第三部 天壌無窮の刃

第85話 帰ってきた日常、変わってきた日常:エニシ・キブシ

 スノウたちが地球圏へと帰還して1か月後、サンクトルム校内は異様に活気づいていた。

 学内のいたるところで機材が搬入され、白いテントが建てられている。

 広場では大きなステージが作られていて、そこで何人かがタブレット片手にああでもないこうでもないと打ち合わせをしている。

 学内が活気づいているのは数日後、学祭が催されるからであった。飲食物販売・展示発表・物販・エグザイム操縦体験会など、有志の様々な出し物で広大な敷地が満たされていく様は、この時期のサンクトルムの風物詩だ。

 メインステージではミスコンや有名人を招いたトークショー、有志のバンドといったポピュラーな催し物が行われる他、目玉とされるのが最終日に開催されるシミュレータを使った武闘会だ。毎年、色々なルールの元で腕自慢たちが戦いを繰り広げる様子は見るものを興奮させるとして、これを見ずに学祭は終われないと言い切る者がいるほど人気な大会となっている。

 さて、そんな学祭のために多くの学生たちが準備をしている中、スノウたちはというと……。


「頼まれていたもの、持ってきました。ここに置いておけばいいですか?」


 他の学生たちの手伝いをしていた。

 自分たちで出店しようにも、地球圏に帰ってきてからも取り調べや勲章授与式、学校への報告などで忙しくそちらに費やす時間などなかった。だが、せっかくの学祭だから、せめて手伝いだけでも関わりたかったのだ。

 荷物を指定された場所に置いて、ひと休み。ラウンジで手伝いのお礼におごってもらった缶ジュースを飲みながら秋人は言う。


「しっかし、どこもかしこも学祭、学祭だなぁ」

「サンクトルムの学祭は昔から校内全部を使った巨大イベントですからね。そう言いたくなるのもうなずけます。

 ふたりとも、学祭には参加したことありますか?」

「去年来たときはエグザイムの操縦体験やったな。めっちゃ人いたから1回しかできなかったけど」

「僕はない」

「なら、きっと圧倒されると思いますよ。学校外の人もたくさん来ますからね」

「学校外の人か。

 今ですらたくさんの視線があるのに、もっと視線を感じることになるね」


 スノウの言葉に、秋人は肩をすくめる。


「俺たちが<シュネラ・レーヴェ>に乗っていたのはもう1か月も前だっていうのに、まーだ視線が痛い……」

「人の噂も七十五日と言いますし、耐えるしかないでしょう」


 アベールは口ではそう言いつつも、うんざりとした顔をしていた。

 3人が辟易としているのは、サンクトルムの学生たちの好奇の視線だ。

 というのも、スノウたちが<シュネラ・レーヴェ>に乗って遠征し、勲章を授与されたことが学校内にすぐに知れ渡ったためだ。

 どの学生が優秀だったか、どういった訓練を課せられたかとか、教官はどんな人だったかというのは遠征実習の後にされる最もポピュラーな話題だ。この年もそういった話はあった。

 だが、その実習によって勲章を授与されるというのは前代未聞なことだったため、驚きをもって迎えられた。

 それからというものの、<シュネラ・レーヴェ>に乗っていた学生たちは悪く言えば値踏みされるような視線にさらされる羽目になったのである。

 1か月経ったからあと45日も耐えなきゃいけねえのか……などと秋人が思っていると、スノウがおもむろに立ち上がる。


「どうした?」

「約束の時間だからロマニー先輩に会ってくる」

「定期健診ですか」

「そう。じゃあ、行ってくる」


 自分に刺さる視線をものともせず、スノウは歩き出した。




 サンクトルムに看護科の本拠地……サンクトルムの附属病院で検査を受けたスノウは診察室でマロンと向かい合って座っていた。


「ここの設備が整っているとはいえ、ここまで治っているなんて凄まじい回復力ね……。日常生活に支障はないでしょう?」

「そうですね。さっきもそれなりの重量のものを抱えましたけど、違和感はあんまり」

「でも、回復したからと言ってすぐにエグザイムに乗るなんてことはしないように。ゆっくりと体を本調子に戻していきなさいね」

「極力そうします」

「絶対にそうしなさい!」


 絶対にそんなつもりがないな……と態度から察してマロンは念押しする。

 その言い方がいつものマロンより荒っぽく感じたので、スノウは言う。


「言い方がらしくないですけど、先輩もお疲れなんですか?」

「そーよ。後輩たちから<シュネラ・レーヴェ>の中はどうだったとか、勲章を見せろだとか、色々聞かれて大変なのよこの1か月。なーんで女子ってああもおしゃべりが好きなのかしらね」

「先輩も女子でしょう」

「へん、君より2コ上なんだから立派な大人の女ですわ。

 って私なんかより君の方がよっぽど大変でしょう。学生たちの流言飛語で、変に注目されて……」


 <シュネラ・レーヴェ>に乗っていた学生たちが奇異の目で見られているのは先に挙げたとおりだが、特にスノウとソルは環境が激変してしまった。ふたりの実習中の活躍に尾ひれがついて伝わってしまい、やっかみで嫌がらせを受けたり、実習前には交流がなかった学生がいきなり友人面してきたり、話を聞こうと自室まで詰め掛けてこられたり、日常生活に支障が出かねない被害が出ていた。


「そういう人たちとは取り合わないようにしています。

 スフィア君は抗議すべきだと言っていましたが」

「あまり酷いようだったら抗議するべきだと思うわ」

「器物破損があればしかるべきところに言うつもりです。

 では、失礼します」

「ええ、お大事にね。さっきも言ったけど、ゆっくりと治していけばいいんだから」

「シミュレーターぐらいは乗っても……」

「1日1時間、初級コースならいいわ」

「………………」


 聞く人が聞けば家庭で許されたビデオゲームの制限時間みたいだと言えたのだが、スノウは一般家庭で育っていないので何も言えなかった。




 診察が終わった後、再度秋人とアベールのところに戻ろうかと思ったが、連絡してみると秋人とアベールも解散したようだった。

 かと言って、単独で女性陣のところへ行けばただでさえ注目されているのに変な噂が余計に広がりかねないので、雪たちと会うことも難しい。


(ロンド君は谷井さんと、スフィア君は穴沢さんと一緒にいるだろうしな……)


 そういうわけで、スノウはシミュレータールームにやって来た。せっかくマロンからも使用許可が出たことだし、鈍った体を少しでも鍛えたいという気持ちがあった。

 一応、指示通り初級コースを1時間こなす。すると、自分でも操縦に違和感があることに気が付く。


(反応神経が鈍っている……。正確には神経というより、動かそうとする腕や足の方か。敵が視界に入ってそれを認識できているのに、腕の動きが以前より遅くなってしまっている)


 しばらく車椅子に乗っていたり、ギブスをしていたりして筋力が落ちているのだ。通常の生活ができる水準まで筋力が戻ってきていても、エグザイムに乗った戦闘がこなせるほどの体には戻れていないことの何よりの証拠だった。


(最初にここのシミュレーターで初級コースをやった時にも発見があったけど、こうしてまたやってみるといろんな気付きが得られるなぁ)


 今後もたまには初級コースをトライしてみてもいいかもしれない、とそう思った。

 1時間のシミュレーションを終えて特にやることもないので、そのまま観戦モードに切り替える。


「さすがに、みんな学祭の準備しているからシミュレーター使っている人は少ないな」


 いつもだったら数えるのが面倒なぐらいアクティブ状態のシミュレーターがあるが、今日は片手で数えられるほどしかなかった。

 選ぶ手間が少なくてこれはこれでいいや、と思いつつ適当なシミュレーターを選んで観戦することにした。

 シミュレーターを使っているときは名前を公開することもできるが、その操縦者は匿名だった。


(どんなことをしているかな……)


 観戦を開始すると、仮想空間の戦場を俯瞰する神の視点にスムーズに切り替わる。

 まず、操縦者は一般的な<オカリナ>を操縦している。それは別におかしなことではない。問題は敵の数と作戦目標だった。


(敵が無限湧き、勝利条件が1時間の生存、あるいは一定数の撃墜……。どういう目的でこれをやっているんだろうか?)


 そんなことを考えている間に<オカリナ>が動き始める。最初は低速で、しかしすぐに最高速度にまで達し、敵の軍団に突っ込んでいく。


(それは無謀すぎる)


 カメラを<オカリナ>の後方からの視点に切り替える。

 <オカリナ>は両手に持ったブロードブレードで1機目の<DEATH>の胸部装甲の隙間を貫く。そして、そのままそれを蹴り出して集まっている敵にぶつけ誘爆させる。その間にも次の標的を斬りつけ、それを踏み台にし攻撃を避けるといった曲芸じみたアクションで次々と敵を撃墜していく。

