第107話

 約二時間の移動で、目的地に到着した。

「お待たせ」

 望月もちづきが、見張っていたルナとくすのの二人に声を掛ける。

「姐さん」

「お疲れさまです」

 二人も気付き、返事をする。

「他の支部からの人員はまだみたいだな」

 太刀掛たちかけ明智あけちも現れた。

「今回、どれぐらいの人員を導入するんですか?」

 明智が、疑問を口にする。

「かなり急だったから、各支部につき二、三人程来れるかどうか、ってところだな……精々十人が限界か」

「……大分、厳しいですね」

「少数精鋭の辛いところね」

 明智の言葉にルナが口を挟む。

「――数が多いと、どうしても変なのが混ざってしまう」

 突然の第三者の声に、一同が驚く。

名雪なゆき、せめてちゃんと姿を現してから喋ってくれ」

「……失礼しました」

 暗がりから、一人の女性隊員が現れる。諜報部の、名雪なゆき琴音ことねだ。一切の足音も出さずに歩くため、太刀掛の視線を追ってようやく登場に気付く。

「驚いたわ。いつから?」

「……ついさっき。トレーラーの後で別の車が出ていったのを付けていた。そうしたら、ここに着いた」

 望月の質問に名雪は答える。

「今は、バレない程度に近付いて、敷地周りの様子を探っていた」

「無茶――じゃあないか、あんたの能力なら」

 望月は名雪の回答に嘆息する。

「君が追っていた車両も、この施設に入ったのか?」

「はい」

 名雪が頷く。

「……セダンタイプだったから、荷物を運んだ、とは考えにくい。運んだのは、おそらく人間」

「トレーラーが先行していることを考えれば、そうだろうな」

「幹部でしょうか?」

 名雪の報告と太刀掛の言葉を受け、楠が疑問を呈する。

「かも、な。とりあえず、他の人員が到着しないことには手が出せん。警戒しつつ、増援を待つ」

 太刀掛の言葉で、ひとまず方針が決まった。


 一時間後――

「お待たせ!」

 到着早々陽気に挨拶してきたのは、東海支部の支部長、駿河するがしんだ。直属の部下である清水しみずせい子桃園こももぞのまいも同行している。

「すまんな。東海支部に引き返して早々に援軍を頼んで」

「お気になさらず」

 駿河が応える。

 一方で、望月が子桃園に尋ねた。

「で、実際のところどうだったの?」

「移動中、ずっと奥さんに弁明してたヨー。まぁ、あんまり出張多いと浮気を疑われても仕方ないネー」

「あ、やっぱり」

 駿河がそんな問答を聞きつけ、

「ゴラァ、モモ! 何を勝手に暴露している!」

 と、怒鳴った。

 そんな上司を「隊長、落ち着いてください」と清水が宥める。

「本当にすまんことをしたな……」

 太刀掛が謝る。

「いえ、任務も大切ですから」

 駿河はしっかりと切り替えていた。

 幹部を務めるだけあってそういった精神は流石だな、と明智は思う。


 さらに二〇分近く経って、関西支部からの増援が到着した。

「さすがに、一人が限界だったか……」

 思わず、太刀掛が呟く。

 関西から来たのは、一人の女性隊員だ。一六〇センチ越えの長身に、明るく染めた茶色のセミロングが特徴。

「申し訳ありません。関西でも緊急の案件があり、大半の隊員も手が放せず、支部長の吉弘よしひろもそちらの指揮に掛かっております」

 その女性隊員は堅い口調で応える。

「まぁ、優秀な副官である君を派遣したのは、ジョージなりの誠意か」

 太刀掛はあまり残念そうな様子を見せないようにしている。

「いえ、まだまだ若輩者です」

 太刀掛の世辞にも態度を崩さない。

 それを見た子桃園が、

「リッちゃん、相変わらず堅っ苦しいネー」

 と、言う。

「リッちゃん呼びは止めて」

「いやぁ、リッちゃんはリッちゃんだし。ネー、姐さん」

「そうね、リッちゃん」

「姐さんも止めてください……」

 リッちゃんと呼ばれ続ける女性隊員は頭を抱える。

「ユッキーさん」

「……何、クッス?」

「私、あの人と会うの初めて何ですが……」

 楠が「ねぇ?」と、ルナと明智に振り、二人とも頷く。

「……あぁ、ルーキー組は初めてね」

 その様子に名雪は納得する。

「……彼女は、貴水たかみ立帆りつほ。関西支部の副長。隊内ではそこそこの古株よ」

 名雪が、彼女にしては丁寧に説明してくれる。

「なんか、渾名嫌がってますね?」

「最初、彼女は『タカ』とでも呼んでと言った……」

 ここで、一度名雪は言葉を切り、

「……イズミが、女の子っぽくない、という理由で、勝手に『リッちゃん』って呼んだ。それを、リオやトッさん、レイモンド……他にも女性陣が中心となって積極的に呼んでいたら、すっかり皆に定着した。本人は今でも不本意みたいだけど」

