第20話 専用機をつくろう:自分のカラーで
指導教官である青葉梟護からその指示が下されたのは5月下旬のことであった。
「6月からは操縦訓練と並行して、それぞれの専用機を造ってもらう」
専用機はロマンである。エグザイムをはじめとしたロボットを乗る人間であれば一度は憧れるもの。しかし、なぜ入学して間もないこの時期に専用機を造ることになっているのだろうか。
秋人はその疑問をアベールにぶつけることにした。
「なあ、なんで専用機なんてもん造るんだ? 操縦が滅茶苦茶上達しているってわけじゃないし、こういうのはもっと操縦に慣れてからやるんじゃないのか?」
「確かにそういう側面もありますね」
キッチンで炒め物をしながらアベールは顔だけ秋人の方へ向けて言う。
「しかし、慣れていないからこそとも言えます。
秋人はエグザイムがどう動くかご存知ですか?」
「簡単だろ。グリップを握って動かすとその動きをトレースして―――」
「操縦という観点ではそうですね。では技術面では?」
「…………まるでわからねえ」
「そうですよね。僕もある程度は理解していますが、人に自信をもって説明はできません。そういう技術面の理解を深めることでより高いパフォーマンスを得られるようにしたいという考えなんだと思います。ああ、あと整備科との交流を増やして信頼関係を作るという目的もあるのかもしれません。なにぶん、彼らとの綿密なディスカッションの末に造り上げますから」
青椒肉絲を皿に移してテーブルに持ってくる。テーブルにはほかにも小龍包や回鍋肉が湯気を立てている。
まずは出来立ての青椒肉絲に箸をつけるスノウ。
「あとは、自己分析のためじゃないかな。自分が何を得意としていて、苦手としているのか。それをよくわかっていないと専用機はうまく造れない。これを機に得手不得手を見つめなおしてほしいということだと思う」
「なーるほどねぇ。そう言われりゃ納得できるな」
豆板醤で赤く化粧をしたキャベツを口に入れる。辛さと美味さが舌にじわりと浸透するようで、たまらずご飯をかきこむ。キャベツだけでこれなのだ、上品に輝く豚肉を口に入れたらどうなってしまうのか。秋人は恐る恐る口に入れる。
「脂の旨味こそあれど、しつこくない。それでいて肉は柔らかくシャキシャキなキャベツと調和して食感の楽しさすら醸し出している。キャベツ、肉、キャベツ、肉。食べだすと止まらない! あぁ~……。この瞬間のために生きている……」
と、まあ食レポはともかくとして本筋。
「にしてもやっぱり『サンクトルム』って金あるんだなー。1年生の段階で専用機を造らせるとは、しかもひとりやふたりじゃないんだぜ?」
「豪勢ですよね。まあ政府を挙げて行っている事業ですから力を入れるのもわかるんですけど」
『サンクトルム』が金銭的に恵まれているのは間違いないが、専用機製造に関しては別の思惑もある。というのも、この専用機の課題は統合軍が一枚噛んでいるのだ。それは新しい兵器の開発の為だ。
統合軍の開発局では日夜、より『デシアン』に有効な兵器の開発・試験が行われているが、常に新しいものを開発できるわけではなく、時間は限られている。
そこで、統合軍は『サンクトルム』のカリキュラムを利用し、若者たちに新しいエグザイムの設計をさせることにしたのだ。そうすれば開発局のマンパワーを消費することなく新しいアイディアが、しかも学生の数だけ出てくるというわけだ。
そんな思惑があってこの課題にかかる費用の多くは統合軍が負担している。だから、学生ひとりひとりが専用機を開発できるのだ。
「専用機かー。どんなの造ろうかなー」
「自分に合ったものを造りたいですよね、せっかくですから」
「オーダーメイドの服じゃないんだから」
そんな思惑を知ってか知らずか自分専用のエグザイムに思いをはせる3人。この話題について談笑しながらその日は過ぎていった。
あっという間に6月が来た。操縦科の1年生たちは期待をこめて工房へ足を運ぶ。実際に開発をするのは整備課の面々だが、彼らとしっかりと連携が取れていなければ開発は難しい。多くの1年生が自分の担当となる整備科の学生たちと会って話を始める。
