第八章 決着、時緒VSシーヴァン
大激突!決意の男ふたり!!
(何だ……!?ルリアリウムを通じて伝わってくる……この凄まじいまでのプレッシャーは……!?)
群青の大気中を降下するガルィースの巨軀の
シーヴァンは眉間に皺寄せ、その表情を険しくした。
(この感覚……”リーオ総騎士団長”……?いや……馬鹿な……そんな筈が?)
波のごとく打ち寄せる緊張と高揚にシーヴァンは堪らず騎士装束の首元を緩め、眼下に広がる緑の大地を睨みつけた。
「む…っ!?」
いた。
其処にいた。
イナワシロと地球人が呼ぶ地。前回の着地点より南へ暫く進んだ、陽光浴びて輝く巨大な湖の畔に。
巨人がいた。
畔に巨人が立っていた。
「ニオウダチだと…?」
巨人は攻撃をすることはなく、腕を組み、大股で大地を踏みしめ、只々降り来るガルィースを、鋭い翡翠色の双眸で見上げていた。
巨人に近づくにつれ、ルリアリウムの明滅が激しくなっていく。
シーヴァンは確信した。
今自身にまとわりつくプレッシャーは、巨人から、巨人の内部から放たれている。
つまりは…。
「トキオ……君なのか?」
『はい……僕です!』
通信機から鼓膜へと入ってきた聞き覚えのある地球人の少年の声。聴き心地の良い……迷いのない声。
トキオだ。
シーヴァンは安堵し、感心し、そして……戦慄した。
このプレッシャーの主がトキオだと言うのか?
好奇心を滾らせたシーヴァンは、かの巨人の目と鼻の先へとガルィースを着地させる事にした。
「見違えたな……!この七日間で……よくぞそこまで……!」
****
正直な所、時緒はとても緊張していた。
だからと言ってへっぴり腰ではとてもとても格好がつく物ではない。
(やれる事はやった……つもり!)
そう割り切る事にした時緒は、エクスレイガを猪苗代湖の畔へ着地させると、シーヴァンが乗るルーリアロボが到着するまで待つ事にした。
待機ポーズは勿論、仁王立ちだ!
何事も必要最低限の見栄は大事、なのである!
『見違えたな……!この七日間で……よくぞそこまで…!』
だから、シーヴァンが到着早々感嘆を帯びた声色でそう言ってくれた時には、時緒はとても嬉しく、そして少し照れ臭くなってしまった。
先程まで自身をがちがちに固めていた緊張が薄らいでいくのを感じる。
緊張などよりも、照れ臭さとシーヴァンに対する恩義の方が勝ってしまったのだ。
「やれる事はやってみました…。精神力をエネルギーへと変換するルリアリウム…。その特性を理解した上で……これまで鍛錬してきたつもりです…。実感はありませんが…」
『見事だトキオ……!君から感じられる鋭い気迫……前回とはまるで別物だ!』
「恐縮です……!」
『……では』ルーリアロボが腰を屈め、掌を掲げ、臨戦体勢を取った。
『始めようか…?トキオ?』
「はい…!あ…その前に…」
『ん……?』
時緒は急いでコクピットのハッチを開ける。
外へ出るとエクスレイガの肩部までよじ登り、ルーリアロボを見上げた。
若干冷たい湖風が、戦いを前に火照る時緒の顔を撫でる。とても心地が良い。
『な…!?』
『と、時緒くん!?』
時緒のこの行動にはシーヴァンも、モニター内の芽依子もびっくりした。
特にシーヴァンにとっては、相手が戦場にて生身を晒しているなど、前代未聞の光景である。
『危ねぇ!』だの『戻れ!』だの、コクピット内の通信モニターから真理子の怒声が聴こえてくるが……。
時緒は戦闘体勢を解いて棒立ちになっているルーリアロボに向けてぺこりと頭を下げた。
「シーヴァンさん…!」
『むぅ?』事態が飲み込めないシーヴァンが間の抜けた返事をする。
「シーヴァンさん、先週は…僕を見逃してくれて…本当に…本当ありがとうございました!」
『ふむ…?』
「僕は…未だ…ルーリアが何のために地球に戦線布告をしたのかは分かりません。ですが…ルーリアの人達が…シーヴァンさん達が優しい人達で…何か大事な…地球にとっても大事な何かの為に戦争をしているんじゃないか…と、思っています…!」
『ほうほう…?』
「だから…僕も…大事な物の為に…大事な人達の為に…、あと…見逃してくれたシーヴァンさんの恩義に報いる為に…!」
時緒は深呼吸一つ。
「シーヴァンさん…いや、ルーリアの誇り高き騎士…シーヴァン・ワゥン・ドーグス…!改めて…僕と…椎名 時緒と…勝負願います!」
言えた。やっと言えた。
見逃してくれた礼を言えた。
こちらから勝負を挑む事を言えた。
不可思議な満足感と、大声で叫び続けたが為の息苦しさに時緒は「ぶはぁ!」と空気を思い切り吸い込み、そして吐き、ルーリアロボを今一度見上げる。
『……』
ルーリアロボは四つ目で時緒を見下ろしたまま微動だにしない。
中にいるシーヴァンからは何の返事もない。
『…………』
「……」
『…………』
「……」
『…………』
「…あのーぅ…?」
沈黙に耐え切る事が出来なくなった時緒はそう声を掛けた。
何か失礼な事を言ってしまったのか?失礼な行為をしてしまったのか?
