第64話 男が散った代償:迫るシャクナゲ

 スノウが、アベールが重傷を負ったことを知ったのは、しんがりを最後まで務め格納庫に戻ってきた時だった。

 <リンセッカ>から降りてすぐ、いつもならダメージをどのくらい受けただとか、武器の使用感がどうだっただとか、そういう報告を整備科の学生にするのだが、この時は慌てた様子で事情を説明してきた。


「ヌル! 今戻ったのか!」

「うん。とりあえずダメージは脚部装甲の―――」

「報告はとりあえずいい! 医務室へ行け!」

「…………?」

「オーシャンが……、アベール・オーシャンが撃墜された! 今医務室で治療を受けている!」


 そういうわけで整備科の学生に背中を押されスノウは医務室にやってきた。

 扉を開けると、そこには神妙な顔をして壁にもたれる秋人、応接用の椅子に座るナンナ、そしてその対面に顔を手で覆って泣いている佳那とそれに寄り添う雪、その4人の姿が見えた。

 スノウが入って来るや否や、秋人がスノウに駆け寄る。


「お前も戻って来たか……。しんがり、お疲れさん」

「大したことじゃない。それよりアベールが撃墜されたって?」

「…………ちょっと来い」


 秋人はスノウの腕をつかんで無理やり廊下へ連れていく。医務室から少し離れたところで、秋人は話を切り出す。


「お前がしんがりを務めた後、アベールは逃げ遅れた仲間がいないか見回っていたんだがな、その最中谷井さんと逃げ遅れたもう1機をかばったんだと。

 コックピットはギリギリ避けていたみたいだが、それでも重傷なのは間違いなく今治療を受けているところだ」

「………………」

「谷井さんは自分のせいでアベールが撃墜されたって泣いてるし、アッシュは……ああ、もう1機のパイロットな、アイツは精神的疲労がすさまじいから自室で休ませてる」

「なるほど」

「なるほどってなぁ……」


 表情を変えないスノウに対して秋人は思わずイラついた声を出してしまう。


「お前なあ、俺たちのダチが重傷負ってんだぞ。もっとなんかあるだろ!」

「………………」

「悲しいとか、辛いとか、ねえのかよ!」

「…………それは二の次。それよりもやるべきことがある」


 そう言ってから、こんなこと言ったらまた秋人に殴られるかもしれないなぁなんてスノウは思った。思ったが、身構えても一向に拳は飛んでこない。

 秋人は悔しそうに握り拳は作っていたものの、ひとつため息を吐いてから言う。


「…………その通りだな。今お前に苛立ちをぶつけても何にもならねえ。アベールが治るわけでもないしな。…………悪かった」

「気にしてない。アベールがいない今、秋人だけでも冷静にいてくれればそれでいいよ。

 とりあえず僕はまた襲撃が来るかもしれないから、備えて待機しておく。みんなは休んだ方がいい」

「…………まだ、襲撃があると思うのか?」


 呆れているというよりは恐れているかのような秋人の言葉に対し、スノウは首肯する。


「今日はもうない、なんて保障はない。それに……」

「それに?」

「…………考えがまとまったら話す。

 じゃあ、僕は行くから」

「わかった」


 スノウは秋人と別れて、出撃前にアベールと話したことを思い出す。


(…………僕たちがデシアンの本拠地の方へと近づいているという仮説、これが本当だとすれば今以上に犠牲が出る。そして、おそらくこの仮説にたどり着いている者はこの艦にはもういないだろう。この仮説を知るのは僕とアベールだけ。戦いが終わればアベールがスフィア君にその仮説について相談してくれるだろうと思ったけど、そのアベールは今重傷で倒れている。

 …………元をたどれば、彼が重傷を負ったのは敵を取り逃した僕の責任だ。彼の代わりに説明しないと、これは僕の役目なんだ)


 スノウの胸に去来する使命感。その使命感がスノウをブリッジへと突き動かしていった。




 秋人が医務室に戻ろうとすると、扉の前でウロウロする人物がいた。

 その人物であるダイゴに秋人は話しかける。


「よう、ダイゴ」

「おわっ!」


 肩をビクッと震わせたダイゴは見知った相手だったことに安心し胸をなでおろす。


「なんだ、沼木か……」

「お前、こんなところで何してんだ? スノウなら待機所の方へ行ったけど……」

「今はヌルを探してるんじゃねえよ」

「そうなのか。なんかお前いっつもスノウかギルド先輩と一緒にいるイメージあったからよ」


 秋人がダイゴに対して思っていることを隠さずにそう言うと、ダイゴは顔をしかめる。


「俺だってひとりの人間なんだから、ヌルや整備科の連中や先輩以外の人との付き合いを楽しむことだってある」

「…………誰か治療を受けてんのか?」


 もしかすると今回の戦闘でダイゴの友人もまたダメージを受けたのかもしれない。そうだとしたらその気持ちが痛いほどわかるので、秋人は暗い顔でそう言う。


「だったら、今は何も出来ねえぞ。今いる看護科はほとんどが隣の治療室にかかりきりだ。医務室で待機するしかねえ」

「そういうわけじゃない。幸い俺の友人は無事……いや、お前たちの前でそんなこと言っちゃいけないよな。オーシャンがやばい状況だもんな」


 第2格納庫で仕事をしていたダイゴは戻ってきた<アリュメット>の残骸から負傷したアベールが担架で運びされるまでの一部始終を見ていた。他の格納庫でも負傷者が運ばれたとは聞いているし、彼自身何度か同じような現場を見てきたが、今回は特に彼が担当しているスノウが懇意にしている相手だったこともあったし、何より<ポワンティエ>から飛び出してきた佳那がずっと泣きじゃくっていた姿、これがひどく胸を締め付ける光景だったために、作業を終えてこうしてやってきたというわけだった。


