第十五章 さらばシーヴァン!〜前編〜
ケーキの上に夢を描いて
翌日。ウルトラ警備……もとい、イナワシロ特防隊基地、エクスレイガ格納庫。
「おいブチ宮ァ!垂れ幕曲がってんぞォ!!」
「えぇ!?ちゃんと真っ直ぐでしょお!?」
「曲がってんだよォ!シーヴァンの似顔絵が皺だらけで、なんか大阪のババァみてえになってんだよォ!!」
「じゃあ班長がやってくださいよ!?」
「ああ!?口答えしやがったなテメェ!?俺は歳上だぞォ!!」
踏ん反り返って、茂人はこれまた偉そうにあれやこれや指示をする。
整備員たちはぶうぶう不満を垂れつつ、エクスレイガの右肩から左肩へと垂れ幕を飾っていく。
垂れ幕には『シーヴァンくん、また来てね!!』の大文字が、シーヴァンのディフォルメされた似顔絵(薫の力作)と共に描かれていた。
「何だか寂しいネェ……?シーヴァン君帰っちゃうんダ……」
シーヴァンの似顔絵を見上げながら呟くキャスリンに茂人は同意した。
「なんか…違う星から来ただなんて思えなかった奴だったなァ」
「うン、真面目だけどお茶目で良い子でサ…本当にトキオのお兄ちゃんみたいだったネ…」
感傷的な心情になった茂人とキャスリンは、改めてエクスレイガを見上げた。
エクスレイガの頭部スリットから覗くルリアリウム・バルカンの銃口が銀色に輝く。
ふと、エクスレイガは何の為に在るのか?そんな疑問がキャスリンの脳裏に浮かんだ。
(ああ、そうダ…。私たち…戦争しているんだっタ)
キャスリンは理解していたつもりだった。
地球人がこれまで行ってきた戦争とルーリア人が行う戦争はてんで違う。
一方は無慈悲な殺戮。
一方はファイティング・スピリッツに満ちた相互理解。
あまりにも穏やかで微笑ましい日常に忘れてしまいそうになる。
”戦争”というより大々的な”運動会”をしているような気分になる。
そんなキャスリンの心底を兵器の銀光が重く、だが優しく引き締めていく。
(誰も傷つかない…死なない戦争…カ…)
キャスリンは己が掌を眺めた。
五年前の香港以来、
****
「きのう皆に連絡してみました!シーヴァンさんの送別会来てくれるみたいです!皆行きたいって!」
そう声高に言いながら、時緒は竹刀を振る。
その一太刀を華麗に竹刀で受け止めながら騎士装束姿のシーヴァンは表情を輝かせた。
「そうか……!イオリは?」
「来ます!」
「カナミは?」
「来ます!」
「リツは?」
「もちろん来ます!」
「マコトは?」
「来ますよ〜!」
「ウドノタイボクは?」
「ウドの大木?あ、正文か……。教えたの律だな……。正文も来ますよ!」
するとシーヴァンは切れ長の瞳を伏せてーー
「ありがたい事だ…!」
そう染み染みと呟いた。
シーヴァンは嬉しそうに微笑みながら、逆手に竹刀を構え、その空間そのものを斬るかの如く振るった。雷光に等しき一撃だった。
「ひぎゃ〜〜〜〜!?!?」
その剣撃を時緒は受け止め切ることが出来ない。
まともに斬撃を受けた時緒の身体は宙を三回転し、ギャグ漫画めいた格好悪い体勢で地面へと落着した。
「いってぇぇ……!結局最後まで勝てませんでした……」
「そんな事はない。俺が来た時よりおまえは格段に強くなっている」
「実感がありませんよ…!」
しょんぼりと項垂れる時緒の頭をがしがしと撫でて、シーヴァンは天頂へと達しようとしていた太陽を見上げる。
「この地球で……」
「んぃ…?」
「俺は掛け替えの無いものを得た。エクスレイガとの戦闘。トキオやメイコさん、トキオの友人たち…。マリコさんやイナワシロ特防隊の皆…。素晴らしい人たちだ…。素晴らしい経験だった」
最後にシーヴァンは「そしてスキヤッキー…!」と呟いて、じゅるりと口元を啜った。
****
ぴんぽん、わざと古めかしくしてある椎名邸の呼び鈴が鳴った。
「は〜い、今出ますね」
台所に居た芽依子が、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら廊下を渡り、玄関の戸を開ける。
「ごめんください。椎名くんとシーヴァンさんはまだ居ますか?」
椎名邸を訪れたのは、微かに息を弾ませた真琴であった。
****
「おお!すごい!」
居間の卓袱台の上には圧倒的な存在感を放つ立派なワンホールのショートケーキに、時緒は思わず感嘆の声をあげた。
綺麗にムラ無く塗られた生クリーム。バランス良く並べられた艶々とした苺。微かな甘い香りが時緒の食欲を唆る。
「今朝焼いてみたの。シーヴァンさんのお土産に…」
「これ…神宮寺さんが作ったの!?お店のヤツ…いや、お店で売ってるものよりも美味しそうだ!!」
時緒に褒められた真琴は耳まで紅潮させて、もじもじ頷いた。
「……真琴さん、お見事です…。ぐうの音も出ません…」
時緒の横では、芽依子が悔しそうな顔をして、それでいて腹の音を鳴らしながらショートケーキを見つめていた。
「これは…確かケーキという…地球の菓子…!」
シーヴァンも、ショートケーキに目を輝かせる。
《ケーキ》と呼ばれる地球の菓子を、シーヴァンは事前に調べていた。
地球の菓子の中でも、かなり高級な部類に入る物品で、地球人でも特別な日にしか食することを許されないと、文献には記されていたが……。
