第11話 絆を深めるということ:今日はコデマリ
朝の5時30分に起床し、ストレッチ。適当なタイミングで終わらせて寝間着がわりのTシャツとハーフパンツからジャージへと着替える。
そして、自室から出てランニングを始める。
コースはいつも同じだ。寮から出て、『サンクトルム』のキャンパスの敷地内から出て、繁華街の方へ走る。
『サンクトルム』はエグザイムの操縦技術を学ぶために建造された宇宙ステーションであるが、教育施設だけがステーション内に存在するわけではない。学生たちが必要な物資を購入したり、遊んだりして羽を伸ばすための施設も当然存在する。
スノウがランニングコースとして通りがかっている繁華街『カコリカ』は、そんな場所のひとつだ。『サンクトルム』のキャンパスから近く、商店の数が多いことから学生たちの間でも人気だ。
まだ眠っている街をスノウは走り抜け、『カコリカ』とそこで働く人たちの居住区の境まで走る。そこ置いてある自販機で日本円にして100円のスポーツドリンクを買って飲むのがランニング時のお決まりだ。
流した汗の分を埋めるかのように冷たいスポーツドリンクが体に染みわたる。この感覚がスノウは割と好きだ。
しっかりと飲み干して空になったペットボトルをゴミ箱に入れる。
「よし」
一息ついてから、スノウは来た道を走って戻り始めた。
寮の自室に戻ってきてからは最初にストレッチ。パイロットにとって体は資本なわけだから大事にしなければという考えだ。
次にシャワーを浴びて汗を流す。それから朝食だ。冷蔵庫から牛乳のパックとトマト2つ、ゆで卵2つ、干し肉いくつかを取り出して食べる。毎朝大きく変わることのない食事風景だ。育ちざかりの10代男子が食べるには物足りない量だが、スノウは元々小食なのでこれでもじゅうぶんに足りる。
朝食の後は20分ほど体を休めてから、自分のパイロットスーツなどが置いてあるロッカールームへ。
『サンクトルム』にはロッカールームが複数存在する。スノウが普段使っているのはシミュレータールームから一番遠くこじんまりとしたところだ。地理的不便さや狭さから利用する学生はそう多くないが、それ故に周りに気を使う必要がなくスノウはここを気に入っていた。
数分でパパッと着替えてシミュレータールームへと向かう。その途中でよく見知った顔とバッタリ出会う。
「よう、スノウ。その恰好はこれからシミュレータールームへ行くんだな?」
バッグを抱えた秋人だった。
「そうだけど。それより、その荷物は?」
「ああ、これ? パイスーとメットを新調したんだよ。支給されたやつはちょっと小さかったからなー」
愛おしげにバッグをなでる秋人。その様子から、バッグの中には新品のパイロットスーツとヘルメットがあるのだろう。
パイロットスーツは申請したサイズのものが学校から無料で支給される。しかし、体型には個人差があるため、全員の要求を満たしたものを支給することは不可能だ。そこで、支給品に不満がある者は自分で専用のパイロットスーツとヘルメットを用意することが許されている。安いものではないのでそう多いわけではないが、すでに一年生で専用パイロットスーツを使っている者もいる。例えばアベールは以前から使っているオレンジ色のものを使っているし、雪の場合支給品はデザインが気に食わないという理由で若葉色のオーダーメイドのものを使っている。
そして、秋人の場合は支給品と微妙にサイズが合わなかったため、新品を手に入れたというわけだ。
「へえ。お高かったんじゃないの?」
「まあな。でも、サイズもぴったりでデザインは俺好み! こりゃ買うしかないってなったね」
新しいおもちゃを買ってもらった少年のようなキラキラした顔の秋人。
「んで、早速シミュレーターで訓練がてら着てみようと思ったわけだよ。どうせなら一緒に訓練しようぜ」
「それは構わないけど」
「よっしゃ、ちょっと待ってろ! すぐに着てくる!」
アメリカのコメディアニメのキャラクターのようなフォームで走って秋人は去っていく。本当に少年のように元気だ、と思いスノウはヘルメットを椅子代わりにして座り込んだ。
「よっしゃ、今日はどんな訓練にするか!」
『せっかく一緒にやるんだし、ツーマンセルでの連携をやってみようよ」
「お、いいなそれ」
ダークブルーのパイロットスーツを着た秋人はコンソールから訓練の設定をいじり、レベル最大の<トライ>を仮想空間に召喚する。
「それで、連携ってどうすんだよ」
『役割分担して互いの弱点をカバーする……らしいよ』
「らしいって」
『そりゃ僕だって初めてだし。
秋人は射撃が苦手だから極力前衛をやって、僕が後衛で秋人の隙を潰す、とかやればいいんじゃないかな』
「そんなもんかね……」
『逆でもいいんだよ』
「やります、やります。やりますってば」
<オカリナ>スノウ機と秋人機が並び立つ。
「よし、じゃあ始めるぜ!」
『了解』
訓練開始と同時に<トライ>がAI制御特有の高精度射撃をしてくる。
黙ってやられるわけにはいかないので、弾かれるように散開。
