第37話 シーイング・シー:ハイテンション・ハイビスカス
潮騒が耳に心地よく響く。いつまでも聴いていたい、そんな気持ちを誘発するここオーシャン家のプライベートビーチにスノウたちはやってきた。
「燦々と輝く太陽! 白い砂浜! そして、どこまでも青い空と海!」
「いや~海だね~。ビーチだね、夏だね!」
「まずは荷物を置きに行くぞ。時間かかっても海は逃げないからな」
テンションが高めな秋人と雪の肩を叩くナンナだが、そういう彼女の声もこころなしか高めだ。
そんな3人から少し離れて、スノウも海をじーっと見つめている。
「どうかしましたか?」
「海、初めて来たなと思って」
「実はわたしもです。綺麗な色をしていて、独特の香りがあって……。なんだか、心地が良いですね」
麦わら帽子のつばを抑えて佳那は微笑む。そんな彼女を主役にビーチを背景にした絵を描いたなら、夏休みの絵画コンクールで金賞を取れるに違いない。
めいめい海を前にしてそんな反応をしていると、サングラスをかけたアベールがいつもより大きな声で言う。
「それでは行きましょうか。立ち話ばかりでもつまらないでしょうからね」
足裏の砂の心地よい感覚を感じながら歩くこと10分。一般的にはコテージと呼べる様式の二階建ての白い建物が見えてきた。
「でっけえな……」
「6人で泊まって大丈夫なのかと聴いたときは思ったが、杞憂だったようだな」
「きっとゆっくりくつろげるとは思いますよ。
―――さあ、ひとまず荷物を置きましょうか」
「お、お邪魔します……」
ホワイトを基調とした色合いの建物の中をアベールはひととおり説明していく。
「寝室はこちらです。さすがに人数分はないので、男女で別れましょうか」
「浴室は複数人で使うことができるので、こちらも男女で時間を決めて使いましょうか」
「リビングは…………何か説明することありますか?」
「キッチンです。このキッチンは最新モデルで、つい先日一般販売されたばかりのものです。換気システムや調理台が非常に汚れづらくなっており、99パーセントの雑菌をカットする新素材でできています。
そして! 注目してほしいのはシンク! 家庭用サイズとしては最大級を誇り、大規模な調理道具でも楽々洗えるスペースがあるのがわかりますね? シャワーホースもこれだけ伸びるため、シンクの大きさと合わせて多くの調理器具を洗えるのは素晴らしい設計思想と言えるでしょう。
コンロにはタイマー機能があります。僕はあまり使いませんが、例えば端末で遠隔操作して火を調整したり、鍋などに必要な材料だけ入れておいてあとは自動で煮物を作る、ご飯を炊くなど忙しい人でも比較的料理ができるように考えられていますね!
収納の方は―――」
「ウッドデッキは見ての通り、海を一望できます。夕食はこちらで食べますか」
コテージの説明を終えた後、それぞれの好きに、つまり自由時間ということになって、秋人とアベールは水着に着替えていた。
「…………にしてもよ、このあたりにプライベートビーチを持っているなんてやっぱお前ん家、金持ちなんだな」
「買ったはいいですけど、あまり使ってないので宝の持ち腐れですけどね」
「なら、思う存分使った方がいいか?」
「ええ。思う存分使ってください」
地球人類だったころの夏の習慣である『海水浴』をするべく、赤道近くの島々の気候や地形を再現した宇宙ステーションがスノウたちが来ているここ『セイレーン』である。こういった海を再現した宇宙ステーションはいくつかあるのだが、特に『セイレーン』は富裕層が好んで来る場所であった。アベールの両親は新婚の時に来たここを気に入り土地の一部を買い取ったのだが、そんなことまで話すのは身内の恥のように感じられた。
男子の着替えなどはさして時間もかからない。すぐに着替え終わって砂浜へと出る。
「お、一番乗り?」
「さすがに女性陣は時間がかかりますね」
「スノウも遅いな。腹でも下してんのか?」
「まあ、移動にそれなりに時間がかかりましたし、そういうこともあるでしょう」
スノウは男女分かれた時に先にトイレ行ってくると言って、ふたりが着替え終わっても戻ってこなかったのだ。
「一応様子でも見てくるか?」
「あまりにも遅いようだったらそうしましょうか」
そうして待つこと5分。
「お待たせ~!」
水着姿になった女性陣が姿を見せる。雪は小走りで、ナンナはゆったり歩いて、佳那は早歩きで。
「すまない。雪が何度も鏡の前で姿をチェックするものだから」
「ちょっと、それは言わないでよナっちゃん!」
うがー! と憤慨する雪はフリルの付いたライトグリーンのビキニで、肉付きの良い腕と足、それにほどよく鍛えられスマートな腹部がまぶしい。プライベートビーチでなければ、多くの男に言い寄られていたはずだ。
「変なところはない、と念を押してもなかなか満足しなくてな」と語るナンナもビキニだが、デザインは雪のそれをかなり違って見える。黒く高級感があふれる生地と抜群のスタイルが『休日にお忍びで海にやって来た大人気モデル』といった風に見せる。
そして、そのふたりの後ろでおろおろしている佳那は、ホワイトが基調でところどころ青い模様が入ったワンピースタイプ。小柄な体が手に持つ浮き輪と相まって庇護欲を掻き立てる。
「おお……」
「どうしたんですか?」
「…………感動した」
目の前に広がる海よりも美しいものが視界に入ってきて胸がいっぱいになる秋人。今にも涙を流し天に感謝を捧げてもおかしくない。
感動している秋人は放っておいて、アベールはにこやかに言う。
「みなさん、よくお似合いですよ」
「そう言われて悪い気はしない。…………秋人も見習ってほしいものだ」
「ありがとうございます、オーシャンくん」
「あはは、ありがと。
スノウは?」
「僕たちが着替え終わった時にはまだ部屋に来てなかったですね」
「一番見てもらいたい相手がいないのでは、せっかく張り切った意味もなくなってしまうな」
「そんなんじゃないから!」
「私に怒っていないで、ほら、ヌルが来たぞ」
ナンナの言葉通り、水着に着替え上に夏用の淡いブルーのパーカーを羽織ったスノウがやって来た。
「遅かったな。腹でも下していたのか?」
「そういうわけじゃないよ。
…………待たせたことは悪かったけど、先にやってても構わなかったのに」
「わたしたちも今来たところですから、そんなに待ってないですよ」
「まあ、確かに修学旅行ではないですから、集まるのを待たずに自由にしていてよかったんですがね。
自由とは言っても、さすがにあまり遠くに行かれると捜索しないといけませんし、離岸流もありますから、節度を持って遊んでくださいね」
「「「「「はーい」」」」」
このコロニーが海を再現したと言っても、レジャー目的で開発されたので危険な海洋生物はいない。とはいえ、時には大波が来ることもあるし海流だってある。人の手で作られたものであっても、必ずしも安全というわけではないのだ。
彼らは、遊び始めて数分後にそのことを身をもって知ることになった。
(続く)
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