「これを…俺に…?良いのか?マコト?」
「はい!猪苗代の…地球のお土産にどうぞ!」
尻尾を振って尋ねてきたシーヴァンに対し、真琴は笑って頷いた。
シーヴァンの尻尾が、更に激しく揺れた。
「感謝…感謝する…!…マコト…!」
すっかり嬉しさに感極まってしまったシーヴァンは腕を掲げ、真琴に敬礼をして見せた。
「あ、えと…仕上げにですね…」
気恥ずかしくなってしまった真琴は、苦笑しながらトートバッグの中を探る。
そして、茶色い棒状の物体をシーヴァンへと差し出して見せる。
「マコト?これは何か?」
「チョコレートペンです。ペンの中にチョコレートクリームが入っていて、お絵描き出来るんです」
そう説明して、真琴は自身の指にペンを当て、ペンの胴体を押しながらゆっくりと引いた。
指にチョコレートクリームの線が、ペンが走った軌跡を描いていく。
「ほう…面白いな…!」
「これで、このケーキの上にお絵描きしてみたら如何でしょうか?その…猪苗代の…思い出に…?」
あまり説明ごとには慣れていなく、恥ずかしさに後半弱々しくなってしまった真琴の提案に、シーヴァンは即座に頷いた。
「それは良い…!良い提案だ…!マコト!」
嬉々とシーヴァンは真琴からチョコレートペンを受け取ると、ペンを構えケーキの中央を睨んだ。
「シーヴァンさん?失敗しないよう下書きをしてみては?」
そう言う芽依子にシーヴァンはーー
「お気遣いありがとうございます。しかし、このシーヴァン…イナワシロへの思いを…!イナワシロの未来を…!この一筆に賭けたいのです…!心配御無用…!絵の描き方はカオルさんから習いました故…!」
そしてシーヴァンは、「はぁ…っ!」と自身に発破を掛けて、ケーキの上にペンを走らせた。
****
「出来た…!描けたぞ…!」
数分後、渾身の作業を終えたシーヴァンは、汗の滲んだ額を拭い、自身の作品の出来に安堵の溜め息を吐いた。
「「「お見事!!」」」と、時緒、芽依子、真琴が、そんなシーヴァンへと拍手を贈る。
ケーキの中央には、ディフォルメされた磐梯山や猪苗代湖を背景に、これまたディフォルメされた狐耳の可愛らしい少女が両手を広げ大喜びする様が描かれていた。
「うわぁ…シーヴァンさん、絵お上手…」真琴が目を丸くする。
「シーヴァンさん?このイラストの女の子…もしかしてティセリアちゃんですか?」
時緒の問いに、シーヴァンは得意げに頷いた。
「左様…!我が主君、ティセリア様を描いてみた」
「ティセリアさま?」真琴が首を傾げた。
「ルーリアのお姫様さ!」と答えたのは時緒だった。
「すっごくお転婆な子なんだ!僕なんか初対面なのに”うゅ〜!やっつけてやる〜!”なんて言われてさ!」
「へぇ……」
頬を河豚の如く膨らませる時緒が可愛らしくて、真琴は笑った。
その側では、何故か芽依子が恥ずかしそうに俯いていた。
シーヴァンは目端を緩め、ケーキ上に描いたティセリアのイラストを見詰めるとーー
「ティセリア様をこのイナワシロへお連れする……。それが俺の夢の一つだ」
「へぇ…」
「ティセリア様にも…このイナワシロで心豊かになる経験をしてもらいたい。…この俺と同じように…素敵な経験をして…地球人の友を沢山作って欲しい…!出来ればティセリア様と同年代の…地球の良い子たちと…!」
時緒も芽依子も真琴も、ただ微笑んで、ただ頷いて、それ以外は何も言わなかった。
嬉しそうに夢を語るシーヴァン。
そんな彼に何かを言い加える事は余りにも野暮だと、三人はそう思えて仕方がなかったのだ。
居間に朗らかな空気が流れる中、不意に戸が開かれた。
真理子だった。
「…皆、そろそろ行くぞ…って、まこっちゃん…来てたのか?」
「あ…!おばさん、お邪魔しております…!」
深々と頭を下げる真琴に、真理子はにっこり笑った。
「まこっちゃんも車乗ってくれ。一緒に行こ。それから…」
「はい?」
突然、真理子はやや圧迫感をはらんだ真顔になって、真琴の肩を確と掴んで、確と言った。
「……まこっちゃん…基地に着いたら…
何故そんなことを言うのか?真理子の態度に違和感を感じながらも、おずおずと真琴は肯首する。
真理子はそんな真琴の頭を優しく撫でると、時緒や芽依子、そしてシーヴァンに視線を移したの。
「さあさあ車に乗った乗った!シーヴァン君の送別会の始まりだぜ!!」
****
「シーヴァン君」
「…はっ!」
玄関前で、椎名邸に頭を下げていたシーヴァンを、真理子は呼び止める。
時緒も芽依子も真琴も、門前に停めた
「…シーヴァン君…。シーヴァン君は地球人を見てどう思う?」
「心優しい素晴らしい
真っ直ぐな眼差しで即答するシーヴァンに、真理子は苦笑した。
疑念を抱いていない異星の若き騎士に、苦笑することしか出来なかった。
「悪いな…シーヴァン君」
真理子は心の底から謝った。
「最後の最後で…私は…
「何をですか?」
首を傾げるシーヴァンに、真理子は暗く、力無く言った。
「自分達が儲かるなら、他人を傷つけても…殺しても平然としていられる…地球人の
真理子のその顔は、自嘲と自責にまみれた、大人の作り笑顔だったーー。
続く
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