『射撃戦は僕がやるから、秋人は隙を見て近づいて叩ききって』
「応よ!」
スノウ機はEブラスターを持って射撃戦を始める。
Eブラスターというのは地球統合軍が採用しているエネルギー兵器のひとつだ。
弾倉に圧縮された光エネルギーを解放し、レンズでそのエネルギーを集中させ銃口から放つというもので、一般的にビームライフルと言われるタイプの武器の一種である。アサルトライフルより射程や火力で勝るものの、そう多くの弾をストックできないことやアサルトライフルより大型であり取り回しが良くないことが欠点とされる。二丁持てるアサルトライフルと比べ、両手で持たないと照準が安定しないのだ。
『…………ここかな』
Eブラスターの銃口から宇宙空間を切り裂く白い光が放出される。触れれば蒸発を免れない破壊の光を<トライ>はギリギリで避ける。
「あれ避けんのかよ!」
『なら、もう一発』
そう言いながら2発ビームを放つ。まっすぐ伸びたビームは今度はの右足を貫き、胴体を貫いて<トライ>は爆散する。
それを見て秋人はガッツポーズ。
「よっしゃ!」
『なんとか当たったね』
「いやー、すげえわ。あの距離を当てるか。…………ん?」
よく当てられるなーと感心しつつ秋人は首をかしげる。なんだか素直に喜んではいけないような……。
ちょっと考えて今回の趣旨を思い出す。
「…………ってお前! 今回は連携の訓練だろ! 何普通に倒してんだよ!」
『そう言えばそうだったね』
「ったく……、もう一度やるぞ!」
『了解』
そうして時折休憩をはさみながら、あーでもないこーでもないと言い合うのであった。
午後5時。長時間の訓練を終えた二人はシャワーを浴びて、寮のロビーで冷たい飲み物でも飲んでいた。
連携をメインとした訓練はひとまず形にはなったので、ソファにゆったり座ってゆっくりしている。秋人なんて両足を投げ出してソファに埋もれるようにしている。
「あー、めっちゃ疲れたなー」
「そりゃ、10時間以上もやったからね」
「連休初日だってのにこんなに疲れちゃたまんないぜ」
そう言ってさらに体をソファにうずめる。大あくびなんかかいて、このまま放っておけばソファで寝そうだ。
「こんなところで寝たら風邪をひくよ」
「んなこたーわかってんだけど……。ふわぁ……」
「秋人」
秋人をゆすって意識をはっきりさせようとさせるが、その甲斐もむなしく彼は船をこぎ始める。
「起きなよ」
次はパァンと小気味の良い音を立てて頬を叩く。いつもなら烈火のごとく怒りそうだが、今は眠気が優先なようで何もしてこない。
尋常じゃないくらい疲れていそうだから、いっそ寝かせてやるのも優しさかとスノウが思い始めた時、「グゥ~」という間抜けな音が聞こえた。
「…………秋人」
「…………腹、減ったな」
秋人が目をこすりながらそう言うと、また「グゥ~」とスノウの腹からも聞こえた。
「そう言えば、昼ごはんも食べてなかったね」
「そーだったな。飯食わねえと餓死しちまうぜ」
「食堂行くには、まだ早くないかな」
欠伸をして立ち上がった秋人に、スノウは座ったまま言う。
確かに午後5時は夕食にはまだ早い時間だと言える。キャンパス内の食堂も寮内の食堂もまだ開いていないだろう。
しかし、秋人には何か考えがあるようで、悪い顔でニヤリと笑う。
「なぁに、この時間から行けて、しかもただ飯が食える場所がひとつある」
「…………ロクなところじゃなさそうだけど、それはどこだい?」
「なに、お前もよく知っているところさ」
「それで、僕のところに来たと言うわけですか」
「そうなるな」
「図々しさ、ここに極まれりといった感じですね」
片眉をあげてアベールがそう言った。
秋人の心当たりの場所というのは、アベールの部屋のことだった。
しかし、なぜアベールを訪ねたのか、スノウにはいまいちよく理解できていない。
「アベールは毎日三食自炊しているからな」
「なるほど、たかりに来たわけだね」
「人聞きの悪いことを言うな。ご相伴に預かりに来たんだ」
「どっちにしても図々しいですよ。
…………まあ、いいでしょう。どちらにしても今から夕食を作るつもりでしたから、ついでです」
言葉のわりにアベールの顔は明るい。孫が数ヵ月ぶりに遊びに来た老人のように顔をほころばせている。なんだかんだ言って、友人らが自分を頼りに訪ねてきたことが嬉しいのだ。
「よし、じゃあできたら教えてくれ」
「いや、秋人。何か手伝おうよ」
「いえ、お構いなく。全部ひとりでやりますから」
「俺でも食材を切るくらいはできるぜ」
「結構です」
にっこりと笑うアベール。しかし、目はまるで笑っていない。しかもゆらりと揺れる炎のような暗いオーラすら感じられる。
『邪魔ヲスルナ』
と言っているような感じがして、秋人は神妙な顔でうなずいた。
すると、フッと恐い雰囲気は霧散して、一転上機嫌になり、
「じゃあ、しばらく待っていてください。腕によりをかけて作ります」
そう言ってエプロンをつけてキッチンへと引っ込んでいった。
完全にいなくなったことを確認して、秋人とスノウは顔を見合わせて肩をすくめた。
