第111話

 室内戦が行われている廃工場から離れた建設途上のマンション――

 鉄骨の上で狙撃の姿勢を保ちつつ、周囲の状況を監視していた久良木くらぎ霞末かすえの二人が異変に気付く。

「レンジ、廃工場から11時の方向。距離二〇〇メートルの民家の屋根に、人影」

「あぁ、見えている」

 霞末の言葉に応えた久良木は、すでに対象をライフルのスコープ内に収めていた。

 報告の内容の通り、廃工場から離れた一戸建ての民家の屋根に、上っている人影がある。

「住民、じゃあないよな」

 久良木は呟きながら、スコープの倍率を上げていく。現代の狙撃銃のスコープの倍率は、二〇~二五倍まで拡大出来る。その状態で、観察してみた。

 その人影は、シルエットからして、屋根の上で俯せになり、廃工場の方向を見ている。その手に握られているのは――

「堅気じゃあないな」

 久良木は、右手の人差し指を、ミニヘカートのトリガーに伸ばした。

「奴は、何を狙っている?」

 俯せになった男は、二脚で立てた狙撃銃を構えていた。

「――リツを狙っている」

 相手の銃口の向く先を辿った霞末が静かに言う。

「敵のスナイパーか? どうする?」

 久良木は相方に問う。

「タチさん達に判断を仰ぐ余裕はない。そして、リツに知らせても、動いた瞬間撃たれる」

 霞末の言う通り、相手のスナイパーはすでに射撃体勢に入っている。狙われている立帆りつほがアクションを起こした瞬間餌食になるだけだ。

 ――ならば。

「先手をとって、撃つ」

「分かった」

 久良木は霞末の判断に従う。

 まず、軽く息を吸った。肺の中の七割を新鮮な空気で満たした状態で、息を止める。その状態で、引き金を五割程引く。まだ、弾丸は発射されない。

 スコープ内の表示の中心――レティクルを、敵のスナイパーの頭に合わせる。風向き、風速に合わせた調整はすでに終わっていた。

「撃て!」

 霞末の宣告。

 半ばまで引かれていた引き金を、絞り切る。

 撃針が雷管を叩き、肩に発砲の衝撃が伝わった。.338ラプアマグナム弾が発射され、銃口のマズルブレーキから文字通り炎が噴き出る。

 二人から廃工場、さらに民家まで合わせた距離、七〇〇メートルを弾丸が音速で飛翔した。

 着弾。

 久良木のスコープ内で、敵スナイパーの頭が弾丸を受けて爆ぜ、鮮血を撒き散らす。

「ヒット。ヘッドショット、ブレイク。目標沈黙」

 霞末が、淡々と双眼鏡越しに視た状況を読み上げる。

 それを聞きながら、久良木は呼吸を再開し、ボルトハンドルを上げた。手前に引いて排莢し、戻して次弾を薬室に装填する。

『こちら名雪なゆき

 名雪から通信が入った。

『今、ラプアマグナムのソニックブームと発砲音を感じた』

「相変わらず耳がいい」

 久良木は苦笑し、霞末が表情を変えずに状況を説明する。

「――別に敵がいる可能性を否定できない。一応、移動を」

『……了解。リツ、聞こえた?』

『はい。一度離脱します』

 状況を理解した二人が、一度狙撃地点にしていた丘から移動を開始する。

「さっきの、どう思う?」

 久良木は霞末に尋ねる。

「……スナイパーについて言うなら、何がしたいのか分からない」

「見張りだったら、先に仲間に報告しているはずだしな」

 だが、実際はこちらの奇襲が見事に成功している。リアルタイムで送られてくる通信や実際にスコープで眺めた状況を見れば明らかだ。

「それに、何故今になって狙おうとする?」

「考えられるのは、奴はユーラシア解放の連中の仲間じゃない」

 久良木と霞末は互いに思い至った疑問点について話し合う。その結果、一つの結論に辿り着いた。

「奴は、俺達とも、ユーラシアとも違う第三勢力だ」

「そして、私達が攻め込んで、互いに疲弊するのを待っていた」

 二人は、廃工場周囲を観察する。この考えが正しいとすると、スナイパーの他にも、この状況を見守る別勢力がいるはずだ。

「……見つけた」

 霞末が言う。

「工場から8時の方向。四台の車が接近。距離、およそ三〇〇メートルまで詰めている」

 久良木も、その車両を発見した。三台のSUVと一台のワゴンが、猛スピードで工場に向かっている。

駿河するがさん達に報告する。狙撃で妨害して」

「あいよ!」

 久良木は先頭車両に目標を絞る。

「風」

「南南西、五キロ」