「やっぱり火力が大事だろ。だから―――」
「見た目がかっこ悪いとモチベーションが上がらない。かっこよくしたい」
「私はシステム面で少し調整を入れてほしいかな。狙って撃つの苦手だから照準補正システムをさー」
工房中であーでもないこーでもないと話し合う声が聞こえる。順調そうな声もあれば、少し長く話し合わないといけなさそうな声もあり、中には喧嘩一歩手前まで言い争う声もある。
そんな声たちをBGMにスノウもまた整備科のダイゴ・ロンドと話をしていた。
「エグザイムが『コート』と『ボーン』でできているのは知っているよな」
「うん」
「じゃあ、『ボーン』にもいくつか種類があることは?」
「わかっているよ。
全体的な性能バランスのいいプレーンボーン。
頑丈で強度に優れるソリッドボーン。
筋肉のようにしなやかで柔軟なフレキシボーン。
フレームそのものに動力パイプの役割を持たせて瞬間的な出力の上昇を助けるトレントボーン。
エネルギーを溜める機構があり電気抵抗も少ない構造になっているミニットボーン。
これら以外にオリジナルの『ボーン』を使う人もいるけれど、基本的にはこの5種類によってエグザイムの基本的な性能が決定されている」
「その通りだ。『コート』は装甲だとか武装だとか、そのエグザイムの運用方針を決定づける要素だな」
キャラクターメイキングができるRPGで例えれば、『ボーン』が職業で『コート』が装備や習得するスキル・魔法だと言える。
前衛で味方を守る盾役であればソリッドボーン、後衛で強力な魔法を使う砲台役であればトレントボーン……といった具合に、得手不得手からどういった『ボーン』を使うかを考えること、それこそがエグザイムを製造するときに最初に取り掛かることだ。
「それでどんなマシンを考えているんだ? お前の要望を聞きながらどの『ボーン』を使うか助言するぞ」
「そうだね。考えているのは―――」
「わたしはメルタ・スミス。整備科の3年生。ソル・スフィア、君の担当になった」
他の学生に遅れて工房へとやって来たソルは、普段関わっている整備課の学生の中にひとり見慣れない女性がいることに気が付いた。すると、メルタと名乗ったその女性が先に話しかけてきたのだ。
「君は入試を優秀な成績で卒業したから、他の学生よりも予算が多い。わたしも優秀な成績で特別な研究をしている。だから、わたしが担当する。わかった?」
「は、はあ。よくわかりませんが、先輩の力が借りられるなら心強くはあります」
「任せて。開発にはわたしの研究を反映し、これまでのエグザイムの常識を覆す最高のマシンにする」
フフンと得意げな顔をするメルタ。低い背丈な上に猫背なためかなり小柄に見える。だから、得意げな顔が面白い悪戯を思いついた子供のように見えた。
「スミスさん、あなたの……」
「ノンノン。ファミリーネームはノーサンキュー。ファーストネームプリーズ」
「…………メルタさんの研究とはいったい?」
「白兵用エネルギー兵器の実用化」
「――――!!」
目を見開くソル。驚愕と、懐疑と、興奮。いろいろな思いが胸の中で混ざり、言葉はできないが目は口ほど、どころかそれ以上に彼の心情を雄弁に語っていた。
「理論と設計だけはできている。資金があればできる。予算は多め。シミュレーターの成績を見ると君は格闘が得意。以上、最高の条件が整っている。
どうだい。人類史上初の白兵用エネルギー兵器、使ってみないか」
「…………それは、俺にしかできないことでしょうか?」
「臆しているのか」
「そうじゃありません。その提案が他の人にもできるのであれば、チャンスは平等にあるべきで、俺だけ特別扱いされるわけにはいきません。
しかし、それを扱うことが俺にしかできないことであるなら、俺はやりたいと思います。俺がやるべきだと思います」
決意にあふれる力強いソルの言葉を聞いて、メルタは口角を上げる。
「よく言った。ならば、始めようか。史上最高のエグザイム造りを」
コンセプトを考え、『ボーン』の選定をし、『コート』をどうするか考える。それだけなら1日で終わらせることもできる。後は整備科の学生にそれを伝えて、時々顔を出して調整するだけで済む。
