第44話 防人の話:謁見するはオウカ
無事にL1宙域についたふたりは、値段を言うのも聞くのもはばかれるホテルに1泊し、再び宇宙船に乗って目的の宇宙ステーションに来た。
宇宙船から降りたら屈強なガードマンたちがやって来て、厳しい手荷物チェックを始める。
スーツケースの荷物はもちろん、手持ちのバッグや着ている服の小さなポケットの中までひとつひとつ検査にかけられる。
それが終わったら個室へ行くように指示を受け、そこで特殊なエアシャワーを受けさせられた。
「これは?」
「滅菌だ。悪性の細菌やウイルスを持ち込まないようここに来る者には全員にやってもらっている」
「そういうことでしたか」
滅菌シャワーを浴びればスノウは自由の身になった。だが、雪の方はまだガードマンとやり取りをしている。身分証を見せたり、入場目的を説明していて、全部終わって解放されたのはそれから10分後のことだ。
「入るのも結構手間なんだ。知らなかったよ」
「L1宙域の宇宙ステーションはだいたいどこもこんなもんだよ」
「…………住んでいるのが、富裕層だから?」
「たぶんね。
あ、伯父さんの家まで遠いから、タクシーを利用しようか」
タクシーと言っても、21世紀のそれとはだいぶ違う。
まず、運転手がいない。運転はすべてオートメーションで行われる。
見た目は寝かせた卵型で、地表との反磁性で浮き上がり全体に存在する推進剤によって移動する。卵に穴が開いていてそこから推進力が噴き出すことによって動くと言えばイメージしやすいだろうか。
そんなタクシーを使ってふたりは移動を開始した。
「どこの家も、かなり広く豪華だね」
「そうだねぇ。あたしたちでも知っているような大企業の社長さんとか、統合政府のお偉いさんとか、そういう人たちが住んでいるから」
窓の外を見つつそんな話をしていると、タクシーが止まる。
「あ、ついたよ。降りて降りて」
「了解」
タクシーから降りて見えるのは大きな木製の門。黒い瓦屋根が重厚な歴史を感じさせる。
塀から覗く松や梅の木はよく手入れされていて、今の時期が春であれば美しい花をつけていただろう。
伝統的な日本家屋、見るものが見ればそう表現せざるを得ない景色だ。
雪は大きな門の傍らに設置されたインターホンを鳴らして話し始める。
「雪です、ただいま戻りました。
―――ええ、今日は事前に説明した通りもうひとり連れてきておりますので。
はい、承知いたしました。では」
話し終えてからそう間も置かず大きな門が重々しく開いていく。
「じゃあ、ついてきて」
門の中に踏み入れると…………美しい日本庭園がふたりを迎えてくれた。
外からも見えた松と梅は、全容が見えてもやはり美しい。
飛び石で作られた道の脇には美しい草花が咲き、途中に見えた池には鯉が飼われていた。
橋を越えしばらく歩くと、瓦屋根の大きな屋敷に着いた。
「………………」
「どうしたの?」
「…………君の伯父さんは、ずいぶんな大物なんだなって」
L1宙域に来ておいて今更も今更な発言だが、とにかくこんな大きな家を構える雪の伯父とは何者なんだろうか、とスノウは思った。
雪が玄関の扉を開ける。すると扉の向こうに立っていたのは、和服を見に包んだ40歳ほどの細身の女性だった。
「おかえりなさいませ、雪様」
「ただいま戻りました。パインさんも元気そうで」
恭しく頭を下げる女性・パインに対して、雪が笑顔でそう言うと、パインも微笑む。
「ええ、心身ともに健康であることもわたくしの仕事のひとつですから。
それで、そちらの方が雪様のおっしゃっていた……」
「スノウ・ヌルです」
「ええ、ええ、伺っておりますわ。いらっしゃいませ、スノウ様」
スノウに対しても恭しく頭を下げる。スノウはどうしたらいいのかわからないので、見様見真似で同じように頭を下げた。
さて、そんな風に挨拶も終えて、パインは話を切り出す。
「さて、雪様。ご主人様がお待ちですから、荷物はわたくしに預けてご主人様の部屋へどうぞお急ぎください。スノウ様は……」
「…………スノウも連れていきますから、スノウの荷物もお願いしますね」
「ええ、承知致しました」
「じゃあ、行こ」
「了解」
パインに荷物を預けて、スノウは雪の少し後ろについていく。
長い廊下を歩いている最中、やおら雪が口を開く。
「パインさんってさ、代々伯父さんの家系に仕えている従者なんだよ」
「代々……」
「うん。ほら、うちの家系って結構古いから」
「………………」
ほらと言われても雪の家系のことは知らないし、古いと言われてもそうなんだと思って終わりだ。それ以上何も言うことはない。
