怪奇!スキップする騎士団長
「そういう訳でな?カウナモ、この正文は子どもの頃、牛乳三本一気飲みして五時間目の体育で思い切りリバースしたんだ。椎名に向けてな」
「ぅおいアホ律、条約を忘れたのか?じゃあ俺様も言ってやろう。給食のレバー食えなくて自分のブルマに隠して先生に叱られました事件を…!」
「ふはははは!二人とも!そ、それは!」
次々と繰り出される律と正文の昔話に、カウナは手を叩きながら大笑いした。
「「さあさあカウナモ、どっちが悪い?」」
「ふははっ!であるから二人とも!我の名はふはっ!カウナ!モ!で区切ってくれと何度もふははははーっ!!」
カウナが捕虜生活を始めて二日目、退屈しないようにと正文はカウナを連れ、律がいる丹野神社へと訪れるようになった。
正文の幼少時代の話。
律の幼少時代の話。
訓騎院でのカウナの失敗談。
三人で、くだらない会話を午前中いっぱい駄弁る。
カウナはこの時間が大好きだった。
愛しの律がいるおかげでもあるが、それだけではない。
正文もいるからだ。
ふと、カウナは先日の夜、平沢庵の中庭で正文と交わした会話を思い出す。
(ああその通りだ。未練たらしく俺様は未だ律が好きだ。本人の前でなど死んでも言わん)
自分の心情を吐露して見せた正文。男らしいとカウナは思った。
律へ対するぶっきらぼうな照れ隠しも含めて、カウナは正文を友として愛しいと思った。
律だけではない。
正文だけでもない。
この二人と共に居ることが、カウナにはとても心地の良いものだったのだ。
だが……。
「みんなぁ、ちょっと見てぇ?」
突然、社務所の扉が開いて、律と同じ巫女服を着た妙齢の女性が、カウナたちに向かって手招きをした。
名を 〈
「どうした?母様?」
娘の律が尋ねると、桜子は少女のようにころころと笑ってーー
「スマホのテレビにねぇ?面白い物が映っているわよぉ」
間伸びした口調で、カウナたちに自らの携帯端末を見せた。
『えぇ!たった今、世界各地の都市を占領しているルーリア統制官の方々から、我々報道関係に連絡が入りました!』
端末画面に、王冠めいた黄金の物体が、月面を背景に圧倒的な存在感を示して浮いている。
『この超巨大構造体の名称は旗帝城塞【ヴィルグ・ガドゥン】。ルーリア皇帝の専用城塞とのことです!』
『つまり、あの城にはルーリアの皇帝が乗っているということですか?』
『徳光さん、徳光さん!まだ情報は確定していませんが……その可能性は非常に高いと、ルーリアの人は言っておりました!また……あ……の……これ……ば』
『すみません、電波の状態が悪いようですね。一旦CMです』
この地球に、ルーリアの皇帝が、銀河の帝王が来訪している。
テレビが伝えてきたその報せに、正文と律は互いに顔を見合わせーー
「「…………」」
しばらくして、背後にいるカウナを二人揃って見遣った。
「……間違い無い。陛下だ」
カウナが、寂しそうな笑顔で頷いた。
そして、捕虜生活への楽しさからついつい忘れてしまっていた己の使命を思い出す。
カウナ・モ・カンクーザは、ルーリアの騎士である。
戦況は日に日に変わりつつある。
いつまでも、猪苗代には、いられないのだ。
****
「ティセリア様、お辞儀、お辞儀」
「うゅゆっ!?」
【ヴィルグ・ガドゥン】の大広間。
彼方が霞む程広大、かつ銀河中の名工達が作り上げた絵画彫刻が飾る荘厳な場に、シーヴァンに嗜められたティセリアはちょこりと小さな身を傾げた。
シーヴァン、ラヴィーもティセリアの背後で膝を着く。
「はっは、ティセリア様も立派な礼をするようになったものよ」
「シーヴァンにラヴィーもね。シェーレにも見習わせたいよ、全く!」
続いてやって来たメイアリア騎士団、ゴルドーとスァーレも同様に。齧歯類に似たプー・ニャン人であるゴルドーが背を丸めると、まるで金色の毛玉そのものであった。
『皇帝陛下の、御成りでございまーす!!』
壮年の騎士の号令と共に、謁見の間の転送装置が輝き、玉座辺りに二つの人のシルエットを形成しだした。
「や!みんな!久しぶり!」
一人は、人懐こい笑顔を浮かべたルーリア皇帝ヨハン。
「…………」
そしてもう一人は、口を真一文字に結んだ精悍顔の総騎士団長ダイガだった。
「うゅゆーーっ!!パパーーっ!!」
ヨハンが玉座へと座ろうとした時、親恋しさを我慢出来なかったティセリアが、父であるヨハン目掛けて走り出した。
当のヨハンはティセリアを制さずーー
「そら来い!」
「パピャーッ!!」
大きく両手を広げ、飛び込んで来たティセリアを抱き止める。
「よっ!重くなったんじゃないかティセリア!」
「ぶゅっ!パパでりかしーないのョッ!」
頬を膨らませるティセリアを肩に乗せ、ヨハンは玉座に座ると満面の笑顔でシーヴァンを見遣った。
「シーヴァン、ティセリアが世話になっているね!もう僕は君に尻尾を向けて寝られなくなった!」
「陛下……!め、滅相も御座いません……!」
「エク…あの地球製
「あ、有り難き……お言葉、恐悦至極に御座います……!」
あまりに小っ恥ずかしくて、シーヴァンは尻尾を縮こませる。
左からゴルドーの含み笑いが聞こえた。
