追憶〜1976〜後編
サナリア英断す
「居たぞ!あそこだ!」
磐梯山麓ーー杉林の彼方に、二体の巨人がゆっくりと降下していくのを目撃した麻生は、アクセルを踏んで巨人たちの降下地点へ向けてパトカーを加速させる。無論、法定時速内で!
助手席には山道所以の車酔いで顔面蒼白の牧。
後部座席には先刻の狼藉の為ロープでがんじがらめにされた正直が、未だ文子を斬ろうと踠き、更にその隣では正直の拘束に若い活力を無駄に消費した卦院が不機嫌面で窓の外に広がる樹海を睨んでいた。
「…何よ?喧嘩でもやった訳?」
パトカーの屋根の上で、長い艶髪を山風に揺らしながら文子は巨人たちを凝視する。
双方とも傷だらけだった。
巨人の一体は昨夜、サナリアと共に居た純白の巨人だ。
サナリアが戦ったのか?
もう一方の巨人と?
どうやって?
巨人に搭乗するのか?したのか?
一人で?
ならば真理子は?
真理子は別の所でサナリアの戦いを観戦していたのか?
ただ観ていただけなのか?
「……んな訳無いわよね……」
文子の知る椎名 真理子という女は、そんな面白味の無い女ではない。
「…何よ。一人で楽しい事やっちゃって」
サナリアと共に巨人に立ち向かう真理子を想像して、文子は独り不満の舌打ちを鳴らした。
中々出来ない体験をしていたであろう真理子への、その羨望故にーー。
****
「「…………」」
エクスツァンドとバドゥルバスが鎮座する草むらへと恐る恐る接近した麻生たちは、皆一様にポカンと口を開けた。
「いてててててててててて!!痛え〜よ〜!!」
巨人の足下の草むらには、半泣き顔の真理子がいた。
その手は赤く、まるで風船のように腫れ上がっていた。
『マリコ!オ待タセ!!』
やがて、付近の茂みから、狐めいた尻尾を揺らしたサナリアと、仏頂面のダイガが姿を現す。
ダイガを、サナリア以外のルーリア人を見た麻生たちは思わずたじろいだが、当のダイガは麻生たちを確認すると、
「…すみません。お騒がせしてます」
と、流暢な日本語で丁寧に頭を下げて一礼し、真理子の下へと急ぐサナリアの後を追っていった。
『近クニ湧キ水ガアッタノダワ!』
サナリアは嬉しそうにそう言うと、水分をたっぷりに含んだ自らのスカーフを優しく真理子の腫れた手に当てた。
「ハァ〜〜〜〜!!」
途端に、真理子は気の抜けた声を漏らす。
程よい冷たさとスカーフの柔らかな感触、そしてサナリアの優しい手が、熱を帯びた腫れの痛みを鎮めていく。
そんな真理子を見て、ダイガは呆れ顔で鼻を鳴らす。
「全く……
「う、うるせぇやい!馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぜ!お前の方が馬鹿だ!!」
真理子のやっかみを澄まし顔で受け流して、「やれやれ…」と、ダイガは肩を竦めた。
そんなダイガに、真理子が何をしたのか興味津々な文子がするりと接近する。
「ねえ貴方。その耳と尻尾…貴方もルーリア人?」
「…そうだが?」ダイガが怪訝な表情で文子を見遣った。
「野ザル…あの女、何したの?」
文子の質問にダイガは自身の愛騎であるバドゥルバスを指差してーー
「戦闘中、自分の騎体を素手で殴ったのだ。エクスツァンドの操縦席から飛び出して…素手で殴ったのだ」
巨大ロボを。
素手で。
殴った。
「「…………」」
ダイガから真理子の奇行を聞いた麻生たちは、目を点にした。
馬鹿真理子。麻生、牧、卦院、正直、そして文子は同時にそう思った。
「…………ぶふっ」
ロープに巻かれたまま棒立っていた正直の小さな吹き笑いが、文子のただでさえ低い笑いの沸点を瞬時に増進させた。
「ぶわはははははははははははははははははははははははははははははははは!!はははははははははは!!はひひひひひひ!?ひぃーっ!ひぃーーっ!」
文子は真理子を指差して爆笑、真理子を馬鹿にした。
不機嫌にどんどん深くなる真理子の眉間の皺。
遠慮の無いその馬鹿笑いに、サナリアもついつい苦笑してしまう。悪気は無い。
「…面白い音したぞ?こーん!と…」
ダイガがそう付け足すと、文子の笑い声は一層激しくなった。
「だはははははははは!?こーん!?こーんて音したの!?馬っ鹿!野ザル!あんたホント馬鹿で最高だわ!最高!!ぶわはははははははーーっ!」
文子は笑い続けた。
「「〜〜〜〜っ!」」
必死に笑いを堪える麻生たちを背に、文子は遠慮なく笑い続けた。
およそ五分間、腹筋が激痛を訴えるまで笑い続けたのだ。
「…………手が治ったら真っ先に潰す」
怨嗟を孕んだ真理子の呟きが、磐梯の山風に吹かれて消えた。
****
「改めて…ルーリア銀河帝国、サナリア騎士団筆頭騎士、ダイガ・ガゥ・リーオと申します」
手袋を取り、差し出されたダイガの手を麻生は大きく頷いて握り、握手を交わす。
「麻生 彰だ。真理子たちの…その…引率者みたいな者だ。ダイガ君で良いかな?」
麻生の紳士的な対応に、好印象を抱いたダイガは、薄く照れ笑いを作って頷いた。
「此度は、我が姫君サナリア様を保護して頂き…誠にありがとうございます」
