第43話 遅延はいつの時代でも:ギボウシの精神で
スノウと雪が昼食を食べ終えてまったりしていると、突如機内放送が鳴る。
『乗船中のお客様へ連絡いたします。
現在当機はL1宙域に向かって航行しておりますが、進路の途中に障害物があることが判明しましたので、予定のルートを変更し迂回いたします。
このルート変更により、到着時間が1~2時間ほど遅れますことご了承ください。
ご理解のほどよろしくお願いいたします』
その放送を聞いて、船内は少しざわめく。航路の迂回をすることは珍しいことでありそれで不安になったり、何か約束があって船に乗っていてその時間がズレてしまうという危惧があったり、理由はさまざまだ。
「…………障害物か。大型のデブリか何かかな」
「はぁー、あたしたちもつくづく運がないね……。到着が遅くなっちゃうなんて」
他の乗客と同じように、少し不安げな雪。
「でも、事故が起きるよりよっぽどいいもんね……」
「遅いと何か問題がある?」
「そういうわけじゃないけど。あんまり遅いのはちょっと明日に差し障るかなって」
もとより夜に目的のホテル到着する予定だったのに、それよりさらに遅くなるとすると寝るのもかなりズレ込むだろう。明日は万全の体勢でいたい、というのが雪の正直な気持ちだ。
「明日に差し障るなら、できれば早く着いた方がいいね」
「そうだけど……。そうは言ってもどうしようもなくない?」
「…………物は試し、かな」
スノウはそう言ってシートベルトを外す。
「ちょっ、どこ行くの?」
「客室乗務員さんに話を聞いてくるよ。何かできることがないか」
周りを見渡して客室乗務員を探す。
窓にべったり張り付いて様子を見る少年。
不安そうに連れの男性と会話する若い女性。
よだれを垂らして寝ている壮年の男性。
他、さまざまな様子の客が視界に入る中、スノウは見つけた。
客室乗務員とそれに詰め寄るスーツ姿の中年の男性。
「おい、遅れるってどういうことだよ!」
「申し訳ございません。進路に障害物が見つかりまして、それを迂回するために―――」
「そうじゃねえよ! こっちは大事な用で向かってるんだ、それがご破算になったらどう責任取ってくれるんだよ、ああ!?」
中年の男性は唾をスプリンクラーみたいに飛ばして怒鳴る。顔は真っ赤で怒り心頭といった具合だ。もっとも、大事な用ならもっと早い便に乗っていろという話なのだが。
強烈なクレーマーに対しても顔を申し訳なさそうな顔を崩さずひたすら謝る客室乗務員。
さて、そんな状況なため普通なら話を聞けそうもないが、むしろこれはチャンスだとスノウは思った。
(このおじさんも早く着きたいわけだから、何かしら障害物を除く手段があれば怒りを抑えてくれるだろう)
スノウの視線の先でヒートアップする中年の男性に対して、客室乗務員は頭を下げる。
「申し訳ございません」
「申し訳ございませんで済むと思ってんのか!? だいたいだな、こういう船にはエグザイムの1機や2機くらい積んであんだろ! それでどかせよ!」
「申し訳ございません、それができない状況で―――」
客室乗務員は事の詳細を知っている。進路にいるのがデシアンで、それは今は活動を始めていないが危険ではあること。そのために迂回を決めたこと。
だが、混乱を避けるためにそれは客には言えない。その認識の齟齬がクレームを生み出していた。
デシアンをどうにか破壊できればいいのだが、乗務員にはウェグザイムに乗れる者はいても戦闘機動ができる者がいない。それならば迂回という手段を取るのも仕方のないことだが……仮に戦闘訓練を積んでいる者がいれば―――話は違ってくる。
「僕はエグザイムの操縦ができますが、何かお役に立てますか?」
突然話しかけてきたスノウに、中年の男性と客室乗務員は目を丸くする。
「なに?」
「お、お客様? それは本当でしょうか?」
「ええ。ライセンスもあります」
さっとライセンスを見せる。入学当初は持ってなかったが、アベールに勧められてつい先日第二級ライセンス(20m未満のウェグザイム・セグザイムの操縦可)を取得したのだ。
「…………機長と相談して参ります。少々お待ちください」
ライセンスを見せると、考えるそぶりをしてから操舵室へとはけていく。
「兄ちゃん、何モンだ?」
「………………」
「けっ、面白くねえ奴だ」
約10分後、帰ってきた客室乗務員は神妙な面持ちでいる。
「お客様、ご迷惑をおかけいたしますが、操舵室までご同行願えないでしょうか? 機長が話をしたいとのことですので……」
「わかりました」
客室乗務員に付いて行った先の操舵室で、スノウは機長と会った。
「君がライセンサーかね?」
「はい」
「若いな」
馬鹿にするでもなく、悲観するでもなく、ただ事実を言うだけの口調。副操縦士と客室乗務員が顔をしかめるものの、機長は同じ調子で言う。
「ライセンサーと聞いて期待したが、君のような若者とはな。
まあいい、まずはこれを見てくれ」
機長は手でディスプレイに映る<DEATH>を示す。
「我々の進路をふさいでいるのがこのデシアンだ。今は動きを見せないが、いつ動くともわからん。撃破しようにも我々の中にセグザイムを満足に操縦できる者もいない。
そのため、迂回し安全に行くことを考えたのだが…………君にこれの排除ができるかね? もしできるのであれば迅速に排除いただき、本来のルートで航行できるのだが」