その話のあとは沈黙を保ったまま、雪は突き当りのふすまの前で止まった。
「ここが伯父さんの部屋なの。…………ごめん、入る前にちょっと気持ちを切り替えるから待って」
雪は小声でそう言って、何度か深呼吸する。そして、廊下に正座した。
「…………ほら、スノウも座って」
言われた通り座る。ただ、正座なんてやったことがないので、やはり見様見真似。
スノウが座ったことを確認して、雪は再び深呼吸。そして、ふすまの奥に声をかける。
「伯父上、北山雪ただいま参りました」
『…………入れ』
「失礼致します」
聞くもの全てを凍り付かせるような冷たい声にスノウは聞き覚えがあった。間違いなく知っている人物の声なのだが、その既視感はふすまが開かれた瞬間に確信へと変わる。
「防人、王我……!」
立派な掛け軸と盆栽、質素な机が置かれた和室で、地球統合軍総司令にして大戦の英雄サキモリ・エイジの子孫である防人王我が座っていた。入学式の来賓に来ていた時に身に着けていた軍服ではなく、和室に調和した渋い色合いの和服を身に包み冷たい笑みを浮かべて。
雪は緊張した面持ちで下座へ進み、ゆっくりと座る。スノウもそれに続く。
「ご無沙汰しております、伯父上。北山雪、参上致しました」
「…………フッ」
「………………」
「ほら、スノウも……」
「えー……、初めまして、スノウ・ヌルと言います。よろしくお願いします」
雪に催促されスノウもまた挨拶したのだが、王我は冷たい笑みのままあざける様に言う。
「貴様が雪が言っていた者か。どんな人間かと思えば礼儀を知らんらしいな」
「こういった場での礼儀作法は無知なもので」
「まあ良い。サンクトルムの学生なら、いずれ私の駒となるだけだ。せいぜい腕を磨くのだな」
王我がスノウに関心を示したのはそこまでだった。
「では、雪。報告しろ」
「はい……。
学業の成績については、すでに通達が行っている通りです。
すべての教科において―――」
「フン、下らん。そんなことは貴様の言う通り通達を見ればわかることだ。一度見ればわかることに一々時間をかけるな愚図が」
「…………申し訳ございません」
横目で見るも伏し目がちな雪の表情は読めない。その表情は、そして胸中は悲哀か怒りか。
感情を極力押し殺した声で雪は問う。
「では、私は何を報告すれば……」
「そんなこともわからないのか、阿呆が。それともわかっていて言いたくないのか? 偉くなったものだな」
「………………」
誰にも見せず、誰にも悟られないように雪は思い切り奥歯を噛み締めた。砕けんばかりに噛み締めた。
「どうした? 報告できないことはあるまい」
「…………まだ、伯父上の跡を継ぐ男性と出会えておりません」
「意味が解らんな。もっと端的に言え」
「…………お付き合いをしている男性はおりません」
絞り出された言葉にほとほと呆れたのか、王我はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「隣の男は違うのか」
「彼は、違います」
「ではなぜ連れてきた」
「…………ただの、付き添いです」
「…………フン。ならばさっさと見つけることだな。さもなくば、私が見繕った者と子供を作ってもらう」
「………………」
「だが、私とて親族であり弟の忘れ形見である貴様を粗末に扱うつもりはない。20歳までは待ってやる。―――もはや言い飽きたことだがな」
「…………ご厚意に感謝致します、伯父上」
「ではさっさと失せろ。私は貴様と違って暇ではないからな。
家にいる間は好きにして構わん。だが、両親の迎えだけはしておけ」
「承知致しました。
では、失礼致します」
頭を下げ、雪とスノウは退室した。
静かになった和室で、王我は言う。
「…………パイン、いるか?」
「ここに」
天井裏からスッと降りてきて、王我の前に膝まづくパイン。
王我は鋭い視線をふすまの方へやる。
「雪と一緒に来たあの男、確か先日の一件で新種のデシアンを撃墜した者だったな」
「その通りでございます」
「奴を調査しろ。抜かりなくな」
「はっ。
ところで王我様、ひとつご報告が」
「言ってみろ」
「賊が入り込んでいたので捕縛しております。いかがいたしましょう」
「いつも通りやれ。こちらも抜かりなくだ」
「はっ。スノウ・ヌルの調査と賊への拷問、抜かりなくやって参ります。では」
パインは返事をして降りてきた時と同じよう素早く天井裏へ去っていく。
「…………防人の人間は、強くなければな」
王我はそう言って冷たく笑った。
(続く)
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