爆発は、セーフハウス全体を揺らした。当然、中にいた四人も気付く。

「強行突破して来たか!」

 三十刈みとがりが叫ぶ。爆発は、入り口とは真逆の方角の窓で起きていた。

「囲まれているのにこれじゃ、洒落にならない!」

「落ち着いて」

 柚嵜ゆざきが制止を掛ける。

「どうします、姐さん?」

 くすの望月もちづきに尋ねる。

「やることは変わらないわ。救援が来るまで耐えるのよ」

 望月が言い、四人は入り口から後退する。

「バリケードでも作っておけばよかったですかね……」

「そんな時間はない」

 三十刈の言葉を柚嵜がピシャリと切る。

 ひとまず、まだシャッターが壊されていない部屋に入った。

「妙ね……」

 望月は呟く。

「何がですか?」

「入り口に押し寄せた連中、別働隊が仕掛けたのに攻撃に来ない」

 望月が自身の疑念を説明する。

「別働隊が引っかき回してから攻めてくるつもりでは?」

 三十刈が思いついたことを口にする。

「それ、さっきやってたって」

 柚嵜が呆れて反論する。

 どうも、敵の動きが読めない。それが不気味で仕方なかった。


 望月達が動きを掴めずにいたユーラシア人民解放軍のテロリスト達もまた、想定外の事態に混乱していた。

 PMC達は内部に侵入した部隊の援護のために、テロリスト達への攻撃も同時に行ったのだ。PMC達は主にM4カービン銃やクリス・ヴェクター短機関銃で武装している。さらに、7.62mm口径のM16系列ライフル、SR-25を持った隊員が後方支援を担当する。

 先遣隊が倒され、ただでさえ混乱していたテロリストが、一方的に倒されていく。

「まだ制圧できないのか!」

 セーフハウスから離れた位置で、状況が正しく把握できてないユーラシア人民解放軍の作戦指揮官が苛立ちの声を上げる。

「どうやら、別勢力の妨害を受けている模様! すでに被害も出ています!」

「別勢力? チッ、嗅ぎ付けてきた奴がいたのか!」

 指揮官は舌打ちをしつつ、

「増援を向かわせろ! 内部の敵は殲滅し、女を取り戻せ!」

 と、命じた。

 さらに少し離れた位置に立っていた二人の傭兵に声を掛ける。

「おい、出番だ」

 傭兵は、男女の二人だ。男の方が胡乱気な目で、

「俺達の活躍の場はないと聞いてたんですけどね?」

 と、不機嫌気味に応える。

 女の方も、その言葉に頷いた。

「状況が変わった」

 指揮官は苛立ちを隠そうともせずに言う。

「どうも、想定外の敵が乱入してきているようだ。そいつらを片付けてくれ」

「想定外、ね」

 男はやれやれと肩を竦める。

 指揮官はその仕草にさらに怒気を増した。

「命令が聞けないか? なら――」

「やりますよ。そういう契約だ」

「分かっているなら、それでいい」

 指揮官は傭兵達に目もくれず、他の部下達に指示を飛ばす。

 目が離れた隙に、今度は男の方が舌打ちした。

「チッ、偉そうに――」

「でも、逆らえないのも事実でしょ?」

 女が抑えるように言う。彼女はすでに自身の銃器を準備していた。

「逆らった瞬間、貴方は――」

「分かっているって」

 男は半ば感情的に言った後、

「……悪いな、損な役割を押し付けられて」

「貴方の監視のこと? 気にする必要はないわ。よっぽどのことがなければ貴方に不利な報告をしたりしない」

 女はあっさりと言い返す。彼女は戦闘要員と言うより、男が裏切らないことを見張るために雇われているようなものだった。

 もっとも、今も言った通り、男の立場を悪くするような報告はするつもりはない。むしろ、男の境遇に同情を覚えていたぐらいだ。

「さて、お喋りは終わりよ。さっさと仕事しないと、疑われるわ」

「――そうしよう」

 男は諦めたように自身の武器を構えた。男の武器はアサルトライフルだ。M16クローン、SR-16アサルトライフル。ナイツ・アーマメント社の製造するモデルで、クローンと言うよりM16のブラッシュアップ版に近い。同社製品の中でも信頼性と耐久性に優れたパーツ群を組み込んだハイエンドモデルである。

 本来、都市や室内における近距離戦が主流となってきた現代の非正規戦にて、全長の長いライフルは取り回しの面で不利だ。

 だが、男はあえてカービンモデルではなく、この一メートル近い大きさの突撃銃を好んで使用した。

 その理由は、男が左手で抜いたナイフにある。OKC-35――アメリカ海兵隊で開発された多用途銃剣。刃は切れ味に特化した高炭素鋼。これを、SRー16の銃口下に装着する。

 たかが銃剣、と侮ってはいけない。非正規戦において、音も出さずに敵を無力化する手段として、ナイフは常套句だ。二〇〇四年、二〇一一年には、イギリス陸軍が銃剣突撃を敢行し、味方側の被害を最小限に抑えた状態で敵を撃退したというデータもある。

 男は主武器のライフルを準備し終え、いざというときのサイドアームも確認した。左のショルダーホルスターからコルト・ガバメントを抜いてスライドを引き初弾が薬室に入ったことを確認し、安全装置を掛けてホルスターに戻す。

「行けるぞ。俺が先行する」

「分かったわ」

 女が応える。彼女の武器は、イスラエル製のブルパップ式カービン、マイクロ・ダボールだ。

 二人はセーフハウスに向け、駆けた。入り口の周囲で、ユーラシア人民解放軍の構成員達が撃ち負けている。

 男は銃床を肩付けし、SRー16を発砲した。銃剣の重みによる銃身の負荷をものともせず、銃撃が正確に敵を襲う。M4カービンを撃っていた敵の頭から血飛沫が飛び、クリス・ヴェクターを構える敵の胸を貫いた。

 敵が気付いて銃口を向け直したときには、男は駆ける速度を上げている。適当に弾をばらまきながら、接近戦の構えを取った。

 まず、先頭の敵の首に向け刺突。槍のように突き出されたライフルの銃剣が、首を刺し貫く。

 その傷口を抉りながら銃を横に振り、銃剣を抜くと同時に隣の敵の首を掻き斬った。

 踏み込みと同時に、銃把から右を放してライフルを半回転させ、三人目の顔面に銃床を叩き付ける。そのまま流れるように再度ライフルを半回転させて、銃剣で四人目を斬り刻む。

 ほんの十秒と経たない内に、入り口にいた六人の敵が片付いた。

 男はライフルを振り、刃に付着した血糊を落とす。

「お見事」

 女は賞賛し、

「増援が合流するわ。私は先に中に踏み込むから、そっちは外から攻めて」

「へいへい」

 男は応えながら、弾薬を消費した弾倉を新しいものに交換する。

 女が突入し、男が外に展開している敵に向かおうとしたところで、男の耳がローター音を捉えた。

「ヘリ? こいつらのか? それとも……」

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