ダイガが再度頭を下げると、真理子の介抱を行なっていたサナリアもすっくと立ち上がり、改めて麻生に頭を下げた。
「いや…大した持て成しが出来なくてすまない」
サナリアが首を横に振るのを麻生は苦笑で応答して見せてーー
「それで…君たちはこれからどうする気だい…?」
麻生の問いに、ダイガはサナリアを見遣る。
「…………」
サナリアはダイガを見つめていた。
躊躇いの無い、真っ直ぐなサナリアの眼差しが、ダイガを射抜く。
『私ハ…モウ少シ…モウ少ダケ…地球ニ居タイ…デス!』
「姫様……」
昂る胸に手を添えて、サナリアは麻生を見上げた。
『私ハ…モット地球ヲ…イナワシロヲ知リタイデス!ソレニ…』
サナリアが真理子を見ると、真理子は何も言わず、ただ笑って親指を立てて見せた。
真理子だけではない。文子や牧、卦院、芋虫状態の正直も、サナリアの地球滞在に歓迎の頷首をする。
『友達ニナッテクレタマリコ、フミコタチト…モットオ話ガシタイノデス…!』
そう宣うサナリアに、麻生は納得の首肯をして見せる。
例え異星からの来訪者であっても、若者の真摯な願いを拒絶する程、今の麻生は無情な大人では無かった。
「…姫様…そんなに……
自身の胸の前に右腕を掲げ、ダイガはサナリアに深く頭を垂れた。
「分かりました。自分はサナリア殿下の騎士…、何処までも殿下のお供をさせて頂きます」
遠回しに、自身も地球に滞在する旨を宣言するダイガにも麻生は了承の笑みを遣る。
「分かった!何か分からないことがあったら、何でも相談してくれ…!」
麻生は再びダイガと握手をし、彼等の地球滞在を歓迎した。
「…………」
麻生と交わした手を見つめながら、ダイガはふと考える。
バドゥルバスを素手で殴る。
馬鹿げた行動とはいえ、真理子は最後までサナリアの願いを叶えようと立ち向かって見せた。
"地球人とは、未だ同族間で殺し合いをする、野蛮で卑劣な種族"
大人達からそう教えられて来たダイガは、卑劣とは全くもって対照的な真理子たちの印象に、微かな高揚感を覚えた。
(マリコ……、面白い奴じゃないか)
そして、真理子に対する、朧気だが、友愛に近い感情を、ダイガは抱き始めていた。
「あ?何私の顔見て笑ってんだゴダイゴ?喧嘩すっか!?」
「間抜けな顔だなと思った。サナリア殿下を見習え。あとダイガだ。いい加減覚えろ。馬鹿者」
「おおん!?」
もっともそんな心境を、真理子本人に告げる気は、ダイガには更々無かった。
少なくとも、今の内はーー。
****
『所でダイガ?』
「は…。何でしょうか?」
『……ヨハンは?』
サナリアの問いに、ダイガは顔を僅かに顰めてーー
「…あそこで御座います」
バドゥルバスの足下を指差した。
バドゥルバスの脚部装甲、その影から、すっかり怯えて眉をハの字にしたヨハンが、ちらりちらりとサナリアたちを伺っているではないか。
そんな情けないヨハンの行動に、サナリアもまた溜め息を吐く。
『…何ヲヤッテイルノヨ…』
サナリアは嫌々と顔をしかめた。
すると、サナリアとヨハンの視線が克ち合う。
『…………』
不機嫌面のサナリアが手招きすると、ヨハンは身を低くしながらひょこひょことサナリアとダイガの元へと走ってくる。
何と情けない挙動だ……。
「サナリア〜!会いたかったよ〜!マイハニ〜!」
私は会いたくなかった。そう言いたい気持ちを懸命に抑えて、サナリアはヨハンへと微笑み掛ける。
『ヨハン…私トダイガハ地球ニ残ルノダワ。貴方ハ先ニ帰ッテ?』
サナリアの言葉に、ヨハンの顔面が引き攣った。
「い、嫌だよ〜!サナリア〜!こんな野蛮な星〜!さっさと帰ろうよ〜!」
野蛮な星。
真理子の、大切な友人の住まう地球を、ヨハンは野蛮な星と言って退けた。
サナリアは、額に怒りの青筋を立てた。
『…ダカラ…貴方ハ帰レバ良イジャナイ…私トダイガハ地球ノ勉強ヲスルカラ…』
「サナリアを置いて先に帰ったら僕が皆に馬鹿にされるじゃないか!ママにも怒られちゃうよ〜!やだやだやだ〜!早く帰ろ〜!一緒に帰ろ〜!早く早く早く〜!」
ヨハンが駄々を捏ね出す。
その醜態に、サナリアの怒りが爆発した。
『麻生ノオジサマー!!』
怒気をはらんだサナリアの叫びに驚愕した麻生は、真理子達との話を中断してサナリアの元へと駆け寄った。
「どうした!?おや?そちらの子は?」
ヨハンの姿を初めて確認した麻生は首を傾げる。
サナリアは「ヒー!?地球人!」と恐れ慄くヨハンの首根っこを掴み、麻生の目の前へヨハンを差し出した。
『コノ泣キ虫ハヨハン!ヨハン・シュ・ルゥメ!私ノ許婚!認メタクナイケド!』
ヨハンの身の震えが、激しさを増す。
丁度良い機会だ。サナリアは声高に叫ぶ。
『麻生ノオジサマ!オ願イガアリマス!!』
「な、何かな…?」
『ヨハンノコト!コノロクデナシ!鍛エ直シテ下サイナノダワ!!』
サナリアの背後で、ダイガが賛同と歓喜のガッツポーズをしていた。
続く
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