(流石にフルネーム呼び捨ては失礼だったかしら?)
時緒が不安に思っていると……。
『く、くくっ…、はははははは!あっはははははははは!』
突如、ルーリアロボからシーヴァンの笑い声が響いて、猪苗代湖の水面に波紋を生成する。
声色から冷静沈着なイメージをシーヴァンに抱いていた時緒は、その快活な笑い方に呆気に取られて阿保面を浮かべてしまった。
『くくく…!あ、いや、すまない。悪かった。笑って悪かった。まさかそこまで…ぷっ…まさかそこまで有難がってくれたとは思いもよらなんだ…!君は律儀な奴だな!ふくくくくく…!』
ひとしきり笑ったのか、『ふう…』とシーヴァンは溜め息を吐き、ルーリアロボはしばし沈黙する。
やがて、ルーリアロボの四つ目の灯が消えた。
かしゃり、と子気味の良い金属音とともにルーリアロボの頭部が四つ目の中央部を起点に上下に分割展開。その内部で座していた人影が、ゆるりと立ち上がった。
驚きと、静かに湧き上がる感動に、時緒は「あ……」小さく声をあげる。
見上げる時緒の視線の先。
ルーリアロボの開かれた頭部の中。
そこに、青年がいた。
端正な顔立ち。
怠惰を全く感じさせないきりりとした目。
薄茶の髪をなびかせるその頭部には、これまた艶々とした毛並の芝犬めいた耳が生えている。
まさしく時緒がテレビで見たルーリア人の出で立ちだった。
『なるほど、確かに、こうして面と向かって合間見えた方が心地が良い…』
「…あなたが…シーヴァンさん?」
時緒の問いに、青年は凛々しい微笑を浮かべて頷いた。
『如何にも。ルーリア銀河帝国…ティセリア騎士団筆頭騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグス……!』
「おぉ……っ!」
『トキオ・シイナ……面白い……!そして優しく、勇気ある男だ……!』
紅潮する時緒に賛辞の言葉を贈ったのち、シーヴァンは周囲の景色を見渡す。
瑠璃色の湖面。
若草の香り。
緑溢るる山々と青空のコントラスト。
『美しい……!何と美しい景色だろうか……!トキオ……君はこの地で生まれたのか?』
「は、はい!僕の自慢のふるさとです!」
自信満々な時緒を見て、シーヴァンは微笑みながら二度三度頷いた。
『なるほど…君のその心はこの美しい自然によって…培われたのだろうな……』
染み染みとそう言って、シーヴァンはその顔から笑みを消し、自らの胸の前に右腕を掲げ、時緒に倣う。
ルーリア流の敬礼だ。
『トキオ…いや…地球の騎士トキオ・シイナよ…!侵攻してきた身でありながら敢えて言わせてもらう…!今の私は嬉々に満ちている…!貴公の挑戦、貴公との再戦…このシーヴァン、喜んで受けよう…!』
”ありがとうございます!”
時緒は感謝の意を述べようとした。
だが……やめた。
この局面で何か言葉を投げかける事が、酷く不粋に思えたからだ。
だから、時緒は深く深く頭を下げて礼をするだけにした。
時緒のその様を見たシーヴァンは満足気に頷き、踵を返しルーリアロボの操縦席へと戻っていく。
シーヴァンの小さな尻尾が激しく左右に揺れていた。
****
『時緒くん!びっくりしたじゃないですか!いきなりコクピットから出るなんて!』
コクピットへ戻った時緒を待っていたのは、モニター内で頬を膨らませている芽依子の苦言であった。
「ごめんなさい。ケジメはちゃんとつけたかったので…」
『もぅ…!』
静かに、淡々と、時緒がそう謝るものだから、芽依子はそれ以上何も言えなくなってしまった。
コクピットスクリーンには、ルーリアロボが浮き上がり、湖へと飛んでゆく姿が映っている。
そして、ルーリアロボは湖面すれすれに浮遊したまま停止すると、右腕から山吹色の光刃を生じさせエクスレイガを四つ目で見据えた。
戦い易いよう間合いを取って、”何処からでもかかってきなさい”と、そう言っているようだった。
時緒は操縦桿を強く握りしめ、ルリアリウムへと意識を流し込む。
「ブレード……抜刀!」
エクスレイガが左肩装甲を展開、せり出してきた剣の柄を掴み取り、それを機体の左の掌へと突き刺す。
【ルリアリウム・ブレード
掌から溢れるルリアリウムの光が翡翠の刃を形成する。
時緒の意思の延長線上と化したエクスレイガは、生成した刀を悠然と八相に構えた。
ふいに、風が止んだ。
時緒の世界が静寂に満たされる。
「椎名 時緒……【エクスレイガ】……!」
『シーヴァン・ワゥン・ドーグス……【
「『いざ…尋常に勝負!!」』
猪苗代の空を、大地を、再び風が薙いだ。
自然に出来た風ではない。
相対する二機のロボットが、ルリアリウム・エネルギーを纏って浮遊、飛空、加速、そして更に加速して成った二陣の疾風だ。
時緒とシーヴァン。
エクスレイガとガルィース。
気流と気流が合わさり、生まれた上昇気流が積乱雲を呼び雷鳴を轟かすようにーー
「シーヴァンさん!推して参ります!!」
『来い…!トキオ!!』
二人の男、その戦闘意思が形成した光刃がぶつかり合う!
続く
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