 ――確かに、あの三人ってそういったことに悪乗りしそうだな。

 ルーキー組はほとんど似たことを頭に浮かべる。里緒りお登崎とさき、レイモンドの三人は、どうしてもそういったイメージから抜け出せない。

「……ちなみに、私の『ユッキー』も、イズミが勝手につけた」

「まぁ、そうでしょうね」

 ルナが相槌を打つ。

「……基本、本人が呼ばれるのを嫌がる渾名は、イズミがつけることが多い」

「……えっ、ユッキーさんは嫌なんですか?」

 明智が思わず聞く。記憶の限り、渾名で呼ばれて普通に応答していることが多かったからだ。

「別に」

 と、名雪は素っ気なく返してくる。ちらっとこちらの様子を見て、少し考えるような素振りを見せ、

「……私は、むしろ気に入っている」

 と、表情も変えずに言う。

「そ、そうですか」

 明智はこの組織の人間関係というものに疎いため、未だに先輩隊員達の言動に振り回されてしまう。そんな自分の有様に対し、深く溜息を吐いた。


 立帆と合流後、一時間程で新しい隊員が加わった。

「お待たせしましたぁ!」

 開口一番、大声が飛ぶ。

「いやぁ、申し訳ありません! いつでも動けるようにスタンバイはしていたんですが! 全力で駆けつけたんですが! 距離だけはいかんし難く――」

「分かった。分かったから、少し落ち着け」

 太刀掛がその男性隊員の威勢良い掛け声に押されつつも、「どうどう」と宥めようとする。

「はっ! 失礼しましたぁ! この三十刈みとがりわたる、増援として来た以上は全力で――」

黙れシャラップ

 一緒に来た女性隊員が、背後から手刀を落とす。

 三十刈が、頭を押さえてうずくまった。

「申し訳ありません、タチさん」

「いや……君も大変だな……」

「本当ね。ユズも、ウルサい相方を持つと苦労するでしょう」

 駿河が同情するが、

「いえ、慣れました」

 と、一息入れる。

「報告、遅れました。柚嵜ゆざきりん、三十刈渡、ただいま四国支部より到着しました」

 そう言って敬礼し、立ち直った三十刈も柚嵜に習う。

 四国支部――ということは、登崎とさきがくさつき里緒りおと同じ部隊か、と明智は見当を付けた。

「相変わらず何ですね」

「お元気そうで」

 楠とルナが声を掛ける。

「えぇ、そうでしょうとも! 元気だけが、取り柄ですから!」

「あ、はい」

 ルナがたじろぐ。毒舌家のルナのことだから皮肉のつもりで言ったんだろうが、三十刈は意に介した様子がない。ある意味だな――と明智は思う。

「さぁ、タチさん、これで全員ですか? 敵は? 規模は?」

止まれストップ

 再度グイグイ行こうとした三十刈の頭を、柚嵜が叩く。

 中々痛い音がしていることを考えると、柚嵜は望月達のような近接戦が得意なのだろうと見当が付く。

「いや、あとは東北支部から二人、狙撃要員が来る予定だが――」

 ここで、太刀掛が携帯を取り出す。

「太刀掛だ」

 どうやら、着信があったようだ。

「――分かった。監視を続けてくれ。こちらも整い次第、次の指示を出す」

 そう言って、携帯を切った。

「東北からの増援は、すでに狙撃ポイントに着いた」

「あら、顔合わせもなしでですか?」

 ルナが驚く。

「あぁ。現在、件の廃工場を見渡せる位置で、狙撃の態勢を取りつつ相手の動きを視ている」

 楠や三十刈、子桃園が辺りを確認した。

「一体どこに……」

「狙撃手が簡単にバレる位置に陣取ってどうするのよ」

 キョロキョロしている隊員達に、駿河が指摘する。

「さぁ、お喋りは終わりだ! 総員配置に付くぞ!」

 太刀掛が指示を出し、集まった隊員達は慌ただしく戦闘準備を開始した。

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