第104話

 勇海ゆうみ達五人も研究所奥に進む途中で、敵と撃ち合っていた。

 AKS-74Uを構えた敵が、勇海達の姿を視認した途端撃ちまくり、それに対して応戦する。

 梓馬あずまがミニミ軽機関銃の短連射で牽制し、雲早くもはや花和泉はないずみ久代ひさよの三人がHK416カービンで一人ずつ冷静に射殺していった。

 相手も素人ではなく、遮蔽物を使ってこちらの攻撃を避けるが、その時は勇海の構える機関銃、Mk.43の出番だ。7.62mm口径の強力なライフル弾が、遮蔽物にされているコンクリートの柱を削り、隠れている敵を撃ち抜く。

「データだと、この先が最重要研究室だ」

 スマートフォンに表示されている見取り図を確認しながら雲早が教える。

「最重要、ということは目標もそこだな」

「おそらくな」

 勇海の質問に素早く返す。

「別ルートから侵入した勝連かつらさん達とも、この先で合流することになりそうだ。ユーミ、間違えて撃つなよ?」

「さすがにそこは気を付ける」

 潜んでいる敵に注意しながら進んでいくと、進行方向から銃声がする。

 しかし、こちらには一発の銃弾も飛んでこない。

「言っているうちに合流出来そうだな」

 一同は駆け出す。

 敵の兵士達が、こちらには背を向けた状態で、持っているライフルで応戦しているのに出くわした。

 勇海達は相手から見えないように通路の角に隠れつつ、勝連に通信を試みる。

「聞こえますか?」

『雲早か? どこだ?』

 すぐに勝連から通信が返ってくる。

「ちょうど今撃っている敵の真後ろです。一掃しますが、よろしいですね?」

『わかった。許可する』

 勝連から許諾を得たところで、雲早が手振りで指示をする。

 勇海は頷くと飛び出し、こちらに注意を払っていない兵士達に向かって、機関銃を連射した。ろくな抵抗も出来ないまま、次々と倒されていく。

 ここに来るまでに大分浪費していたMk.43のベルトリンクが尽きた。

 残った二人の兵士が、勇海に銃口を向ける。

 その時、一文字いちもんじたくみの二人が飛び出した。一文字の投げたククリナイフが頭蓋ごと後頭部を貫き、匠の振るった肉切り包丁のようなナイフが首を撥ねる。

「隔壁閉鎖!」

 片付いたのも束の間、研究室前の扉が、シャッターで封鎖された。鋼鉄製の頑丈なもので、ライフル弾ではビクともしない。

「くそ、立てこもられたか!」

 勝連が思いっきり隔壁を殴る。

「イズミ、出番だぜ」

「はいはい」

 花和泉が近付き、軽く叩いて強度を確かめる。

「何とかなりそうですか?」

 英賀あがが尋ねる。

 その問いに対し、花和泉は背負っていたM72ロケット砲を手にして答える。

「よし、皆離れろ!」

 雲早の声と共に、一同が距離を取った。

 花和泉も、隔壁から距離を取りながら、M72の発射態勢に入った。

「HEATでぶち抜くわ。カウント、3、2、1ーー発射!」

 自分の周囲に人がいないことを確認してから、花和泉はM72を撃った。

 隔壁に命中した66mm口径成形炸薬弾――通称HEAT弾が起爆し、漏斗状の炸薬が金属板を爆発の圧力によってメタルジェットに変換、その運動エネルギーが接触していた装甲を侵徹していく。軽装甲車両を一発で破壊可能な弾頭が、隔壁の装甲版に大穴を開けることに成功した。