「……あれ?」
肩車したティセリアに耳を弄られながら、ヨハンはシーヴァン達を見回す。
「カウナは捕虜中だから良いとして……シェーレの姿が見えないね?」
「恐れながら…」ゴルドーが、キュートながら老練された気迫をはらんだ瞳で、ヨハンを見上げた。
「我輩の愚かな
「……もしかして……
顔をひきつらせるヨハンにゴルドーがにやりと笑うが、その目は笑っていない。
「我輩の美しい歌声を四六時中聞けば、シェーレも己が間違いを正すだろう?なあ?ヨハン坊?」
経験があるヨハンはただただ、苦笑い浮かべるしかなかった……。
****
同時刻。
メイアリア専用航宙城塞【ニアル・スファル】。
『んぼええええ〜〜〜〜!』
「いやああああああああ!?」
『んぼえええぇぇええええ!!』
「どう喉を使えばそんな音程があああああ!?」
『んぼえ愛してるんぼえええええー!!』
「ぎゃあああ!?気持ち悪いぇぇえ!?」
スファル・ツァンド内の特別懲罰坊。
そこから聞こえるのは、この世の物とは思えないゴルドーの録音された歌声と、シェーレの悲鳴……。
スファル・ツァンドの展望台には、懲罰坊の前を通るしかなく、展望台に用がある者はこのゴルドーの歌声とシェーレの悲鳴が混ざり合ったおぞましい騒音を耳にせねばならず、皆戦々恐々としたそうな……。
****
「じゃあ僕とダイガは早速地球に降りるから。
「畏まりました。馬鹿弟子たちに宜しくお伝えください。それとスァーレの
謁見が終わり、ヨハンとゴルドーのそんな会話を耳に挟みながら、シーヴァンはゆっくり立ち上がる。
総騎士団長に挨拶をせねば。そう思ってダイガの元へ行こうとした所ーー
「シーヴァン、少し良いか?」
「は……はっ!」
当のダイガの方から話しかけられ、シーヴァンは少々面を食らった。
敬礼をしようともしたが、その前に「楽にして良い」とダイガに言われ、シーヴァンは取り敢えず直立のままダイガを見上げる。
「先程陛下も仰られたが、貴卿の立ち振る舞い、実に見事であった。総騎士団長として、私も貴卿を誇りに思う」
「……!光栄にございます…!」
シーヴァンは勢いよく、ダイガに頭を下げる。
下げるついで、ダイガの足下に目を遣ったシーヴァンははてと思った。
ダイガの靴足が、落ち着き無さげにこつこつ鳴っていたのだ。
「……所で」
「はい?」
「あの……何だ……うん……」
頭を掻きながら落ち着きの無いダイガに、シーヴァンは首を傾げる。
このダイガ・ガウ・リーオという
訓騎院ではしこたま扱かれ、叱咤も激励も受けた。
ダイガはシーヴァンの父と後輩であるため、食事をしに家に来たこともある。
だが、こんなにも落ち着きの無いダイガを見るのは初めてであった。
「シーヴァン、貴卿は……エクスレイガ……あの地球製
「……は?」
「いや…エクスレイガよりも…エクスレイガの操者を…どう思った?」
「……はい?」
疑問がシーヴァンの頭脳を支配した。
何故ここで時緒の話になるのか?
何故、ダイガがエクスレイガは兎も角、操者の時緒を気にしなければならないのか?
「…………」
ダイガの切れ長の目がシーヴァンを見つめる。
沈黙しても埒が開かないのでーー
「……好感の持てる、良い少年でした」
時緒の印象を、シーヴァンは正直に口にしてみることにした。
「剣の腕は未だ拙かったですが、真っ直ぐで、素直で、明るい良い奴でした。この先経験を積めば、きっと……いや必ず腕の立つ騎士になりましょう。武腕だけでなく、優しく勇ましい、素晴らしい騎士になると私は思います」
そこまで説明して、シーヴァンは今一度ダイガを見る。
「……っ!?」
シーヴァンは唖然とした。
ダイガが、笑っていた。
「いやぁ……照れるなぁ……!」
強く、気高く、滅多に感情を顔に出さない、鉄面皮として騎士団内では有名だったあのダイガが……。
「好感が持てるかぁ……!優しくて勇ましいかぁ……!誰に似たんだろうなぁ……!うふふ……!」
だらしの無い、蕩けた照れ笑いを浮かべているのだ。
「シーヴァン……!感謝する!これからもむす……もといエクスレイガの操者と、是非ぜひ仲良くしてやってくれ…!」
ダイガはシーヴァンの手を強く握って労うと、ヨハンの元へと向かい去っていった。
スキップで……!
軽快なスキップをこなす総騎士団長を見るのも、シーヴァンにとっては初めてのことで……。
「…………」
訳が分からなかった。
何故?
何故、時緒と仲良くすることをダイガに勧められるのか?
(いや……トキオとはもっと仲良くしたいのは確かだが……)
シーヴァンには、分からないことだらけだった……。
「うゅっ!シーヴァンみてみてー!でっかい鼻クソとれたー!」
得意げなティセリアに騎士装束を引っ張られても尚、シーヴァンは脳内をハテナマークでいっぱいにして、首を傾げ続ける。
シーヴァンの疑問を解答してくれる者は、何処にもいなかった。
「ねぇ〜?シーヴァン〜?鼻クソ〜!」
少なくとも、今の所は……。
続く
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