第135話 砂の国の『魔法』少女

 来夏は胸をなでおろしていた。

 血を流さずに済んだことを、自らが力を振るわずに済んだことを。

 出来ない事のない力ではなく、自分たちの出来る事で解決したことに。


「ラーイカ、何が見えるなのです?」


「ラーイカ、遠くを見てるなのです」


 アリードたちが向かった南の空を眺めている来夏に、二人のエルル族の少女が抱きついてくる。


「もうすぐ戻って来るなのです」


「急いで戻って来るなのです」


 二人の言う通り軍隊が撤退したことを確認したアリードは、遺跡を離れ基地へと戻るため車を走らせていた。彼が意図していた決着とは違う偶然がもたらした結果であったが、彼はその結論を自分で選び取っていた。そして彼のように、来夏も自分の結論を選ばねばならないのだと感じていた。

 彼の結論を後押しする事もこの国の人々を守り続ける事も、今は正しいと思えてもそれがいつまで正しいのであろうか。その名を忘れ去られても永遠に守り続ける不滅の『魔法』がもたらす奇跡の恩恵を受け入れるか、目覚めれば夢のように消えてしまう思い出としてしまうかどうかは、この世界に住む人々が決めなければならないのだ。


「うん、もうすぐアリードは戻って来るわ。自分で選んだ決断を持って……。私も自分の答えを、私の世界に持ち帰らないといけない……」


「ラーイカのお家はここなのです」


「どこにも行かないなのです。ノルノルと一緒なのです」


「ありがとう……」


 それが別れを受け入れられぬ幼き子供たちの我儘であっても、この世界に受け入れてもらえたような居場所が出来たような気がしていた。

 いや異世界に関りを持つ決断が出来なかった来夏を孤児院へと導いたのは彼女たちであった。

 初めから彼女たちと過ごすためにこの世界へと導かれたのだと。

 彼女たちの過酷な運命を切り開くために。

 だからこそ、選ばねばならない。

 彼女たちが。


「ありがとう。ノルノル、イルイル」


 来夏はすがりついて来た小さな頭を優しく撫でて、彼女たちの中で眠っていた『魔法』を呼び覚ました。


「わっわっわ、手が光っているなのです」


「お空もピカピカ、光っているなのです」


「それが『魔法』なのよ」


 二人の中に眠っていた小さな力はとても大きなものへ、人間の手には余るほど大きなものへと変わっていたがその力の使い方は『魔法』が教えてくれる。彼女たちは全てを知る事になる自分たちの事もこの世界の成り立ちも、そして彼女たちはそれを正しく理解する事が出来るだろう。


「ラーイカ、いなくなってはダメなのです」


「きっと、また会えるわ」


「ノルノルはラーイカと一緒に居たいなのです」


「イルイルはずっと一緒に居たいなのです」


「その力を正しく使えれば、ずっと一緒に居られるわ。どんな奇跡をも起こせる『魔法』は、貴方たちと共にあるのだから」


「ラーイカ……ノルノルはラーイカと……」


 小さな二人を何時までも抱きしめていたかったが、彼女たちも自分たちの手で選ばねばならない時が来たのだ。自分の足で前に歩き出すために。


「この世界のみんなを、貴方たちの幸せを守りなさい」


「守る?」


「うん、約束よ。そうしたらみんな、もう一度会えるから」


「約束なのです」


「守るなのです」


「二人が望めば、どんな願いだって叶えられる……貴方たちは砂の国の『魔法』少女なのだから」


 何度も頷く少女たちがこの世界を守ってくれる。

 夏の日差しにも幸せを感じられる世界を守ってくれる。

 誰もが夏を迎えられる……。

 それが来夏の残した奇跡、この世界で成し得た偉業だった。

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