追憶〜1976〜前編
十六歳の凄春
一九七六年。猪苗代町郊外、酸川橋。
八月しては薄ら寒い夜ーー。
【猪苗代熱血連合】と【マクベス】。
「かかれぇぇぇぇ!!!!」
「敵に背中を見せるな!文子様に処刑されるぞ!!」
「一番槍もらっ…ぎゃあぁぁぁっ!?」
「病院送りにされた弟の仇ぃぃっ!!」
「返り討ちにしてやらあぁぁあ!!」
後に、【
ただ一つ、この事件には不可解な点がある。
抗争の結末を、誰も知らないのだ。
ある者は云う。互いの頭領が双方相討ちになったと。
ある者は云う。互いの頭領は激闘に疲れ果て、有耶無耶のまま解散したと。
ある者は云う。
「せいやあぁぁぁぁーーーっ!!」
「はぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
拳が凪ぐ。
糸が斬る。
椎名 真理子の拳がーー。
卜部 文子の糸がーー。
岩を。水を。流木を。
二人の間に在る物総てを砕き、斬り、塵芥へと変えて、真理子と文子は気迫を爆ぜて激突する!
周りには、もう誰もいない。
計百人余にも及ぶ二人の手下たちは既に力尽き、川岸の彼方此方に白目を向いて横たわっていた。
川へ流された者もいた。
殆どが真理子と文子の巻き添えを食らって散っていった。死んではいないのがせめてもの救いである。
真理子の懐刀であった平沢 正直も、打倒文子の志半ばで精魂尽き、木刀を構え、立ったまま気絶していた。
受験生なのに、妹分の真理子に数合わせで無理矢理連れて来られた牧 森一郎は、木の枝に垂れ下がってぴくりとも動かない。
真理子の幼馴染、甲斐 卦院は川原の石に『見渡す限りの馬鹿ばかり…』と育ちの良さを伺わせる達筆で今際の血文字を遺し、泡を吹いていた。
もう誰もいない。
川原にはただ二人。真理子と文子のみ。
孤高の戦場。
だがしかし。
真理子と文子は戦いを止めはしない。
理由は分からないか癪に触る。
何だか気に入らない。
だから、戦い合うのが楽しい!
この女と戦い合っているのが、凄く楽しい!
「くはははっ!【マクベス】なんざけったいな名前のグループ作りやがって!」
「ふふっ!何が【猪苗代熱血連合】よ!暑苦しい!!」
「文子ぉぉぉっ!!」
「真ァ理子ォォォォ!!」
二人は笑って戦い続ける。
顔面は腫れ、セーラー服は千切れ、折れた肋骨が身体に激痛を走らせる。
それでも尚、それでも尚!
大義名分なぞ糞食らえ。
武勇伝なぞ知ったことか。
潰したいから潰し、戦いたいから戦う。
椎名 真理子。華の十六歳。
卜部 文子。麗しき十七歳。
楽しい。楽しい。楽しい!
こんな時間がずっと続けば良い!
先頭本能満載の笑顔を浮かべ、真理子と文子はそう願った。
それほどまでに、今の二人は心満たされていた。
ーーその時である。
ふと、夜空を翡翠色の光が一筋奔ったのは……。
「「……?」」
旅客機の光が、戦いで過敏になった視覚によって閃光に見えたか、最初二人はそう思った。
だが違う、何かが違う。
最初は米粒ほどの大きさだった天の光は、消える所かどんどん膨れ上がり。真理子と文子の視界をいっぱいにしていく。
否、光が膨れているのではない。
落ちて来ている!
光が、ヒトのシルエットをした、光が!
「「ーーーーーー!?」」
まるでスピルバーグの映画だ。
今目の前に迫りつつある不可思議な事象に、真理子と文子は戦いを忘れ、声にならない悲鳴を上げた。
「「ーーーーーー!?!?」」
『溺れる者は藁をも掴む』と云う諺がある。
極限状況に陥った者は、自身を防御出来得る物で無意識に防御してしまう。
自身が"身を委ねるに充分値する"と認識する物ならば尚更に。
故に……。
真理子は文子を抱き締めた。
文子は真理子を抱き締めた。
二人は己が思う"身を委ねるに値する者"に縋ったのだ。
!!!!!!!!