「ヌルは……たぶん平気だと思うけど、谷井さんはどうしてる……?」

「ずっと泣いてるよ。下手な慰めは逆効果だと思って今はナンナと雪ちゃんに任せてる」

「…………そっか。同性の友達がいればひとまずは大丈夫か」


 言葉とは裏腹にダイゴの顔は暗く、拳は握りしめられていた。


「ダイゴ、お前…………」

「なんでこんなことになっちまったんだよ。なんで谷井さんがあんなに悲しまないといけないんだよ!」

「それは……デシアンのせいだろ」

「そうだ! だけど、デシアンだけのせいじゃない」


 憑りつかれたようにひとり怒りを燃やすダイゴが恐ろしく見えて、秋人は警戒しつつ聞く。


「…………何が言いてえんだ」

「何人も倒れて、何人も苦しんで、それなのに一向に状況は良くならない。状況が良くならないのは、スフィアの指示が間違っているからじゃないのか……? 今回だって出撃せず最初から全速で逃げていればこんなに被害を出さなかっただろう」

「それは俺の口からはどうとも言えねえよ。指揮官としての資質がないのもそうだけど、パイロットとしてだって半端モンだ。俺ができるのは目の前の障害を叩っ斬って仲間を守ることだけだ。だったら進退は信頼できる奴に任せる」

「俺は信用できない。スフィアも、穴沢も」

「………………」


 軍隊に籍を置いている場合、指揮官や上官を辱めるような発言をすれば反乱行為と取られてもおかしくない。ここにいるサンクトルムの学生たちは軍人ではないが、名目上ソルを艦長とし、その指揮下で動いている以上は上官を無能と断定するダイゴは反乱者と言えるだろう。だから、秋人は彼をここで捕縛するべきだろうかと思案したのだが……。


(谷井さんを想って混乱してるなこりゃ。冷静な状態じゃないから、反射的に言葉が出てしまったのかもしれねえ。俺の独断で捕縛するわけにはいかねえだろう。本当に反逆の意志があるなら、その時はスノウにやってもらうか)


 様子見がいいだろうとそう判断した。また、スノウが信頼している者がまさか本心からそんなことを考えているなんて思いたくなかった、という希望もあった。

 だが、それこそが間違いだと指摘してくれる者は誰もいなかった。仮に誰か他にいたとしてもそれを指摘できたかどうかは怪しい。まだ軍人ではない、ティーンエイジャーの精神では「こうあってほしい」という希望的観測を選んでしまったのだ。

 ダイゴから感じた狂気。それがひとりだけが纏うのではなく、艦内を徐々に包もうとしている……。




「――――と、アベールと僕は考えた」

「………………」


 ブリッジでスノウはひと通り『自分たちはデシアンの本拠地に近づいて行っているのではないか』という仮説を報告した。

 それに対するブリッジのスタッフたちの反応は様々だったが、その中でもカルマは興味深そうに聞き返す。


「敵の襲撃が増えていることと、敵が散発的に攻撃を仕掛けてきていること、それが根拠だと?」

「検証の仕様がないから、根拠はそのぐらいだけど」

「その仮説を唱えて、貴方は何がしたいのクズ虫」


 ソルの隣の席から冷ややかな視線を浴びせる黒子を一瞥もせずにスノウは首を横に振る。


「僕はどうもしない。この仮説を聞いてどうするかは艦長代理であるスフィア君に任せる。その上で命令があればそれに従うだけ。

 …………この仮説を考えたアベールがどうしたかったかはわからないけどね」

「…………君の主張はわかった。とりあえず、即断はできないから考える時間をくれ」


 ソルはスノウに返答した後、ブリッジにいる全員に向かって言う。


「今ここで聞いたことは混乱を生みかねないから、ひとまずここだけの秘密としよう」

「いや、全員に言うべきだろう!」


 カルマが興奮しながら立ち上がって言う。


「全員にこの話をして、その上でどうするかを民意で決めるべきだ。艦長と言えど、こんな重要な決断をするのはあまりにも横暴が過ぎる!」

「話すにしても、俺が答えを持ってないのでは余計な混乱を招くだけだ! 何も永遠に黙って俺だけが艦を動かすつもりはない! …………ひとまずは、俺を信じてくれ」


 真剣な面持ちでソルはそう言ってひとまずその話は終わりになった。箝口令が敷かれ、スノウもその仮説を他言しないように指示された。その判断が耐えがたい苦しみを招こうとしているのを、ソルも誰も知る由はなかった。




遠征11日目 乗組員:200名 負傷者:12名 死傷者:3名

                                  (続く)

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