Beautiful world
「やだーー!」
中ノ沢温泉、平沢庵に修二の悲鳴が響き渡った。
「やだー!カウナ兄ちゃん!行っちゃやだー!!もっといてよー!!もっと遊ぼうよー!!」
「ふはは……シュウジよ!我も寂しい!また遊びに来る故にな!」
帰り仕度をするカウナを妨げようと、修二はカウナの長い右脚へとしがみ付いた。
「……!」
次いで左脚にゆきえも組み付く。
「ゆきえちゃんも嫌だって!もっと『
ここまで懐いてくれた修二とゆきえに嬉し恥ずかし動き辛し、カウナは苦笑するしかなかった。
「二人とも!ワガママ言っちゃ駄目だっちゅうの!」
「あ〜ん!!」
「………!?」
中居のナルミが、修二とゆきえをカウナの脚から引き剥がした。
「しかし……寂しいのは私達も同意だ。これからも旅を?」
「は、はい。そのつもりです」
苦笑を浮かべる中居のハルナに、カウナは一瞬目を泳がせ、頷く。
修二、ハルナ、ナルミはカウナが
カウナは常時地球人に擬態していた上、平沢庵に滞在をし始めた折、無用な騒動を危惧した正文がカウナのことをーー
『武者修行目的で日本を旅している、北欧のとある小国から来た貧乏貴族の三男坊』
と、紹介していたからだ。
因みにカウナはカンクーザ家の長男である。姉が二人の末っ子ではあるが……。
「カウナ君!カウナ君!」
スリッパを鳴らし、文子が息急いて客室へと入って来た。手にはタッパを持っている。
「野ザルが迎えに来たわよ!あとコレ持ってって!私特製のイカ人参!カウナ君これバクバク食べてたでしょう?」
「おおフミコさん……!ありがたい!!」
カウナが嬉々と瞳を輝かせてタッパを受け取ると、文子はカウナの肩をばしばし叩いた。
「また来なさいよ!ナルミちゃんの焼いたパン持った?」
「持ちました!」
「笹団子持った?」
「持ちました!」
「それ食べて、確り頑張るのよ!」
文子激励のガッツポーズに、カウナの心は更に温かくなる。
微かに硫黄の香りが染み付いた身体。
足裏の柔らかな畳の感触。
遊び相手がいなくなる不満に頬を膨らませる子ども達。
捕虜生活の間、己の周囲に在ったもの総てが、もうすぐ遠いものとなってしまう。
胸に押し寄せる寂しさに、カウナは思わず鼻を啜った。
「また来たい!また来る!!」
文子達の笑い声の中、声高に叫んだカウナの言葉に、嘘偽りは無かった。
****
「時緒、カウナ君呼んできやがれぃ」
「合点!」
平沢庵の前に真理子がワゴン車を停めると、時緒は意気揚々と助手席から飛び出した。
後部座席には伊織と真琴、仏頂面の律が座っている。
鮮やかな木々の新緑が、反射する陽光が美しい。
(カウナさんが帰るには良い日だ!)
にやけ顔で時緒が平沢庵の門をくぐると、
「おはよう、時緒」
「グッモーニン、時の字」
正直、正文の父子が玄関の掃除をしているのが見えた。
「おはようございます師匠!正文!」
「だから僕はもう師匠じゃないってば…」
苦笑いの正直に、時緒もまた苦笑いで返す。
「あだ名だと思って下さい。今更"正直おじさん"じゃ、なんだか変なので」
「あだ名ならばしょうがない」
本当の所、正直は時緒に"師匠"と呼ばれるのは嫌いではない。寧ろ呼ばれ心地は良かった。
しかし一度は破門させた身。そこの所ははっきりとさせておかねばならないと、正直は思っていたが……。
「時緒……、君は本当にいいキャラしているよねぇ」
「師匠?」
「いや、こちらの話。カウナ君を送りに行くんだろう?正文、掃除は良いから君も行ってきなさい」
「親父大好き……っ!」
時緒から発せられる和やかな気が、正直の決意を有耶無耶にさせたのだ。
****
「ふは……、ふはは……!」
母成グリーンラインを走るワゴン車の中、擬態を解除したカウナは自分の置かれた現状に笑いを堪えることが出来なかった。
右側に
左側にも
「地球的に言えば、これが『両手に花』と云うヤツであるか!全く以って美しい……!我のイナワシロでの思い出は美しい物ばかりであった!!」
ご機嫌なカウナに、助手席で時緒が、最後部座席で伊織と正文が呆れた笑みを浮かべた。
真理子も真琴も同様に。
「何言ってんだか阿呆が」
律がカウナを鼻で笑う。
律の阿呆呼ばわりも、今のカウナには愛しく、だが少し寂しく聞こえた。
「リツやマサフミ達のお陰だ……。楽しかった。カナミとあまり遊べなかったのが残念だ」
「あの大馬鹿は今日も補習だよ」
「……勉学不足で泣きを見るのは全銀河共通であるのだなぁ……」
「ふん……」
律は鼻息を態とらしく鳴らし、暫く黙り込んで。
「……また来いよ。騒がしかったが……私も楽しかった」
カウナは律を見つめ、緊張に少し強張った微笑で頷いた。
時緒の携帯端末が着信音を鳴り立てる。
端末を起動させると、画面にパイロットスーツ姿の芽依子が映し出された。
『こちらシースウイング、芽依子です。現在光学迷彩を展開させて、おばさま達の上空二〇〇メートルを飛行中。周囲に反応無し』
「了解だ芽依。ルーリアはいいが、防衛軍が付近にいないか注意してくれ。また邪魔しに来るかもしれねぇからな」
『了解です』
芽依子との会話を終えると、真理子は口笛をひゅうと吹いた。
猪苗代の空は、何処までも蒼かったーー。