「この船に搭載されているセグザイムは?」
「<イワト>だ。アメツチ製のな」
「<イワト>ですか」
アメツチというのは、地球圏で最大手の総合警備会社である。常駐警備・身辺警護やホームセキュリティや防犯グッズの販売、防犯コンサルティング等をメインの業務としているが、創業当時からエグザイムの販売・貸出業務もしている。
そして、<イワト>はアメツチが開発した汎用型セグザイムのひとつで頑強さに定評があり、機動力も<オカリナ>ほどではないが民間警備用にはじゅうぶんすぎるほどある。
スノウはそんな<イワト>の特徴を思い出しながら言う。
「<イワト>なら、大丈夫でしょう」
「できるのか?」
「やれとおっしゃるなら」
「大丈夫なのかね? 君のエグザイムの操縦経験はどのくらいだ?」
「約10年です」
「…………この状況で冗談が言えるなら大丈夫だな。では、準備をしてくれ」
「了解」
「えっ、デシアンが!?」
「雪ちゃん、声が大きい」
「あ、ごめん……」
出撃する前に、雪には事情を説明しておくと、彼女は眉根を寄せて小さな声で言う。
「…………大丈夫なの? あたしも何か手伝えれば……」
「…………君は、何かがあった時のために待機していた方がいい。
進路にいる<DEATH>だけが障害になるとは限らないから」
「わかった。気を付けてね」
「善処はする」
雪との会話の後、格納庫にて備え付けのパイロットスーツに身を包み、<イワト>に乗り込んだスノウ。通信回線を開いて操舵室に話しかける。
「こちらスノウ・ヌル。準備完了しました、どうぞ」
『こちら操舵室、把握した。
目的は進路妨害をしているデシアンの撃墜、ないし撤退させること』
「了解」
『では、ハッチを開放する。…………武運を!』
レールにつるされた<イワト>が電磁カタパルトでハッチから発射される。ハッチはこの宇宙船の下部にあるから、その姿を見る者はいない。
誰も知らない、知られてはいけないミッションが始まった。
「…………いた」
先ほど見たのと変わらない姿で、<DEATH>は漂っていた。
<イワト>は慎重に近づいてアサルトライフルを構える。
(…………この距離なら、まず外すことはないけど)
アサルトライフルを発砲、4つ放たれた弾丸は吸い込まれるように<DEATH>のボディを抉る―――瞬間、カメラアイが赤く光る。そして、指先からレーザークロー1を射出し、弾丸をすべて焼き切った。
「動くか」
土の中から這い出てくるゾンビのように<DEATH>は起動した。口のパーツを開いて液体金属を連射する。
スノウはペダルを踏んでそれらを避けようとして、
(…………いや、ここはそうじゃない)
思い直し、ぐっと身を縮こませ半身に構えた。
液体金属のシャワーを左半身で浴びる。浴びる瞬間は質量弾となって衝撃を伴い、そのあとは個体となってボディにまとわりつく。
左アームの手首、肘、肩が液体金属で固まって動かなくなる。それを見てか<DEATH>はレーザークローを展開し、<イワト>へと切りかかる。
「フッ!」
―――だが、<イワト>は健在だった。レーザークローは液体金属ごと<イワト>を切り裂こうとしたが、液体金属の下の装甲、そこを切り裂いたところで止まっていた。
<イワト>……すなわち、岩戸。天照大神が見畏み隠れた岩戸の如き頑強さから命名されたそれに恥じぬ装甲がレーザークローを受け止めたのだ。
肉を切らして骨を断つ、その隙を逃さず思い切り振り下ろされた<イワト>のスタンロッドが<DEATH>に直撃する。そのまま最大出力で電気を流し続け―――<DEARH>は沈黙した。
『乗船中のお客様へ連絡いたします。
障害物が排除されましたので、予定していたルートへの航行を再開致します。
この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
引き続きL1宙域までの旅をお楽しみください』
「お、やっと動き出したね」
「迂回して1~2時間余計にかかるよりかは早いでしょ」
<DEATH>を撃破してから、念のため周囲を警戒ししばらく待機していたが、他の機影は見えなかった。
すぐに帰還し機長に報告、そして今は席についてあくびのひとつでもしていた。
「お疲れ様」
「大したことはしてないよ。だから、報酬も断ったんだけど」
「あはは……。もらえるものはもらっておこうよ」
報告の後、副操縦士からは感謝の言葉があったのだが、機長は報酬はいくらほしいのか聞いてきた。スノウとしてはボランティアのつもりだったため断ったのだが、機長が強く『人々のために労働をしたのだから、報酬はもらって当然だ』と言うものだから、結局口座番号を教えることになった。
「…………せっかく報酬をもらったことだし、ホテルの代金ぐらいは出すよ」
「ふっふん、そんなこと言っちゃっていいのかなぁ~?」
いくら誘ったのが雪からとはいえ、全部の費用を負担させるのは非常識だと考えたためそういう提案をスノウはしたのだが、雪は楽しそうに笑う。
「…………というと?」
「これから泊まるホテルの部屋の価格を聞いても同じこと言えるかなぁ~?」
「…………いくら?」
「耳貸して」
ゴニョゴニョと耳元でささやく雪。するとスノウは「…………やっぱなし」と肩をすくめるのであった。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます