そして、イカロスは飛んだ
『この程度か!?トキオよッ!!』
「まだ……まだまだだっ!!」
猪苗代の空に、幾条もの光の帯が舞う。
美しく鋭い、ルリアリウム・エネルギーの光だ。
駆体各所から翡翠色の粒子光を噴きながら、襲い来るホーミング・レーザーをブレードで弾いて、受け流して、エクスレイガは出来る限りの高速飛行で応戦する。
しかし。
ゼールヴェイアのスピードに、エクスレイガは全く追随することが出来ないでいた。
ゼールヴェイアの動きを見極めようと、エクスレイガはブレードを構えつつ一時停止した。
その行動がいけなかった。
待ってましたとばかりに、ゼールヴェイアの光鞭が伸び、エクスレイガの左脚に蛇の如く巻き付く。
『さぁ!踊れエクスレイガ!我がエスコートしてやろう!』
するとゼールヴェイアは、その華奢な駆体からは想像もつかない程の凄まじい馬力で、エクスレイガを振り回し始めた。
ぶぅん、ぶぅん、とエクスレイガの装甲が風を切る音が、猪苗代の町中に不気味に響き渡る。
「だから!?洒落にならないとぉぉぉぉ!?!?」
高速回転で生じた凄まじい
時緒はこの間隔を知っている。
まるで絶叫マシンだ。時緒は絶叫マシンが苦手だ。
以前伊織たちと遊びに行ったーー本当は行きたくなかった富士山麓の大人気遊園地を思い出し、「うっぷ!!」と時緒はえづいた。
悪夢だった。
宙返りするジェットコースターに後ろ向きに発車するジェットコースター。更には開始早々時速一二〇キロを叩き出す、発案者の殺意を感じずにはいられないジェットコースター。
見渡す限りの絶叫マシン。
朝から夕まで絶叫マシン。
極め付けは歩き切るまで一時間を要する戦慄的なお化け屋敷。
喜んでいたのは佳奈美だけ。
正文は恐怖のあまり幼児退行し。
伊織は腰が抜けて立てなくなり、真琴は泣き出し、律に至っては馬鹿騒ぎするカップルたちを呪い始める始末。
脳裏の底から起き上がって来た悪夢と振動に、堪らず時緒は目を回す。
『それが貴様の限界かな!?』
時緒の更なる反撃を期待するカウナが叫んだ。
『そんな訳は……ないであろうよっ!!』
ゼールヴェイアの猛攻は止まらない!
光鞭を
『今一度刮目せよ!高騎動戦術ッ!!』
!!
!!!!
!!!!!!
あらゆる方角からエクスレイガを斬りつけた!怒涛の連撃!
その疾さたるや、時緒には複数のゼールヴェイアが存在し、四方八方から同時に攻撃されていると錯覚させる程!
『ふははっ!トキオ…!何故に我がここまで貴様を押しているか分かるかな?』
「そ!そそっ…!それは…そちら様が僕より速いから…!?」
『違う!!』
カウナの即答に時緒は気圧された。
『それは……"恋"だっ!!』
「こ…!?恋……っ!?!?」
時緒の目が点になる。
この
時緒は、態と渋い声色を作って問うてみた。
「恋って…LOVEの恋ですか…?」
無論、攻めることも忘れない。
エクスレイガの頭部バルカンを発射。
しかし全弾、ゼールヴェイアに華麗に回避される。
『LOVE以外の恋が地球にあるのか!?』
「ありませんが!」
ゼールヴェイアから放たれるルリアリウムの光が一層濃く、強く輝きだす。
「ぅ……っ!?」
その闘志、その威圧感に、操縦桿を握る時緒の手がじとりと汗ばんだ。
『トキオ!貴様は女子に恋をしたことはあるのか!?』
「ぇ……っ!?」
カウナの質問に、時緒は更にたじろぐ。
時緒は恋をしたことがない。
異性に興味がない訳ではない。
テレビに映るアイドルや、教育実習にやって来た女子大生にときめくことはあった。
美少女との恋愛ゲームだって何本が所持している。
今現在だってそうだ。
芽依子や真琴を、素敵な女性だと思う。可憐な乙女だと思う。
しかし、彼女たちに対する想いを恋かと自問すると時緒は悩む。
芽依子が好きか?
真琴が好きか?
どちらが好きか?
そもそも好きなのか?
LOVEではなくLIKEではないのか?
答えが、出てこない。
木刀で磐梯山の火山岩を両断するより、遥かに難しい!
『恋をしたことがないのか!?』
電光石火。ゼールヴェイアがーーカウナが突進!ゼールヴェイアの四つ眼が、空に妖しい軌跡を描く!
『恋は良いぞトキオ!強くなりたくば恋をしろ!異性だろうが同性だろうが!!』
「ど、同性!?」
『リツを愛した我のように!見よ!リツへの愛がっ!我をっ!ここまでっ!昂らせるッ!!』
ゼールヴェイアを包むルリアリウム・エネルギーが鮮やかに迸る。薔薇のように美しく、プロミネンスのように激しい光!
その鮮やかな輝きは目にした者を、野次馬たちはおろか、時緒ですらも魅了してしまう。
『リツ!我は!其方への愛に殉じる!!恋破れても構わん!!其方への想いが…
再び、ゼールヴェイアの掌にルリアリウム・エネルギーが集まる。
ホーミング・レーザーを撃つ挙動と似ていたが……光の強さが、光量が桁違いだ!
瞬く間にルリアリウム・エネルギーは膨れ上がり、ゼールヴェイアの全長も凌駕するエネルギーボールが完成した!
『受けよ……【愛の嵐】!!』
ゼールヴェイアの掌から、巨大な粒子砲が放たれる。
圧倒的な光の暴流!まさに嵐!
カウナの愛がーーその精神力が具現化された光の嵐が、大気を灼きーー
「カウナさん御無体なぁぁぁぁ!?!?」
恋愛童貞な時緒をーーエクスレイガを飲み込み、その巨体をいとも容易く地へと落としていくーー!
衝撃。
轟音。
土煙。
その他諸々を高々とぶち撒けて、エクスレイガは猪苗代の町へと落下した。
「お、落ちた…!」
「凄え…大迫力…!」
「やっぱナマの戦いは凄い…!」
「お…面白過ぎる…!」
避難をせずに野次馬と化した町民たちの、驚愕の表情を一身に受けて。
****
「何をやっているんだ椎名は!?」
墜落したエクスレイガを見た律は苛立ちを帯びた声をあげた。
そんな律の姿に伊織は苦笑いをし、正文はふんす、と鼻を鳴らした。
「このままじゃあ…私はカウナモのハニーになってしまう!あんな宇宙キザ男のクサい告白に"素敵よマイダーリン!ウフ!"とか言う脳内花畑ギャルになってしまう!あぁぁあ!全身痒くなってきた!!敗けるな椎名!立てエクスレイガ!!立て!撃て!斬れ!!」
ポニーテールを振り回し、律は地団駄を踏んだ。
「大した奴だな……」
ふと……正文がぼそりと呟いたので、律は険しい視線を正文に向ける。
「あ!?」
「…あそこまで時の字を気圧すとはな…。カウナ・モ・カンクーザ……、天晴なヤツと思ってしまった」
「お前はどっちの味方なんだ!?」
律は顔を真っ赤にして、正文の襟首を掴み上げた。
「…っ!?」
しかし、正文はそんな律の細く白い手を強く握り、律の顔を頑と睨んだ。
律にとって、決して心底嫌いになれない、真っ直ぐで鋭い眼差しだった。
「彼奴の気迫。それが分からない程…お前は鈍感ではないだろう?」
「それは…!」
顔を真っ赤に染める律に、正文は呆れた溜め息を一つ。
「正直…俺様は困惑している…」
「は!?」
「カウナとお前ならお似合いだと思ってしまった」
「な!?」
「今の俺様はそんなアイツに……
正文の言葉に、律は心底驚いた。
ふと、ごおごお、と、音が聞こえた。
山鳴りかと思ったが、違う。
ジェット音だ。
「あ」
上空を見上げていた伊織が声をあげたので、正文と律も……伊織と同じ方向を見上げる。
山と山の間を何かが飛んでいた。
鳥か?
否。ジェット機だ。
赤と白に彩られた見た事のないデザインの戦闘機が、エクスレイガの落下地点に向かって飛んでいく。
「もしかしたら時緒…ワンチャンあるかも?」
人懐こい笑顔を浮かべた伊織に、正文は「ああ…!」と笑って頷いた。
「…………」
時緒の勝利。
カウナの敗北。
先程とは打って変わり、素直に喜べない自分に、律は己が分からなくなってしまった。
****
『あらまぁ!あらあらまぁまぁ!!』
外部マイクが拾った叫び声に、時緒は落下の衝撃に混乱する意識を無理矢理覚醒させ、スクリーンを確認する。
どうやらエクスレイガは民家の庭園内へと落着していた。視界の下には豪華な和風邸宅が見える。
エクスレイガの腕下には 粉々になった瓦礫の山があり、更にその傍らでは、如何にも上品な出で立ち老婦人が、興奮の眼差しでエクスレイガを見上げていた。
「し、し、しまった…!」
瓦礫を確認した時緒は、自分のしでかしたことに心底後悔した。
老婦人の所有する建造物を破壊してしまった。
そう思った時緒は、コクピット内で何度も老婦人に向かって頭を下げた。
老婦人側からはエクスレイガの中の時緒など見えもしないのに、である。
「おばあさんごめんなさい!僕壊しちゃいました!!」
老婦人は、時緒の謝罪に首を横に振りながら、満面の笑顔を浮かべた。
「ほ…本物よ…!本物のエクスレイガよ!テレビの映像よりカッコいいわ!長生きして良かったわぁ!!」
「あの…おばあさん?ごめんなさい!べ…弁償します!えと…お幾ら万円?」
時緒がおずおずとした声で尋ねると、老婦人は笑顔のまま両手を振ってーー
「貴方が押し潰したのは老朽化した蔵よ!取り壊す予定だったから、返って解体業者代が浮いたわ!…っ!?」
突如、老婦人はその表情を緊迫した険しいものへと変貌させ、勢い良く天を指差す。
「エクスレイガ!後ろよぉぉ!!」
「え…っ!?」
時緒は振り返る。
時緒の動作に連動したエクスレイガもまた振り返る。
時、既に遅し。
『トキオ!