****
「トキオ!ありがとう!貴様の、エクスレイガの更なる健闘を期待する!」
「カウナさん、ありがとうございました!また戦いましょう!」
「ふふ、次は敗けぬよ……!」
沼尻の緑を見渡せる母成峠の駐車場にて、カウナと時緒は確りと握手した。
互いの脈が重なり、次なる戦いへの意欲を駆り立てる。
「トキオ!前にも言ったが、強くなりたくば恋をしろ!」
「恋……ですか?」
強気をはらんだ瞳のまま、時緒はカウナの言葉を反芻する。
その背後で、真琴がぎくりと肩を震わせた。
「勘違いはするなよトキオ?戦いの為に恋をするのではない!恋の為に戦え!」
「恋の為?」
「然り!愛する者を見つけた時、その者の為なら総てを賭けれると覚悟した時、貴様は……騎士を超えた騎士となる!」
何か応えようと時緒が口を開けた、その時。
『来ました!ルーリアのスターフィッシュです!』
端末から聞こえる芽依子の声に、時緒達は皆一様に空を見上げる。
蒼穹の中、ふよふよと怪奇音を発しながら、ルーリアの無人兵器スターフィッシュが螺旋を描いて降下して来る。
『カウナさん、お仕度を!お元気で!』
「はっ!メイコさんも息災で!」
頭上およそ二〇メートルで浮遊するスターフィッシュを見上げながら、カウナは文子達から手渡された土産袋を持ち上げた。
「カウナモさん!また俺ん家のカレー食いに来て下さいね!」
「勿論だイオリ!あれは美味だった!」
「カウナさん、ありがとうございました。カウナさんに勧められた絵本の読み聞かせのアルバイト……やってみようかと思います……!」
「頑張るのだぞマコト!其方の声は美しい!我も宇宙から応援している!カナミにも宜しく!」
伊織、真琴とも別れの言葉を交わし、真理子と握手をするとカウナはーー
「リツ、マサフミ……!」
時緒達から少し遠退き、腕を組んでいる律と正文を見遣った。
「然らばだマサフミ!抜け駆けはするなよ!?」
正文は黙ったまま、だが挑発的な笑みを微かに浮かべ、親指を立てて見せる。
言葉は無い。だが、カウナにはそれで充分だった。
「カウナモ!」
その時、律がカウナへ向かって小さな物体を放り投げた。
「むむっ!?」
カウナは、片手で律が投げた物を受け取る。
それは、硝子で出来た、真紅の花のペンダント。
牡丹の花のペンダント。
「カウナモ!私は牡丹が好きなんだ……!薔薇よりも牡丹が……!覚えといて損は無いぞ……!」
「……!」
律が贈り物をくれた。
嬉しくて、嬉しくて。
舞い踊りたいカウナだったが、スターフィッシュから放たれた牽引ビームが既にカウナの身を浮かせてしまったので、無理であった。
「分かった!覚えた!二度と忘れぬ!」
そして。
「ありがとう……リツ!マサフミ……!みんな……!我は美しい……幸福の極みだ!!」
涙声混じりの言葉を春風に残して。
ルーリア騎士、カウナ・モ・カンクーザは猪苗代の空に消えた……。
****
「キスくらいしてやっても良かったろうに。気の利かん女だな?」
「黙れハゲ」
スターフィッシュが飛び去り、山鳩の間抜けな囀りが微かに響く空を、正文と律は見上げ続けていた。
「……ひひひ」
不意に律が不気味な笑い声を上げた。
嫌な予感に、正文は眉をひそめる。
「……何だよ?」
律はサディスティックな笑顔で、軽快なステップを踏んで正文へと接近。
正文の細い首根を捕まえて、
「…………」
「…………」
有無を言わさず、律は正文の唇に、自身の唇を押し付けた。
「……な?結構、気が利く女だろう?私は?」
「………!」
「は、ははは。戦え戦え男ども。勝った方を愛してやるさ。は、はひは…」
律は悪女を演じるつもりだった。
男の恋心を手玉に取る悪女を。
だが、放心している正文の瞳に自身の顔は、酷く強張っていて。酷く滑稽で……。
「くそっ!正文……貴様朝に納豆食べたな!?唇がネバネバする……!おぇっ!?臭っ!!」
精一杯の虚勢が崩れてしまった律は、態とらしく唇を拭きながら、正文との視線をずらす。
今後、大それた真似はすまいと、律は心に強く決意をした。
「…………」
恥ずかしそうに顔を紅に染める正文の、暖かな気配を背に感じながら……。
****
カウナが猪苗代を去った翌日。
即ちゴールデンウィークが終わり、世間がまた忙しない日常へと戻ろうとしている、そんな日和。
「「…………!!」」
通勤、通学時間を終えた猪苗代駅内は、戦慄に包まれていた。
磐越西線の車両を降りて、ホームと駅舎を繋げる硝子戸をくぐって現れたのはーー
「…………」
二メートル近い体躯を、季節外れのトレンチコートで包み、マスクとサングラス、チューリップハットで頭部を隠した、見るからに怪しい……怪しさしか無い風体の……。
大男だった。
「……コレ、切符です……」
大男は、恐怖に白目をむいて震える駅員に切符を渡すと、観光客達の戦慄の視線を物ともせず、悠々と構内を歩き、がらがらと出入り口の戸を開ける。
途端に流れ込んでくる、猪苗代の澄んだ春の空気を肺いっぱいに吸い込んで、大男は帽子の影に隠れた、切れ長の瞳を細めた……。
「トキオ……会いに来たよ……!トキオッ!!」
続く
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