そして光は地面へと落着、光の粒子と衝撃波が、真理子と文子の身体を飲み込む。
『ソコノ地球人サン?アブナイノダワ?』
真理子と文子は気を失う刹那、見知らぬ少女の声を聞いた……。
****
一九九六年。【平沢庵 磐梯の間】
「いや!あん時はホントびっくりした!」
「沙奈が降りて…落ちて来た時?」
「そうそう!光がばぁーってよ!」
「…私寿命が縮んだわよ…!」
ぶひゃひゃ、と笑って、ほろ酔い上機嫌の真理子は文子特製のこづゆ(帆立の貝柱の乾物を出汁に、山菜や根菜を具材にした汁物。会津の郷土料理)を啜る。
程良い塩味にワラビのコリコリとした食感が堪らなく旨い。
「うめえな!美味いっ!」
箸を勧める真理子に、窓辺に腰掛けた文子は煙草を片手に呆れた溜め息を吐く。
「言っとくけどそのこづゆ、アンタから作り方習ったヤツだからね」
「そうか?こんなに美味かったっけ?」
「そうよ。そのこづゆ食べたさにわざわざ来るお客だっているんだから」
「ん〜〜〜〜?」
蕩けた目で首を傾げる真理子を流し目で笑いながら、文子は手元のタブレットを見遣る。
タブレット画面では、今巷を震撼させている鋼の巨人、エクスレイガが、翡翠色に輝く光剣を構え、ゼールヴェイアに高速で斬り掛かる映像が映し出されていた。
タブレットは真理子の私物。エクスレイガの映像も真理子が猪苗代町の天気カメラを利用して検証用に録画した物だ。
エクスレイガとゼールヴェイアの高速剣戟にを目で追いながら、文子は苦笑した。
「やっぱり…エクスレイガは時緒ちゃんに任すのね?」
「ああ」白和えを摘みながら真理子が頷く。
「正文まで首突っ込んでんじゃないの。おまけに地球防衛軍とも一悶着起こしちゃって…。こないだうちの送迎ワゴンべっこべこにして帰って来た時腰抜かしかけたわよ。ナオさんは大笑いしてたけど」
「いや……悪いことした……!」胡座をかいたまま、真理子は頭を下げる。
その男らしい謝り方に文子は、「良いわよ謝らないでよ気持ち悪い!」と、タブレットを卓袱台に置き、煙草を携帯灰皿で揉み消しながら小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「女子風呂覗く為だったら地雷原すら平気で突破する
はっと鼻で笑う文子に、真理子は満面の笑みで頷くと、再び空になったグラスを文子に差し出した。
「今度はもう自分で注ぎなさいよ…!」
「んな冷てえコトいうなよ!お客様は神様だろ?」
「お生憎様、アンタは客だけど私は三波 春夫じゃないのよ」
渋々、真理子は自分で自分のグラスに梅酒を注ぐ。
すると、襖を軽く叩く音が聞こえた。
「この気配はナオさんだな!」
真理子の予測通り、襖を開けて入室して来たのは、優しげな笑顔を浮かべた
「宴もたけなわ…かな?」
「まさか!今文子と昔話で盛り上がってた所さ!」
「熊肉のベーコンを作ってきたんだ。真理ちゃん好きだろう?」
「流石ナオさん!そういうの欲しかったんだよ!」
真理子が嬉しそうに自分の太ももをぱちりと叩く。
どちらがどう言うでもなく、
真理子もまた、部屋の隅にある茶箪笥からグラスを二つ取り出し、梅酒を注ぎ、
「じゃあ…改めて…」
「何に乾杯するのよ?」
「うーん?」
再び首を傾げる真理子に、何も考えなかったのかと文子は呆れる。
そんな二人を可笑しそうに眺めながらーー
「じゃあ……晴れてエクスレイガのパイロットとなった時緒と、ルーリアと親交を深めつつある息子たちの未来に…ってことで…!」
正直は意気揚々とグラスを掲げる。
「あの子たちの未来が、20年前の私たちみたいに……驚きに満ち溢れていることも!」
文子も、続いてグラスを掲げた。
目頭が熱くなっていくのを感じながら……真理子は自身のグラスを、
きん、と、硝子同士が触れ合う小気味の良い音が、二十畳の和室に微かに響いた。
「乾杯!時緒たちの未来に!」
「乾杯!私たちの腐れ縁に!」
「きっと…この戦争を見守ってくれる…サナの……サナリアの魂に…!」
****
一九七六年。
「な…な…な…な!?」
「あが…あが…!?」
辺り一面、翡翠色の光が包む
意識を取り戻した真理子と文子は、互いをひしと抱き締め合った。
二人の前には人影が一つ。
少女だった。
見た目は真理子や文子と同年代か。身長一六〇センチメートルの真理子よりも小柄な、長い白髪の少女が立っていた。
『初メマシテ!地球人サン!』
少女が微笑む。笑顔だけで老若男女問わず癒せそうな、そんな笑顔だった。
『私、サナリア! 《サナリア・コゥン・ルーリア》 !』
自身の名を述べて、白髪の少女は可愛らしく頭を下げる。
少女の頭頂部には、狐めいた耳が生えていた。
少女の尻からはふさふさの純白の体毛に包まれた太い尻尾が生えていた。
地球人には決してない、それらの器官を目の当たりにして、真理子と文子は絶句した。
彼女は、地球人では、ない?
「お…おま…おま…」
擦り減りつつある理性と勇気を振り絞り、真理子は懸命に声を出す。
「お前…地球人じゃ…ねぇな!?」
真理子の必死の問いに、サナリアはーー
『大正解ヨ!地球人サン!!私ハルーリア!ルーリア人!!』
嬉しそうにステップを踏んで、真理子と文子の元へと寄った。
『嬉シイワ!嬉シイワ!イケ好カナイ婚約者カラ…《ヨハン》 カラ逃ゲテキテ大正解!!』
琥珀色の瞳を歓喜に輝かせ、サナリアは真理子と文子を見上げた。
『ネェ地球人サンタチ!私トオ友達ニナッテチョウダイナ!』
「「…………」」
『…?地球人サン?』
真理子たちからの反応がない。
訝しく思ったサナリアは真理子たちの顔面を凝視してみる……。
「「…………」」
真理子も文子も抱き合ったまま、白目を剥いて気絶していた……。
続く
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