真琴の疑念



【母さん:エクスレイガ修理完了!学校が終わり次第基地にカモン!猪苗代駅まで卦院を迎えに行かせっから!じゃ!!】



 時緒の携帯端末に真理子からのメッセージが表示されたのは、四時限目の授業が終了し、時緒が自身でこしらえた弁当を広げていた時の事だった。


 教室の窓から見える外界は鉛色の雲に暗く沈み、冷たい雨にしとしと濡れている。



【トッキー:合点承知!】



 時緒がそう返信をすると、しばらくして濃ゆい描写の漫画のキャラクターが親指を立てているスタンプが表示される。


 真理子が好きな漫画【突撃上等!爆走愚連隊】の主人公である。



「伊織、【突撃上等!爆走愚連隊】の主人公の名前なんだっけ?」



轟 乱十郎とどろき らんじゅうろう」購買室で購入したツナサンドを頬張りながら伊織が答えた。



「最後どうなるんだっけ?」

「…後輩に麻薬ヤクの売人を強要させていたヤクザの事務所にバイクに乗った乱十郎とその仲間達が殴り込んで大乱闘。仲間達が次々と倒れていくなか、乱十郎は『あばよ!』と笑顔でヤクザを道連れにダイナマイトで自爆するんだ…」



 そう答えたのは、伊織ではなく隣席の律だ。


 琥珀色の稲荷寿司をかじりながら、律は煌々と照らす蛍光灯を見上げてしみじみとした口調で語る。



「私は見ての通りか弱く淑やかな女だが、ああいう”汗臭い男の戦い”は嫌いじゃない…。男には決して退けない時がある…面白いじゃないか…!」



(((か弱く淑やかな女…?弓矢で長距離スナイプ連射したり、賽銭泥棒集団を一人で全員病院送りにしたおまえが…?か弱く淑やかな女ぁ…!?)))



 時緒、伊織、そしてコンビニのカルビ焼肉弁当をかき込んでいた正文が渋い面持ちで、一人悦に入っている律を凝視した。



 昨晩、真理子が揚げてくれた唐揚げで作った甘酢餡かけ(インターネットの料理サイトの見よう見まねで時緒が作ってみたが、真理子にも芽依子にもかなり好評だった)を口に放りながら時緒は先刻の律の言葉を反芻する。



「…男には…決して退けない時がある…か…」



 甘酢餡かけを嚥下するや、時緒は眼光を研ぎ澄まし雨空を見上げる。



「あと……二日……」



 ぼそりと、時緒は独り言ちた。



 あと二日でがまたやってくる。



 あの、紫色のルーリアロボに乗って。


 ルーリアの誇り高き騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグスが降りてくる。



 時緒と再戦する為に。再戦してくれる為に。


 その為に猪苗代へと、衛星軌道上にある城塞から降りてくるのだ。



「……」



 緊張に、時緒の背筋が本人の意思とは関係無しに強張っていく。


 決戦の覚悟に握り締められた拳、その内を巡る血流が沸々と熱を帯びていった。





 ****




(今日の椎名くん…なんだか…かっこいいなぁ…)



 いつも朗らかな表情とは違う、きりりとした今の時緒の顔付きに、真琴はフルーツサンドを口にするのも忘れ見惚れてしまう。



(…でも、なんか…変…)



 ーーそれは女の勘だった。


 中学三年生の春に転入し、時緒と会ってから研がれ続けてきた真琴の女としての勘が頼りなさげに告げたものであった。


 最近の時緒に、違和感を感じる。


 何が如何に変なのか?と問われると困る。


 だが、確かに、何かがおかしいのだ。



「律ちゃん…律ちゃん?」

「んぐ?」



 時緒に気づかれないよう小声で、真琴はオレンジサイダーを飲んでいる律の肩をつつく。



「…最近の椎名くん…ちょっと変じゃない…?」

「…椎名が?」



 艶やかなポニーテールを揺らしながら律は「げふっ」と盛大なげっぷを一発。そして、雨空を見上げ続けている時緒を流し目で見遣った。



「…こう言うのもアレだが…」

「?」

「椎名は年柄年中変だぞ?」



 身も蓋も無い律の言葉に、真琴は塩っぱい表情で項垂れた……。



「変と言えば、うちの神社の監視カメラが変なモノ撮ったんだ…。後で見せてやる…面白いぞ…!」

「う…うん…ありがとう」



 自慢げに自身の携帯端末をちらつかせる律に、話題を変えられてしまった真琴は弱々しく苦笑して頷くしかなかった。



「ただいまー!焼きそばパンとカツ丼買えたー!!」



 突如、教室の窓を開けて笑顔の佳奈美が現れた。


 廊下に繋がるドアではなく、三階にある一年三組の教室の窓を開けて、びしょ濡れの佳奈美が現れたのだ。


 解放された窓から雨粒が時緒の顔面を叩き、先刻までの凛々しかった時緒を台無しにする。



「ねーねー!今日授業終わったらカラオケ行こーよー!時緒の西川貴教とまこっちゃんの工藤静香聞きたい〜!」

「今日は用事あるから駄目!……って言うか窓閉めろよ!」



「え〜駄目なの〜?」時緒の抗議に佳奈美は渋々窓を閉める。


 すると。教室のスピーカーからーー



『一年三組!田淵 佳奈美ぃ!購買室行く時はちゃんと階段と廊下使え!駐輪場の屋根走るな!ベランダの雨樋よじ登るな!猿かお前はぁ!?』



 響き渡る小関教諭の怒声が、佳奈美の奇行全てを物語っていた。


 クラスメイトとして恥ずかしい……。


 一年三組生徒は、うんざりした顔で佳奈美を睨んだ。




「……」



 たった一人、律だけが、溜め息を吐く時緒を流し目で見つめていた……。






 ****






 数時間後、会津若松駅直ぐ横の定食屋【まるやま食堂】。


 放課後だからか、外が雨模様だからか、食堂内は小腹を空かせた学生達でごった返しており、あちらこちらから少年少女の楽しそうな声が聞こえてくる。


 そんな店の中。


 伊織、佳奈美、律、正文、そして真琴の五人は隅の卓席で、頭を近づけて円陣を組んでいた。


 今この場に時緒はいない。


 『用事があるから』と帰りのホームルームが終わり次第、疾風の如く帰ってしまった。



「何だコレ…!?」



 伊織が素っ頓狂な声をあげる。



丹野神社私の家の監視カメラが捉えたモノだ」


 テーブルに置かれた携帯端末が浮かび上がらせる立体ウインドーを指し、律が「凄いだろ?」と自慢げに鼻を鳴らす。


 映像は、律の実家である【丹野神社】の風景……。



「日付は五日前……ルーリア猪苗代襲来の時だ」



 賽銭箱を手前に、綺麗に清掃された境内。周囲には山桜が薄紅色の蕾を付けているのが見て取れた。


 神社は小高い丘の上に建てられている為、大きな鳥居の先には猪苗代の町が一望できる。



「あっ!」佳奈美が茹で卵を頬張りながら声をあげた。



 画面の中の猪苗代町で土煙があがったのだ。


 民家よりも巨大な土煙が。



「何か…いるぞ!」正文が映像を凝視した。



 土煙から現れたのは、二体の巨人であった。


 その身体を青と白に彩られた巨人と、全身紫一色の巨人が、光の剣を手に戦っているのだ。


 律を除いた一同が驚愕に息を呑む。



「言っとくがCG合成じゃないぞ?私や両親にそんな技量はない。どうだ正文?凄いだろ?羨ましいだろ?」

「……むぅ…」

「ふっ!その顔が見たかった…!貴様が私を羨むその顔が…!」

「くぅ…!」



 口惜し面をしながらも映像から目を離せない正文を見て気を良くした律は、甘辛いソースをたっぷり付けたソースカツ丼を美味そうに掻き込んだ。


 正文を小馬鹿にしながら食すソースカツ丼は格別である。



「…この紫色のヤツ…ルーリアのロボット兵器じゃねえか…!?」

「あ…本当だ!ニュースで見た!北京とビクトリアのヤツだ…!」

「…じゃあ…青と白の方は…?」

「「む〜〜ん…?」」



 真琴の質問にしばらくの間、伊織と佳奈美は腕を組み、首を傾げた。



「よぉ〜し分かった!」閃いた伊織がパチリと指を鳴らした。



「青白の方はきっと地球防衛軍だ!地球防衛軍が秘密で開発したロボット兵器なんだぜきっと!くぅ〜っ!燃える〜っ!」



 瞳を輝かせる伊織に、律は「ふむ…」とゆるり頷いて見せる。



「秘密兵器か…。確かに一理あるな…。この映像を動画サイトミーチューブに載せたらものの数秒で削除された…」

「そら見ろ!情報を秘匿したい防衛軍の仕業だぜ!」



「…だが…」律は瞳を細め、映像を見続けている真琴と正文をちらりと見た。



「この青白のヤツ…、ちょっと面白いヤツなんだ…」



 真琴はじいと映像を見ていた。


 正確には映像の中で戦っている、青と白の巨人の戦いに見入っていた。


 青白の巨人は翡翠色に光輝く剣を構え、ルーリアロボに突撃していく。


「……?」



 その動きに真琴は首を傾げる。


 軽い眩暈のような感覚。おかしい、生理は先々週に済ませた筈。


 よくよく考えてみて、それは眩暈ではない。


 だ。


 青白の巨人の剣の構え方、振り下ろし方を、真琴は見た事があった。




 ”ひゃ…ぁ…ぁ〜…!?”


 ”御免よ神宮寺さん!?大丈夫!?”




「ぁ……!?」


 フラッシュバックする記憶に真琴は口元を抑えた。



「…この構え、溝口派一刀流に我流を混ぜ込んだ物…。足の運び方…右足の踵…まさか…?」



 隣の正文が何やらぶつぶつと呟き、目を見開いた。



「…正文は当然として、真琴も気付いたか…。恋する女は凄まじいな…」



 律の愉快げな顔を見て、真琴は咄嗟に頬を染めた。



「何だ?」

「なになに?」



 首を傾げ続ける伊織と佳奈美の横で、真琴は思った事をそのままに、呟くように意見した。




「あの…青と白のロボット…………?」





 続く

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