 その光景はすぐ物量に押されて撃墜されてしまうだろうというスノウの想像を超えるものだった。

 その後も<オカリナ>は手近な敵を倒していく。それは無軌道のように見えて、囲まれないように細やかに位置を変えて、撃墜数を増やしていった。

 しかし、それも30分を過ぎたあたりでブロードブレードが折れると、増加の具合が目に見えて減っていく。そして、45分過ぎたあたりで砂糖に群がるアリのような攻められ方によってとうとう撃墜されてしまった。


(…………これは『あの時の状況』の再現だ)


 スノウはそのシミュレーション中に気が付いたことを改めて思う。

 この<オカリナ>のパイロットは、<シュネラ・レーヴェ>遠征中のスノウの孤軍奮闘を再現し、それを追体験していた。

 「スノウ・ヌルという奴はこの軍勢から何時間か耐えきり、母艦の防衛をやり遂げたらしい。俺ならどうだ?」という挑戦を行っていたんだとスノウは考えた。

 結果的に勝利条件達成の前に撃墜されてしまったが、このパイロットが自分より劣るとは考えない。


(推進力・継戦力で<リンセッカ>に劣る<オカリナ>で、これだけ戦い抜けるのは驚異的だ。相当な腕を持つパイロットなんだろう)


 そう思っていると、観戦モードが解除されてしまう。そのパイロットがシミュレーターを使うことをやめたからだ。


「…………終わりか」


 正直に言えば、もっとそのパイロットの操縦を見ていたかったが終わってしまったものは仕方がない。スノウも帰り支度を整える。


(同期であれだけの戦いをできる人はいないはず。となると、先輩が操縦していたと考えるべきだろう。…………同世代であれだけできる人がいるなんて、サンクトルムの人材は豊富だなぁ)


 自分よりも腕の立つ人はこの世界にたくさんいる。知識としてはあったが、それを強く実感させられる戦いだった。

 願わくばまたそのパイロットの戦い方を見てみたい、そんな気持ちを抱いたままシャワーを浴びてシャワー室から外に出ようとすると、見知らぬ男がふたり道をふさぐように立っていた。

 薄ら笑いしている、おそらくは学生であるそのふたりの様子を少し訝しがりながら話しかける。


「すみません、そこを通していただけますか?」

「とんでもねえよ、お前を待っていたんだ」

「何か御用で? 失礼ですが、僕と貴方たちは初対面だったと思いますが……」


 するとふたり組は大声で笑いだした。今はシャワー室にほとんど人がいないのでまだいいが、普段なら大迷惑だっただろう。

 状況に救われたふたりは、スノウの質問に答えず言う。


「銀河を埋め尽くすほどのデシアンを叩き潰したって聞いたからどんな猛者かと思っていたが、こんな覇気のねえ貧相な奴だったとはな」

「エグザイムに乗るより、三輪車に乗っている方が似合うんじゃねえか」

「はあ、そうかもしれないですね」


 スノウは特に反論しなかった。

 しかし、それが気に障ったらしく、片割れがイラついたように言う。


「お前、本当に大量のデシアン相手に戦い抜いたのかよ。とてもそうは見えねえぜ」

「ご想像にお任せします」

「おい、面を貸せよ。シミュレーターでお手並み拝見って奴だ」

「今しがたシャワー浴びたところ悪いけどよ」

「お断りします。

 遠征の時の怪我が治りきっておらず、医者にシミュレーターは1日につき1時間までしかやってはいけないと言われているので」

「お、負けた時のための言い訳か?」

「ビビってるからそんなこと言って模擬戦から逃れようとしてんだろ。とんだ腰抜け野郎だな!」


 そう言って、またふたり組は笑う。

 早くどいてほしいというスノウの気持ちは届かないようなので、彼らに付き合って適当に負けてやるか、この場で彼らを叩きのめし無理やりどかすかスノウが考えていると、片割れが胸倉をつかんでくる。