「車速」

「およそ八〇キロと予想」

 久良木の尋ねる条件を、次々と霞末が答える。その条件に沿って、スコープを調整。

「撃つ!」

「許可」

 久良木の宣言に、霞末が静かに促す。

 発砲。

 高速で飛んだ弾丸が、先頭車両のボンネットに命中した。弾丸が跳ね、闇夜の中で火花が飛ぶ。

 久良木は舌打ちしつつ、素早く再装填。

 突然の弾着に、運転手は一瞬慌てたらしく、少し車の軌道が乱れた。ボンネットは貫通していないところを見ると、防弾装備が施されていると思われる。

 先程のずれを計算に入れ、久良木は狙い直す。今度こそ運転手に命中させるため、着弾点を修正し、トリガーを絞った。

 今度は、運転席側の窓ガラスに命中した。窓はラプアマグナム弾に耐えるレベルの防弾ガラスではなかったらしく、貫通した弾丸が運転手を撃ち抜く。弾痕の入った窓ガラスが、車内から真っ赤に染まった。

 運転手を失った車が、道を逸れていく。ガードレールを突き破り、畑に突っ込む。

 二両目以降が即座にルートを修正し、事故を起こした車を回避しようとした。それでも二台目は避け切れず、左前部が前の車両の後部に接触した。一両目は後ろから激突されたことでさらに畑に押し出され、横転する。二両目は左側のライトが割れたようだが、スピードをほとんど落とすことなく、走行を続けた。

 その様子を見ている間も、久良木はボルトハンドルを操作している。今度は、最後尾の車両の運転席を狙った。

 放った弾丸は、運転席ではなく、後部座席の窓に命中した。そこに座る敵は撃ち抜いたが、走行を止めるのには至らない。

「くそっ、俺としたことが」

「いや、上出来」

 久良木が毒づくのを、霞末が抑える。

「それより、撃っている間に連絡があった」

「なんて?」

「増援はユッキーとリツが抑える。私達は――」

 ここで一度言葉を切る。

「ーーまず、一両目の生き残りを片付ける」

 久良木が先程動けなくしたSUVを見直すと、後部座席から生き残りが這い出てくるのを視認した。

「その後、可能なら、先程撃ったスナイパー達の身元を確認する」

「了解!」

 応答し、引き金を絞る。這い出てきたばかりの敵が、胸をラプアマグナム弾で撃ち抜かれた。



 その頃、残りのSUVとワゴンが廃工場前に到達した。内部にいる男達の手にはAK102カービン銃が握られていた。ロシア製のAKアサルトライフルシリーズの輸出向けモデルで、5.56mmNATO弾対応の閉所向け短銃身モデル。

「多少予定は狂ったが、仕事は完遂する。突入後、目標を確保し、即座にこの場を離脱する!」

 リーダー格が指示を出し、十人の男達が応える。あと五人いたが、移動中に狙撃を受け、四人は車ごと離脱し、一人は車の中で死体になっていた。

「では、突入する!」

 運転手を残し、一斉に男達が車から降りる。

 次の瞬間、一人の眉間を銃弾が貫き、血飛沫を上げた。

 その隣で血を浴びた仲間が驚愕の表情を浮かべる。それが、その男の死に顔となった。胸に弾丸を受け、何が起きたのか理解できないまま絶命する。

 生き残った全員が車を盾にして伏せた。二人目が撃たれ、ようやく自分達が狙われていることを察したのだ。

「どこから?」

「ダメだ、銃声がしない!」

 男達が言い合う。銃声がしなければ、弾丸が飛んできた方向が分からない。

「落ち着け!」

 リーダーが叱咤した。這って撃たれた二人の部下の元まで移動する。

 二人は、同じ相手から撃たれたと判断した。そこで弾着地点から、相手の位置を割り出そうとする。

 おおよその方向を判定し、撃たれぬよう注意しながら見れば、そこに蠢く影が見えた。

「いたぞぉ、いたぞぉぉぉぉぉ!」

 リーダーが叫び、AK102を発砲。周りにいた部下達も倣い、その方向へ一斉に撃ち、弾幕を張った。

「今だ、残りは突入しろ!」

 リーダーが命令し、銃撃に参加していない男達が廃工場へ入ろうとする。

 これだけ弾をばらまけば、いずれかが命中し、仕留められる可能性も上がるというものだ。それに少なくとも釘付けに出来る。

 リーダーはそう判断した。

 だが、彼らは判断を誤っている。

 それを、突入した男達が身を持って知ることになった。

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