がんばれヨハン!?
何故こうなった?
どうしてこうなった?
ヨハンの言葉にならない問いに答える者は誰もいない。
サナリアを迎えに来ただけなのに。
恐怖を必死に堪えて
それなのに。
ダイガには脅されるわ。
挙句の果てにーー
『コノロクデナシヲ鍛エテ欲シイノダワ!』
とサナリアには壮年の地球人に自分を明け渡す始末。
想像もしなかったサナリアの行動に、ヨハンの常に臆病な思考は一瞬で凍結した。
海の満潮のようにせり上がってきた恐怖がヨハンの脳を再起動させたのは、十数秒が経過してからである。
「ひ、ひぃーーーーっ!?」
口腔から迸る汚い高音に、ヨハン自身の鼓膜がびりびりと震えた。
「嫌だ嫌だ嫌だよーーーー!?」
サナリアは何を言っているのか!
地球人に鍛えて貰う?野蛮に名高い地球人と一緒にいるなど正気の沙汰ではない!
「ひぃー!嫌だー!サナリア助けてー!」
ヨハンは涙目でサナリアの腕にしがみ付いた。
この十七年間、ヨハンはこうして世を歩いて来た。
ルーリア銀河帝国内でも比較的裕福な家に生まれ、両親に溺愛されてきたヨハンは、こうして泣き付けば、誰かが必ず助けてくれる。そう心から信じていた。
だが……。
「ばかものおぉぉぉぉ!!!!」
「うひぃーー!?」
凄まじい肺活量から成る麻生の怒号が爆発する。
同時にサナリアから乱暴に腕を振り解かれ、拠り所を喪失したヨハンは情けない悲鳴と共に草原を転がった。
「女子にすがるとは…ヨハンとやら!貴様それでも男かぁぁあ!!」
「うゅ〜〜!?ママーー!?」
顔を真っ赤にして、麻生はヨハンへと詰め寄った。
怖い。この地球人の怒声を理解したくないヨハンは、慌てて耳にかけた翻訳機の電源を切ろうとしたが……。
恐怖に指が震えて切ることが出来ない!
「サナリア君!」麻生は鼻息を荒くしてサナリアを見た。
「サナリア君!君、兄弟姉妹は!?」
『イナイノダワ』
「じゃあ、もし仮に君がこの少年と結婚したら!?」
『コノヨハンガルーリアノ次期皇帝ニナルノダワ』
「次期皇帝だとぉ〜〜!?」
麻生はヨハンの肩を思い切り掴んだ。
「うぎゃあ!!」
檄を飛ばすため麻生はあまり力を入れてはいなかったが、怖さに神経過敏になっていたヨハンには、まるで金槌で叩かれたような痛みを感じた。
「次期皇帝になろうとしている男が!人々を導く存在になろうとしている男が!そんな体たらくでどうする!?逆に婦女子に頼られるような男になりたいと何故思わんか!?」
麻生は再びサナリアを見遣ると、己が胸を強く叩いた。
強く叩き過ぎて、麻生は一瞬「ごふん!?」と咳き込むと、しかめ面の真理子と文子、サナリアとダイガを背にして声高らかに宣言した。
「サナリア君!確と了承した!この麻生 彰!いち警官として猪苗代の悪ガキを懲らしめ続けて約四半世紀!我が敬愛する会津の名君、
「いやお巡りさん?日本男士ってそいつ異星人よ?」
文子の指摘を無視して、麻生はまるで志の高い新入社員の如く、意気揚々とヨハンをパトカーへと引きずっていった。
「うひゃぁぁあ!?誰かーー!!助けてーー!!」
ヨハンはサナリアやダイガ、藁にも縋る思いで真理子たちに救いを求めたが……。
「「…………」」
皆、冷めた表情で……誰も……誰も助けてくれなかった……。
「…………!」
"人生、泣けば助けて貰えると思ったら大間違い"
齢十七にして改めて思い知ったヨハンは失意の余り無表情となり、もう、うんともすんとも言わなくなった。
「ふう……さて……」
ヨハンの結末に満足したダイガは、改めてサナリアへと頭を垂れる。
「参りましょう、姫様」
『何処ニ?』サナリアは首を傾げる。
ダイガはサナリアの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ、唇の端を微かに上げる。
「貴女様が今住まわれている所です。微力ながら、貴女様をお守りする為、自分もお供させて頂きます」
「マジかよ」
ダイガの言葉に反応したのはサナリアではなく、渋い顔を作った真理子であった。
「お前も私んち……来るのかよ?」
****
「なるほど。これが地球人の居住家屋か。文献では目にしていたが、こうして直に見ると……なるほど……ううむ、興味深い」
