第四章 空より来たる者

舞い降りた騎士



 これは、猪苗代町にて時緒とシーヴァンが相対する、十数分前の出来事であるーー。




『え…?キュービル、1番機、6番機、信号消失!破壊されました!』

『続いて3番機、5番機、12番機消失…!あ、あと7番機も!』



 ニアル・ヴィール管制官達の緊迫した声が、胎児の様な格好で瞑想に耽っていたシーヴァンの意識を覚醒させた。


 シーヴァンは操縦席に備え付けられている宝玉に手をかざす。



「ドーグスよりニアル・ヴィール管制局へ、キュービルから送られた映像があれば、見せていただきたいのですが…」

『了解です』



 立体モニター内の管制官がそう頷いてから十秒と経たないうちに、出撃した無人攻撃機キュービルが記録した映像がシーヴァンのもとへと送られてきた。



「……!」



 シーヴァンは目を見張った。


 例の巨人だ!。


 映像の中で、巨人はその白と青の体躯を輝かせて宙を力強く舞い、頭部から光弾を乱射し、キュービルを次々と薙ぎ払っていく。


 

「来たか…!」



 尻尾をピンと伸ばしたシーヴァンは操縦席のシートへ深く腰をかける。


 シーヴァンは猛った。


 強い者と戦いたい!


 幼い頃から培ってきた騎士道精神が勢い良く鎌首を持ち上げた。



「ドーグスより管制局、及び監戦艦隊へ。出撃許可を申請します」



 己が身の内で燻る闘争心を懸命に押さえつけて、シーヴァンは冷静な口振りをした。


 返事が返って来たのは一分もかからなかったが、気急ぐシーヴァンには倍ほどに感じてしまった。



『監戦艦隊よりドーグス卿へ、申請を許可します』

『こちら管制局、申請受理しました。ガルィース、格納宮から発進回廊へ』



 がくりと、シーヴァンの身体が揺れた。


 彼が搭乗する専用の騎甲士ナイアルド《ガルィース》が、固定された拘束具と共に格納庫を移動していく。


 ガルィースが辿り着いたのは、白一色の巨大で長大な回廊。その彼方には小さく地球の青が見える。



『う〜!シーヴァン〜っ!』



 突然、シーヴァンの目前にティセリアの立体映像が浮かび上がった。


 映像の中のティセリアは銀色の耳をピコピコ揺らしながら大きな瞳で操縦姿勢のシーヴァンを見つめていた。



『シーヴァン!ぜったい巨人あいつをやっつけてね!ぜったいぜ〜ったいやっつけてね!』



「はっ…!」シーヴァンはティセリアに頷いて見せる。



「このシーヴァン、ルーリアの、ティセリア様の御名に恥じぬよう…騎士として堂々と戦う所存です…!」

『うゅ〜〜ん!シーヴァンかっこいい〜!シーヴァンだいすき〜!』



 シーヴァンの返事に上機嫌になったティセリアは画面の中で踊り始める。



『ティセリア様!』画面の端からリースンが顔を出した。



『シーヴァンさんは出撃前で集中してますから、その辺で……』

『うゅっ!じゃあねシーヴァン!其方の清き心に永遠の栄光をルォ・アルオルト・ロル・ルーリア〜』



 手を振るティセリアとリースンの姿をシーヴァンの目に焼き付けながら、映像は消えた。



 ガルィースの駆動音が響く操縦席内で、騎士道精神の奥底で累積していた緊張感を、脳裏に浮かぶティセリアの無垢な笑顔がほぐしていく。



(やれやれ…元気な御方だ…)