 弾切れの機関銃を捨てた勇海が、穴から研究室内に飛び込む。その両手には、SIG P226ピストルと、回転式拳銃コルト・キングコブラが握られていた。

 室内には、隔壁や扉の破片が飛び、その衝撃で何人かの兵士や研究員が倒れていた。

 勇海は、武器を持った兵士を視認した瞬間、右手のP226を発砲。頭に二発ずつ9mmパラベラム弾を撃ち込んでいく。

 勇海から左側で倒れていたはずの兵士が立ち上がり、拳銃を抜いた。

 勇海は左手を伸ばし、キングコブラを撃つ。拳銃の引き金が絞られる前に、マグナム弾が兵士の頭蓋を破壊した。

 両手の拳銃が火を噴いていき、抵抗を試みた兵士達を討ち取る。片付いたところで、勇海は両手を下げた。

「もらった!」

 背後から、ナイフを握った兵士が勇海に斬りかかった。

 だが、その刃が勇海に届くことはなかった。切っ先が達する前に、兵士の首と心臓の位置に別々のナイフが突き立っている。

 兵士がもつれて倒れた。

「助かったぜ、ドク、タッくん」

 振り返らず勇海は礼を言った。

「今のは首を貫いた僕の功績です」

「何言っている。先に俺のククリが心臓刺してただろうが。お前のは完全にオーバーキルって奴だ」

 何か二人で言い争っていたが、無視することにした。

「後にしろ。それより、勇海、どうだ? いたか?」

 勝連が二人を押し退けながら部屋に入り、尋ねる。

「それはこれから――よし、研究員の皆、集合! 集まれ! 反撃とか逃げようとか思うなよ!」

 勇海が恫喝し、天井に一発マグナムを撃った。

 銃声に怯えた研究員達が一カ所に集まってくる。

「通津と一文字は今のうちに何の細菌兵器が作られようとしていたか調べろ」

 勝連が指示を出し、各々動き出す。

 勇海はスマートフォンに表示させた画像と、集まった科学者達を見比べようとして、止めた。

 集まってきたのは全員男だった。女性は一人もいない。

「この中にはいないようですね」

 英賀が思わず言うが、それを無視して勇海は研究員の一人に尋ねる。

「おい、ここで兵器作っていた奴の内、女はいなかったのか?」

 そう言って、画像を見せる。

「さ、さぁ?」

 男が目を逸らす。

「おい、知っているな? 情報は割れているんだよ。さぁ、知っていること話せ!」

「知っていることと言っても、その女を見たことないですよ?」

 男がしらばっくれる。

「……俺は気が短い。だから、何度も聞かん。いいか、知っていることをは、な、せ!」

「知らん!」

 大声で言い返してくる。

「おいおい、マジかよ……」

 その時、研究室内のコンソールを見ていた一文字の呟きが耳に届く。

「どうした!」

 勝連が聞き返す。

「こいつら、とんでもないものを……」

 届いたのか届いてないのか、さらに一文字は呟く。

 勇海も気になってしまい、尋問を一度置いて、勝連と共に一文字に近づいた。

「おい、ドク! 一体、何があった?」

 わざわざ肩まで叩いて、ようやく一文字が我に返る。

「……ユーミ、天然痘、って知っているか?」

「一応、大昔に流行った致死率の高いやばい感染症、ってことぐらいは」

 勇海が反射的に知っていることを言う。

 天然痘とは、痘瘡とうそうウイルスの感染によって起こる伝染性感染症の総称である。症状としては、高熱とともに全身に発疹が生じ、やがて化膿を起こす。治療法が確立する前は、この病気による死亡率は高く、治っても瘢痕はんこんが残ってしまい、別人のような顔になってしまったという。

「だが、一九八〇年くらいに、WHO(世界保健機関)によって絶滅宣言が出されたんじゃなかったか?」

 日本でいう江戸時代頃には治療法だけでなく予防法も出来た。牛に出来た痘瘡が、人間の痘瘡に対して免疫性があることが発見され、その瘡毒を種痘という予防接種に用いたのだ。

 それによって自然界の痘瘡ウイルスは感染源を失って淘汰され、自然界にはいなくなった――故に絶滅宣言が出された、はずだ。

「そう……確かに、自然界には・・・・・存在しないはずのものだ」

 一文字が含みのある言い方をする。

「……人間が、どこかにウイルスを保管してない限り、な」

 勝連が何かに気付いたように言う。

「まさか」

「そのまさかだ」

 一文字が断言する。

「こいつらが作っていたのは、痘瘡ウイルスを元にして遺伝子組み替えした、新しい伝染病の発生源」

 一同が絶句する。

「遺伝子を組み替えることで、種痘――本来の治療手段に耐性を持たせている――こんなものが、ばらまかれたら、それこそ――」

 ――人類が終わる。

 勇海は再び確保した研究員達への尋問を行う。

「こんなもの作るには、それこそ遺伝子の専門家が必要だろう。さぁ、さっさと言え! これを作るのに利用した、日本人の女学者がいただろ!」

 すると、相手は鼻で笑い、

「何度も言わせるな。知らんよ」

 と、言った。

 勇海は「そうか」と一言。

 次の瞬間、勇海がM629を抜き、答えた研究員の頭を吹き飛ばす。

 唖然とする隣の研究員の左足に銃口を向け、二発目を撃った。四四口径のマグナム弾が肉を抉り、骨も砕く。

 今度は絶叫する研究員の右足に銃口を向け直す。

「どうやら、最近の科学者は物忘れが激しいようだ……どうだ、もう一発気付け・・・撃っとくか?」

 撃鉄を親指で起こす。

 その金属音に怯え、「ま、待ってくれ!」と研究員が涙ながらに訴えた。

「は、話す! 話すから助けて!」

「内容次第だ」

 見下ろす勇海の目はあくまでも冷淡だ。

「まず、この科学者、玉置たまきみどりがあのとんでもないウイルスの開発に携わったのは間違いないな?」

 その質問に、こくこくと首を縦に振った。

「次だ。あのウイルス、ワクチンは?」

「ま、まだ出来ていない――いや、作る前に彼女を移したんだ! 彼女がいなければワクチンも作れない!」

「移した、ということは、ここにはいないのは間違いない、と?」

 再度、こくこくと頷く。

「……ワクチン、作ってすらないようだが、まさか外部へは持ち出したりしてないだろうな?」

 男は沈黙した。それが答えだ。

 最悪の状態になっていることに、勇海は思わず舌打ちする。 

「最後に――移したという、彼女は今どこにいる?」

 勇海は男から射線を逸らすことなく質問した。

 やがて、男の口が開く。


「――日本だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る