ダイガは切れ長の瞳を好奇心に輝かせ、椎名邸内部を見渡す。
そんな異星の騎士の様子に気を良くした真理子は、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。
いけ好かないが、気持ちの良い奴ではないか。
「どうだ!ご先祖様が建てた築百年以上の屋敷だぜ!かっけえだろ!?」
「…………」
胸を張る真理子を完全に無視し、ダイガは柱の縁に指を滑らす。
「…ふむ。掃除も行き届いているようだな。姫様がお住みになるには些か質素だが……まあ……ぎりぎり合格にしておくか」
「おう…表出ろや。もう一回喧嘩しようぜデカブツ」
前言撤回、やはりいけ好かない奴だ。
上から目線な口調のダイガに、真理子は中指を立てて見せた。
やはりダイガは真理子を意にも介さず、玄関の前で嬉しそうに微笑むサナリアに手を差し伸べる。
「さあ姫様、狭い所ですが…どうかごゆるりとお寛ぎください」
「おいおいおいサナリア!コイツ予想以上にムカつくぞ!?」
「おいマリコ。姫様の為に茶を淹れるのだ。あと自分にも」
「コイツの所にだけ雷落ちてくんねえかなぁ!?」
「うるさいぞマリコ」
「雷じゃなくて隕石落ちてくんねえかなぁ!?」
真理子とダイガは睨み合う。
そんな二人の様子が可笑しくて、可笑しくて。
温かい気持ちになったサナリアはころころと笑い続けた。
『貴方タチ、仲良シサンニナノネ!』
「何処がだ!?」
「姫様、心外でございます……」
反論する真理子とダイガに、サナリアは微笑みを浮かべたまま……
突如血の気の失せた顔になり、崩れ落ちていった……。
「サナリア!?」
「姫様っ!!」
しかし、サナリアの身が地面へ着く事は無かった。
落着寸前に、真理子とダイガの腕が、同タイミングでサナリアを確と抱き止めたのだ。
「サナリア!?どうした!?」
『アハハ…。チョットハシャギ過ギチャッタ…タダノ貧血ヨ…』
驚愕と焦燥が入り混じった顔の真理子に、サナリアは白い顔のまま恥ずかしそうに笑った。
「……姫様は……余りお身体が丈夫ではない」
ダイガの重い口調に、真理子の芯がぎしりと引き締まる。
「……地球の環境は…姫様のお身体にとってあまり喜ばしいものではないが…」
『ダイガ……』
サナリアの手が、ダイガの騎士装束を弱々しく掴んだ。
『ダイガ…オ願イ…。地球ノコト…モット学ビタイ…。モットマリコト……』
自分の唇に指を添え、サナリアにそれ以上喋らないよう促すと、ダイガは大きく、ゆっくりと頷いた。
「分かっております。大丈夫ですよ……姫様」
ダイガの賛同の言葉に、サナリア安堵の溜め息を吐いた。
やがて、サナリアの顔色が微かに回復するのを見届けるとーー
「…マリコ」
ダイガは真理子を見た。
先程の小馬鹿にした時とは違う、真っ直ぐな強い眼力で……。
「頼む、自分もここに住まわせてくれ。対価は払う」
「…………」
「殿下がここまで入れ込む地球…、いや…お前たちか……俄然自分も興味が湧いてきた…」
「頼む…」ダイガは真理子へと手を差し出す。
大切な友人であるサナリア。
そして、サナリアに頑なに付き従おうとするダイガ。
そんなダイガの手を拒絶する理由など、真理子には毛頭無かった。
「ああ…!ああ!!」
ダイガの大きく屈強な掌を、真理子はがしりと握る。
熱い脈拍が掌を通じて伝わってくる。
嫌な感触ではない。否。むしろ心地が良い。
「改めて…ルーリア騎士、ダイガ・ガゥ・リーオだ」
「椎名 真理子だ…!言っとくがな…掃除当番は私とお前…交代制にするぞ!?」
「ふ…!望む所だ…!」
「飯も作れよ…!」
「望む所だと言っている…!」
真理子とダイガの……二人の自信に溢れた不敵な笑みが交錯する。
握手し合う二人の手が、意味の無い、だがやらずにはいられない力比べにぎしりと軋んだ。
「…………」
「…………」
「このっ…………!」
「くっ…………!!」
真理子とダイガは、とうとう空中で腕相撲をするような体勢になった。
『ホラ…二人トモ…ヤッパリ仲良シサン…』
睨み合う二人の姿を、サナリアは見つめ続ける。
ずっと、ずっと。
忘れないように……
続く
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