 シーヴァンは独り苦笑した。


 絶対倒して欲しいとティセリアは言ったが、シーヴァンはあの巨人…早々に倒してしまうには勿体無さすぎると思った。


さて……どうしたものか……。



『回廊内、力場正常!』

『進路問題なし!ガルィース、発進されたし!』



 管制官達の声にシーヴァンは笑みを消し、宝玉に力を込めた。


 宝玉から山吹色の光が迸り、幾何学模様を描いてガルィースの全体へと行き渡る。


 鋭く輝くガルィースの四つ眼。


 わきわきと動く無骨なマニュピレーター


 ガルィースがシーヴァンの精神力エネルギーを宿した証だった。



「シーヴァン・ワゥン・ドーグス、ガルィース…出撃をする!」



 途端、強い慣性がシーヴァンを押さえつけた。


 ガルィースが回廊を猛スピードで突き進む。


 重力制御装置は切ったまま。でなければ出撃の臨場感を、シーヴァンは味わう事が出来なかった。


 やがて、ガルィースはニアル・ヴィールから飛び出し、絶対真空の宇宙を翔ける。


 目指すは、地球。


 星の引力がガルィースを捕らえ、濃い青の底へと引き込んでいく。


 その鮮やかな紫色の装甲に大気が擦り掛かり、摩擦熱でガルィースを紅蓮の火球へと変えた。


 目指すは、日本。


 操縦席内のシーヴァンは微動だにせず、急く思いを落ち着かせるように静かに、ゆっくりと瞬きをした。



「その場を動いてくれるなよ……地球の巨人……!」



 目指すは……イナワシロ!






 ****







 そして、今現在。



『時緒!逃げろ!逃げろってんだよ!』

「嫌だっ!!」



 立体ウインドーの中から怒号を放つ真理子に、時緒は真向拒否の意を示した。



『あ!?こ、こら……』



 時緒は通信機を操作し、真理子が映るウインドーを消した。



「僕は戦う!絶対に退くものかよ!」



 数百メートル先にて戦闘態勢を取る謎のルーリアロボを双眸カメラアイで睨みながら、エクスレイガはブレードを構えた。



(ここで逃げたら…芽依子さんを困らせて…泣かせて…、男として最低の事までしてエクスレイガを持ち出してきた意味がない!)



 意を決して、時緒は臍下に力を込める。


 ほんの一瞬、視界が暗く揺らぎ、立ちくらみを感じたが……気にしてはいられない!



『成る程、それが地球の剣術か…?気迫が伝わってくる良い構えだ』



 砂嵐面の立体モニターから、先程シーヴァンと名乗ったルーリア人の声が聞こえてくる。



『私の挑戦を受けてくれて感謝する、トキオ。互いに良き戦争をしよう』

「良き…戦争…?」



 シーヴァンの言葉に時緒は疑問に思った。


 『良き戦争』


 テレビや動画サイトで、よくルーリア人が口にする言葉だ。


 良き戦争とは何なのか?戦争とは互いに殺し合う残酷な行為。これまで人類が行なってきた悲痛極まりない行為の筈。


『では……』



 ルーリアロボが深く腰を屈めーー。



『参る……ッ!』



 その全身をバネのようにしならせて……。



「ぇ……っ!?」




 次の瞬間、ルーリアロボは、時緒のーーエクスレイガの目の前に居た。


 まばたきをしたその刹那に、ロボは数百メートルの距離を一気に詰めたのだ。



「っ!?!?!?」



 ロボがその腕を、その手甲から伸びる光刃を、今まさに振り下ろそうとしているではないかーー!



「くっ!?」



 時緒の、これまでの人生で培った反射神経がエクスレイガへと反映される。


 エクスレイガは瞬時にブレードを構え、その刀身でロボットの光刃を受け止めた。



 相克ッ!!!!!



 周囲に稲妻めいた轟音と衝撃を撒き散らしながら、翡翠と山吹、二色の光の刃が交錯する!



「うぅぅぅ…!?」



 衝撃に揺れる操縦席の中で時緒は息呑み呻く。


 エクスレイガの両脚がアスファルト道路にめり込んだ。凄まじいパワーだ!


 ルーリアロボの太刀筋は、一閃に等しき速さであるのに、その一撃は鉛の塊の如く重い。


 その速度。その力。


 先刻のスターフィッシュとは比較にならない!


 これがルーリアの兵器の真なる力か?


 ルーリア銀河帝国脅威の技術メカニズムなのか?


 時緒は戦慄する。


 ……が。



(違う…?)



 何となく……時緒は理解する。


 機体だけじゃなく、凄いのは…多分…中の…パイロットだ…!?