それから2時間ほど経って、部屋の中央のテーブルに所狭しと料理が置かれる。前菜に始まり、サラダ、スープ、肉料理、魚料理。いずれもフランス料理。
一介の学生が食べるにはあまりにも豪華な料理が並び、スノウと秋人はそれらに手を付けられない。
「どうしたんですか? 早く食べないと冷めてしまいますよ」
「いや、早く食べろたって、普通の日の晩飯にフルコースを出す奴があるか!」
「せっかく腕によりをかけて作ったのに、酷いですね。いいですよ、僕がひとりで食べますから」
「待て、食わないとは言ってない。せっかくだからな……」
そう言って、秋人はスプーンを持って、ビスク(甲殻類をベースにしたスープ)を口にする。するとどうだろう、一口入れるだけで甲殻類の旨味が手榴弾のようにはじけ口の中に広がり、舌を蹂躙するではないか。次にやってくるのはローストされたカボチャの旨味。爆撃された舌を優しく包むような甘さがたまらない。
再び口にすると、やはり旨味の絨毯爆撃を感じる。そして、戦後復興の如し甘さ。口にするたびにそれらが交互にやってきて、スプーンを動かすことを止められない。
あっという間に皿を空にして、秋人は天にも昇るような気持ちになった。
「ふぅーっ。これが…………料理ってやつか」
これほど美味いものは初めて食べた。これに比べれば今まで食ってきたものは、豚のえさのようなものだ。
とまでは言わないものの、素晴らしく美味な一品に満足して、秋人は次の料理に手を伸ばす。
「それはブイヤベースですね。よく煮込んでありますから、味がしみていて美味しいと思いますよ」
「確かに、こっちもうめえな」
エビやホタテの魚介の風味と香味野菜の風味が見事に混ざり合い、非常に濃厚な味わいのスープ。高級レストランよろしく別の皿に乗せられた具もとても美味だ。
ビスクも魚介系のスープであったが、そちらとはまた違う味わいで満足感が胃と心を満たす。
他の料理も秋人は「うめえ」と言いながら食べていく。
一方のスノウはと言うと、神妙な顔をしながらブイヤベースを食べていた。
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
少し残念そうなアベールの質問に対して首を振る。
「少し味が濃いんだ。あとちょっとお腹いっぱいになってきた」
「そう言えば、スノウは小食でしたね。それを考えるべきでした」
「その分俺が食うから気にすんなよ」
「食べたいだけでしょう」
「まあな」
食事の手を止めずに秋人が笑う。スノウもアベールもつられて笑った。
しばらくして和やかな食事は終わり、3人はまったりとしていた。
「いやー食った食った。味も素晴らしかった」
「そうだね。とても美味しい料理ばかりだったよ」
「ありがとうございます。今度はスノウも満足させてみせますよ」
「いや、じゅうぶん満足したけど」
「何を言っているんですか。メインのメダイヨンも食べずに満足してもらっては困ります」
メダイヨンというのは肉を円柱状にカットした形状を指す。
今回は赤ワインのソースをかけた鹿肉のメダイヨンだった。
しかし、スノウはブイヤベースで満腹になってしまい、メダイヨンは食べてなかったのだ。
そのことが悔しくてたまらない、と言わんばかりに目をらんらんと輝かせてアベールはスノウに詰め寄る。
「そう! 今度は薄味が好みで小食なスノウに完璧に合った料理を作ります! また食べに来てください! その時こそ、真の満足を教えて差し上げましょう!」
「それなら、またご馳走になるよ」
「ええ!」
実にうれしそうな様子のアベールを見て、ベッドに寝転がっている秋人が言う。
「そんなに人に料理をふるまうのが好きなら、調理師学校とかそういう道もあったんじゃねえか?」
アベールのエグザイムの操縦が達者なのは間違いない。学年の誰もが一目を置くほどだ。だから、『サンクトルム』を進路に選択したことは理解できる。
しかし、彼の料理の腕も間違いなく一流だと秋人は思う。
マルチな才能を持つアベールがどうして『サンクトルム』を選んだのか、それが秋人には気になったのだ。
若干の嫉妬も混じった言葉を聞いて、少し考えてアベールは答える。
「その道を目指したこともありますけど、両親に反対されまして。『サンクトルム』に入るように言われました」
「『サンクトルム』に入るのだって難しいのに、厳しい親御さんだな」
「軍人ですからね、父も母も。料理人という道よりも軍人の道の方があれこれ指示しやすいと思ったのでしょう」
「色々あるんだなぁ」
「色々ですよね、事情は。まあ、そのあたりの話はソルベでも食べながらしましょう」
そう言って、アベールは冷凍庫からソルベを取ってくる。
「これもまたうまそうだな」
「スノウも食べられますか?」
「せっかくだから、食べる」
3人ぶんのソルベが並んで、話に花が咲いていく。
そんなふうに、連休の初日は過ぎていくのであった。
(続く)
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