上空から音もなく急降下して来たゼールヴェイアに襟首に該当する装甲を掴まれ、エクスレイガは無理矢理空へと持って行かれる。
カウナは将棋もチェスもしたことは……無い。
「ま、敗けるもんですか!諦めませんよ!まだ勝負は一回の表ですっ!」
『ふははっ!その意気や良し!!』
未だ気迫の衰えない時緒の声音を聞いて、カウナは嬉しく思った。
矢張り、地球人は蛮族に非ず。病原菌に非ず。こんなにも清廉な者が居るのだからーー。
そんな時緒に敬意を表する為、カウナはーーゼールヴェイアはエクスレイガの首筋にレイピアを添える。
カウナの首を、疲労の汗が伝う……。
流石に、精神力を使い過ぎた……。
律に格好付ける為に、カウナは必要以上に力み、必要以上に大技を出し過ぎていた。
時間が無い。この一撃で決める。エクスレイガの首を撥ねる!
ゼールヴェイアが、レイピアを突き刺そうとしてーー
「……む!?」
ふと、鼓膜を擦るジェット音に、カウナは首を傾げた。
天を仰いで見れば、見慣れぬ飛行機が空を舞っている。
赤と白の飛行機。カウナの美的センスを大いに刺激する美しい飛行機だった。
アレは何か?カウナは眉をひそめーー
その時、エクスレイガがゼールヴェイアの胴を蹴り上げた!
『ぐうっ!?』
****
『時緒くん!』
『椎名くん!』
ほんの一時間前まで聞いていた声が、酷く懐かしく、極限状態の時緒の心をほぐしていく。
芽依子がいる!
真琴がいる!
二人の女の子が立体映像となって、時緒の目の前に投影されていた。
「芽依姉さんに…神宮寺さん!?何処から…!?……っ!?」
時緒は映像の記録を調べて驚いた。
芽依子と真琴の映像は、突如として飛来して来た戦闘機から発信されていた。
戦闘機を映すモニターには味方機の信号と、 《シースウイング》 と機体名が印されている。
芽依子はともかく、何故真琴まで乗っているのか!?
「神宮寺さん!?何で…、」
『説明は今どうでも良いよ!!』
『真琴さんの仰る通り!!』
二人の気迫に圧されて、時緒は「ひゃい!」と素っ頓狂な返事をした。
『椎名くん!イカロスを持って来たよ!』
『時緒くん!合体です!』
「よく分かりませんが……合点承知!!」
カウナが、ゼールヴェイアが上空を舞うシースウイングに見入っている。
好機!エクスレイガは思い切りゼールヴェイアの胴を蹴り退かせる!
『ぐうっ!?』
カウナのくぐもった声を背に、エクスレイガは猪苗代の豊かな大地を蹴り上げ、芽依子と真琴が待つ空へと跳躍した。
余分な思考は完全排除。
時緒は叫ぶ!
「エクスレイガ……ドッキング・フォーメーション!!」
『イカロス・ユニット分離!真琴さん!頼みます!!』
『はい!イカロス・ユニット……軸合わせます!!』
シースウイングの後部からX字型の翼がーー【イカロス・ユニット】が分離され、光の尾を弾いてエクスレイガを追い……そしてーー
『ガイドレーザー……同調成功……!椎名くん!ユーハブコントロール!!』
「神宮寺さん!アイハブコントロールッ!!」
!!!!
子気味良い振動、金属と金属が嵌り合う音と共に。
イカロス・ユニットは、エクスレイガの腰部へと接続される。
途端、凄まじいスピードが慣性となって時緒をシートへと抑えつけた。
猪苗代の空をエクスレイガが
今までとは比較出来ない疾さで、X字のルリアリウム・エネルギーを振り撒いて、音すら置き去りにして。
絶叫マシンどころではないスピードだが、時緒は怖くはなかった。
何故か?
時緒には説明出来ない。
ただ、心地が良かった。
芽依子が。
真琴が。
背中を支えてくれる気がして。
時緒は、今……最高に気持ちが良かった!
「 《エクスレイガ・イカロス》 ……合体完了!!!!」
猪苗代の天空に、
続く
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