「てめえ、なんだそのふざけた面は! 動物園のヤギに500円以上する結構高い餌をやるかどうか考えている子連れの親みてえな顔で俺たちを馬鹿にしてんのか!」

「おっしゃっている意味がわかりませんが」

「うるせえ! やるかやらねえかどっちなんだよ!」

「やらないとさっき言いましたよ」

「いちいち癇に障る言い方しやがって……! 痛い目みてえようだな!」


 拳を振りかぶる片割れに対し、スノウは反撃を試みようとした。


「やめておいた方がいいぜ」


 しかし、後ろから聞こえてくる声がそれを止めた。

 スノウがなんとか上体をひねってその声がした方を向くと、そこには鷹のような鋭い目をした、端正な顔立ちの青年が牛乳瓶片手に立っていた。

 なんだこいつ、とその場にいた3人が同じことを考えていると、その青年は牛乳瓶をあおる。


「なんだてめえ……。コイツをぶちのめした後にてめえも血祭りにあげてやろうか!」

「そいつから発せられるモノを感じ取れないようじゃ、俺にも勝てない。

 それに、たとえ俺をぶちのめしたって、お前らの面も名前も知ってるんだぜ、ルウム・マー、バン・ティンプ。

 これがどういう意味かわかるよな?」


 青年の言葉にたじろく片割れ――ルウム。

 青年は今度はスノウに言う。


「スノウ・ヌル、お前も変な事はやめろ。正当防衛が認められたとしても、時の人であるお前が暴力を振るえばあっという間に噂が広がる。お前は気にしないかもしれないが、お前の友人らはいい思いをしないだろう」

「………………」


 彼の言葉に一理ある、と判断したのかスノウも力を抜いた。


「いい子だ。

 さて、ルウム・マーとバン・ティンプ、お前たちはどうする……って言っても納得はしてなさそうな面だな」

「部外者は引っ込んでろ!」

「たりめーだろ! 横からしゃしゃり出てきやがって……!」

「ま、そうだろうな。

 もともとお前らはスノウ・ヌルをシミュレーターで負かしてやろうと思っていたんだろう。しかし、ヌルが断るから怒ったと、そういうわけだ」

「だったらなんだよ!」


 怒り狂うふたりに対して、人差し指をピンと立てて青年は言う。


「なら、提案がある。

 学祭でシミュレーターを使った大会……通称サキモリ杯があることは知っているだろう。そこで決着をつければいい。観衆の前でぶちめせたらさぞ爽快だろうし、お前たちも納得できるだろう」

「それだと俺たちのうち、片方しか戦えないじゃねえか」

「そのことについては問題ない。今年は片方が操縦・片方が火器管制を担当するタンダム仕様の特殊なエグザイムを使うルールだ。これならお前らふたり一緒にスノウ・ヌルを相手にできる」

「エントリーは? もうすでに締め切っているはずだ」

「幸い俺は運営側にツテがある。俺が口利きすればエントリーを増やすぐらいワケない。

 つまり、気兼ねなくやれるってわけだ。もっとも、お前らが勝ち上がってこられるならの話だがな」


 ニヤリと笑う青年。それは明確な挑発の意思だったのだが、ふたりはそれに乗ってしまう。


「上等じゃねえか!」

「衆人環視の目の前でほえ面かかえてやる!」

「なら決まりだな。ちゃんと当日逃げないで来るんだぜ」

「こっちのセリフだ! 行こうぜ」

「応よ」


 三下のような捨て台詞を吐いてルウムとバンはシャワー室を後にした。

 残されたスノウは、青年に言う。


「その試合を行うことに僕の意志が反映されていないんですが」

「ま、そう言うなよ。イベントには目玉ってモンが必要なんだ。野球なら有名人の始球式、オリンピックなら聖火の点灯、格闘技ならモハメド・アリとアントニオ猪木の試合みたいにな。…………最後は違うかな?」

「最後については知りませんが、言いたいことはわかります」

「噂に聞いていたよりは話がわかる奴だな。

 まあ安心しろ。何もお前ひとりであいつらを相手させようなんて酷いことはしない。俺がお前の後ろに乗ってやる」


 任せとけ、と言わんばかりに牛乳瓶を持った手で青年は胸を叩く。

 しかし、そんな申し出をもろ手を挙げて賛成できるほど、彼を信用できるわけではない。


「仲裁していただいたことには感謝しています。極力穏便に決着がつくようにはからっていただいたことにも。

 しかし、それ以上の施しをするのはなんでですか?」

「かつて地球のアジアにあった日本という国ではな、『袖振り合うも他生の縁』という言葉がある。要するに出会いを大事にしろよってことだ。ここでこうして俺とお前が巡り合ったのも、偶然ではない何か大事なことだってことさ。

 それにな、俺はお前に施しを与えようってんじゃないぜ」

「では、どういった理由なんですか?」

「楽しそうだろ? <シュネラ・レーヴェ>を救った英雄と、それに難癖付ける馬鹿どもの喧嘩に混ざるの」


 そう言って青年は新たな玩具を見つけた子供の笑顔を浮かべた。

 この端正な顔立ちをしつつも底知れない雰囲気を持つ青年との出会いが、スノウのこれからを変えてしまうことになろうとは、スノウは知る由もなかった。


                                  (続く)

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