しかし、エグザイムに乗り始めてまだ数か月しか経っていない学生たちに自分のスタイルを見極めてそれに合ったものを直ちに選定しろというのは無理な話で、普通は何日もかけて整備科の学生と打ち合わせを行いスタイルを探っていくというのが定番だ。
また、整備科の学生との相性という面も重要だ。ヒアリングが下手でどうしようもない学生もいるため、このあたりは自分の担当が誰になるかで完成が遅れたり、品質の悪いものが完成したりと運が絡む。操縦科の学生たちが俗に「整備科ガチャ」と呼ぶ現象だ。
打ち合わせを終えて、佳那は肩を落として工房から寮への道を歩いていた。
(う~ん、困ったなぁ。もっとちゃんと自分の考えを伝えないとダメかなぁ)
佳那の担当となった整備科の学生たちは、はっきり言えば悪質な者たちであった。整備科ガチャは爆死と言ったところだろう。具体的には、佳那の要望をあまり聞いてくれず自分たちのやりたいことを推してくる連中であった。
そんな彼らの出してきたプランは、ソリッドボーンを用いた超重量級インファイターのエグザイムだ。はっきり言って、佳那が使うには……というかエグザイムに乗り始めて数か月の人間に提案するようなものではない。
そんなことがあったので、佳那は頭を抱えていた。自分の意思を伝えることが得意ではないとわかっている分、これから待ち受けることに苦労しかないように思えた。
そんな精神的苦痛をわずかでも吐き出すようにため息をつく。
「はぁ……」
「あ、いたいた。谷井さん!」
工房の方から自分を呼ぶ声がする。表情をできるだけ明るくしてスッと振り返る。
「えっと、ロンドくん? 共通科目でよく一緒になる」
「そうだよ。…………ため息をついていたみたいだけど、どうした?」
「気にしてくれてありがとうございます。もっと頑張らないといけないな、って思って、ただそれだけです。
それで、ロンドくんこそどうかしたんですか? わたしを探していたんですか?」
「あ、そうそう。谷井さんにお願いがあって、ヌルの連絡先を知っていたら教えてほしい」
「ヌルくんのですか……? あ、もしかしてヌルくんの担当になったんですか?」
ブンブンと赤べこのようにうなずくダイゴ。
「そーなんだよ! だから逐一連絡しあおうと思ったのにアイツ連絡先言わないでやんの。だから、直接寮に出向いて聞き出そうと思ったけど、谷井さんを見つけてさ。ほら、谷井さんはヌルと結構一緒にいるだろ? だから知っているかなと思って」
「そういうことなら、知っていますよ。教えても……たぶん大丈夫だと思います。これですね」
「…………あー、やっぱり知ってるのね」
「えと……、どうしたんですか? 急に悲しそうな顔をして」
「いや、なんでもない。…………よし、登録できた」
「それなら良かったです」
そう言ってスマートフォンをしまおうとする佳那。しかし、その腕を掴むダイゴ。
「えっ、えっ!? ちょっと……!?」
「待ってくれ。その……もしよかったら谷井さんの連絡先も教えてほしい。…………ほ、ほら、今ため息ついていただろ? 同じ科の人には言えないこととかあるだろうから、もしよかったら相談に乗るし……。俺もヌルのことについて本人には聞けないことを聞きたいからさ」
「わ、わかりました! わかりましたから、手を放してくれませんか!」
「え? …………あっ、わ、悪い!」
自分でも佳那の腕を掴んでいたことを自覚していなかったのか、慌てて手を放す。そして額に手を当てて言葉を絞り出す。
「ごめん。つい、テンパっちゃって……」
「そ、そういうことならしょうがないですね。はい、これです」
「ありがとう! やった……やったぞ!」
真の姿の復活のために必要な最後のピースを見つけ、その手中に収めた物語の黒幕のような喜びように、佳那は若干引きながら(なんでこんなに喜んでいるんだろう……)と思いつつも表面上はなんともないようににこやかにしていた。
だが、この瞬間だけは、これから待ち受ける苦痛を忘れていられるのも事実であった。
(続く)
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