『私の剣を受け止めるとは……なかなかやるな!』



 再びシーヴァンの声が操縦席内に響く。その声は何処か嬉しそうだった。



『ならば……少々派手にやらせていただく!』

「派手…?うぁっ!?」



 ルーリアロボが身を翻し、エクスレイガのブレードを弾く。


 エクスレイガの巨体がよろめいた。


 エクスレイガは体勢を整えようとしたが、間髪入れずその脇腹にルーリアロボの回し蹴りが鈍い音を立てて突き刺ささる。



「があぁぁぁぁぁぁあっ!?」



 蹴りの衝撃を受け流せず、エクスレイガはくるくると回転しながら無様に吹き飛んだ。



「まだ…まだぁっ!!」



 道路を転がり、路上に停車してあった自動車数台を弾き飛ばしながらも何とかエクスレイガは踏み止まる。


 そのまま背後の空きテナントビルを蹴り上げ高く跳躍。



「ば、バルカンっ!」

【頭部ルリアリウムバルカン 起動】



 エクスレイガの左右側頭部から無数の光弾が連射され、ルーリアロボ目掛けて降り注いだ。


 先刻のスターフィッシュ同様、光の弾丸がロボの紫色の装甲を貫く…。


 ……はずだった。



「…っえ!?」



 しかし光弾は、かつんかつんと子気味の良い音を立てて装甲の上で跳ねる……のみ。


 装甲を貫くどころか……傷一つついてない!



「そ、そんな…なんで…!?」

『その程度の精神力で…私が崩せるか…!もっと私に集中するんだ…!』



 ルーリアロボが地表を滑るように駆け、エクスレイガへと肉薄する。


 再び二機の刃が交わるーー!



「はぁっ!はぁっ!」



 時緒が焦燥の息を吐いた。


 身体が重い。


 視界がぶれる。


 汗が冷たい。


 気持ちが悪い。


 気持ちが、悪い……!?


「まだ…まだ…っ!」時緒は、エクスレイガはブレードを振るい続けた。



 時緒の全力、全身全霊の刃の連撃。凄まじい剣風が猪苗代町中に吹き荒んだ。


 ……だが。


『惜しい…。惜しいぞ……トキオ…!』



 エクスレイガの剣戟の嵐、そのことごとくをルーリアロボは弾いて見せる。


 ダイナミックな動きのエクスレイガとは違い、落ち着いた最低限の機動で……。



(戦わなきゃ…!勝たなきゃ…!じゃないと…僕は…)



 それでも時緒は剣を振るう。


 しかし、矢張り相手に、ルーリアロボに届く事は無かった。


 装甲に触れる前に総て捌かれてしまう。



(芽依子さんに…顔向けが…出来ないよ…!)



 段々、時緒は焦りを隠せなくなってきた。


 脳裏に、芽依子の哀しげな顔が浮かび上がる。幾つも、幾つも……。



(剣には…心得が…あるのに…こんな…!)



 何故、相手に剣が届かない?


 何故?何故?



 時緒はただ…困ってる人の…芽依子の力になりたいだけなのに……!




『我武者羅か。弟達を見ているようで嫌いではない…。だが…!』


 ルーリアロボがまるで独楽のように回転しだし、エクスレイガの剣戟を払いのけた。


 腕を弾き上げられて、エクスレイガのガードが消失する。



『隙が…空き過ぎだっ!!』

「……ぁ……?」



 刹那、時緒の視界を、縦に、山吹色の光の線が奔った。


 ザンーーーー!!



 ……あっという間だった。


 秒という単位を付けるのが億劫になる程に……。



 ルーリアロボによって斬り飛ばされた、エクスレイガの左腕がくるくると宙を舞っていった。



 切断面から翡翠色の粒子を噴き出しながら、和菓子屋の駐車場へと、エクスレイガの左腕が……落下していく。



「あ…あぁ……」



 時緒の唇が震える。


 その光景は、今の時緒から戦意を削り取るのに充分過ぎるものだった。


 思い通りにならない強大な力を前にして、時緒の心の奥底で、彼の純粋たる部分が悲鳴をあげた。


 汗が止まらない。


 勝てない。


 勝ちたいのに。


 勝たなきゃいけないのに。


 勝てない。勝てない勝てない勝てない勝ちたい。


 ……頭が痛い。


 


「…?う…!?ご、ごほっ!?」



 突如、急に今まで感じた事のない重苦しい倦怠感が時緒を襲った。



「…?ぅ…!な…な…ん…!?」



 自分の身体に起きた異常に、時緒は混乱する。


 ディスプレイには、【パイロットのバイタルデータに異常を確認。ルリアリウム・レヴをアイドリングモードへ移行します】とメッセージが浮かび上がっていた。


 何が……何が起きている……!?


 倦怠感だけではない、頭痛と悪寒が、まるで波のように何度も何度も迫り来て時緒を襲う。


 汗が滝の様に流れ出す。


 胃が痙攣し、その苦しさに時緒はえずいた



「ぅ…げ…ぇ…?ごほっ…ごぼっ!?」



 時緒が吐き出した胃液が、ディスプレイをべとべとに汚した。



『む?どうした?トキオ?』



 シーヴァンの声が、酷く遠く、擦れて聞こえた。




 ****



「む!?」シーヴァンは首を傾げた。



 先程まで、拙いが真っ直ぐで気持ちの良い剣術で戦っていた隻腕の巨人の動きが止まり、ゆるりと膝をついたのだ。



「む?どうした?トキオ?」



 視界の端に浮かぶ砂嵐画面にシーヴァンは訪ねる。



『ぅ…ぁ…』



 画面からは”トキオ”と名乗ってくれた地球人の苦しげな呻きが聞こえてくる。


 普通ではない。


 嫌な予感にシーヴァンの尻尾の毛がぞわりと逆立った。



「どうした…!?トキオ!何があった!?」

『………』

「言え!トキオ!?どうした!?」

『…気持ちが…悪い…っ』

「気持ちが悪い?駆体酔いか?それなら直ぐ効く良い薬草を……」



 そこまで言いかけて……シーヴァンは表情をみるみる険しくした。



「トキオ…?正直に答えろ!悪寒、頭痛、あと…汗も止まらないのではないか?」

『ぇ…?』

「どうなんだ!?」



 数秒経って弱々しいトキオの返事が返ってきた。



『は…ぃ。全部…合ってます…』



「…っ!」苦々しい表情でシーヴァンは天を仰ぐ。



「馬鹿野郎ッ!その症状は《ルリアリウム酔い》だ!ルリアリウムに精神力を吸われ過ぎたからだ!今直ぐ駆体を停止させろ!死んでしまうぞ!?」

『…へ?る、りあ…?』

「ルリアリウムはお前の精神力をエネルギーに変える…!無茶な駆動でお前は力を吸われ過ぎたんだ!トキオ…お前…その巨人に乗る以前に…ルリアリウムの順応訓練は受けたのだろう…!?」

『…いえ…エクス…レイガに乗ったのは…昨日が初めてで…る、るりあ何とかも…知らなくて…』

「…何だと…?」



 シーヴァンは愕然とした。


 ルリアリウムの事も碌に知らず、今の今まで戦っていたのか!?


 このトキオとかいう地球人は……どれだけ命知らずなのか!



『う……ぅぅ……』

「何という無茶を…!ルリアリウムに慣れないまま戦うとは…!」



 トキオへの苛立ちと哀れみに、シーヴァンの噛み締めた奥歯がぎしりと軋んだ。




『うぷぷぷぷ〜〜!聞いちゃった聞いちゃった〜〜!』

「…ティセリア様…?」



 突如、シーヴァンの目の前にホログラムが浮かび上がる。そこには、小さな球状の菓子を頬張るティセリアの笑顔があった。



『おバカな地球人ヤツ〜!ルリアリウムのじゅんのーくんれんなんて、いまどき幼騎生だってやってるコトなのョ〜!』



 ティセリアはその小さな拳を興奮気味にぶんぶん振り上げた。



『う〜!シーヴァン!そのままやっつけちゃえ〜!!』

「…………」



 モニターの中ではしゃぐティセリアの命に肯定も否定もせず、シーヴァンは膝をつく巨人を見据えた。


 どうやらトキオは戦う事をまだ諦めてないらしい。巨人は時折起き上がろうとして、また膝をつく。その動作を繰り返していた。



 無駄な足掻きだ。



 やがて……巨人の手にした剣の光刃は、ボロボロと醜く風化し、消えていった……。


 巨人の双眸にも、もう光は灯っていない……。


 巨人の操主が、騎体を動かす精神力すら失った証拠だ……。



「もう良い、トキオ……」



 シーヴァンは愛騎ガルィースを、ゆっくりと巨人に近づける……。



『うゅ〜!いけいけシーヴァ〜ン!』興奮したティセリアが玉座の上で跳ねる。



『早くソイツやっつけて〜!早く帰って来てあたしといっしょに遊ぼ〜ョ〜!』

「…………」



 シーヴァンの鋭い眼光が巨人を睨め下ろす。



「もう少し……楽しめると思ったんだが……」



 ガルィースの右腕が高く掲げられ……。



 その手甲から伸びる山吹色の光刃が……。



 巨人エクスレイガの頭部目掛け、振り下ろされてーー。




 続く

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