第123話 彼らの目的

 踏み出そうとした足をアスラマの伸ばした腕が遮る。いつでも迅速に動けるように、前屈みに構える彼女の体は、普段よりも小さく儚げ見えた。


「アリード、下がって!」


 しかし、彼女の声には、いつに増して鋭さが込められていた。

 兵士たちでさえ、まるで目的がはっきりしない相手に緊張が緩み、構えていた銃口が下がっていたが、アスラマだけは、彼らのおかしな行動に惑わされる事無く、いっそう警戒を強めていた。

 彼らは一人でも、ここにいる全員を圧倒できる能力を持っていると、誰よりも深く理解しているのだろう。そして、その彼らに対抗できるかもしれない方策を彼女は持っているのかもしれなかった。

 だが、アスラマの肩に軽く手を置いて引き寄せると、前へと踏み出した。

 それがどれだけ有効な手段であっても、いや、有効であるならばこそ、それを使うべきではない、少なくとも今は。


「俺に、何を聞きたい?」


 アリードは問われるがまま、これまでの経緯をジャハンナからの来訪者に話した。

 砂の国の存亡やそこに住む人々の生き死になど、まるで無関心に、ただの好奇心と言ってのける彼らに。たった一人でも、多くの人の命運を左右するだけの力を持っている彼らに。

 荷物運びや建物の修繕、日雇いの力仕事で生活していた彼が、いかにして武器を手にし、戦いを始めたのかを話していったが、なぜか来夏については、意図しなくても話題にのぼる事が無かった。


「それで、アルシャザードは、どうしたんだ?」


「俺たちが、大統領の官邸に着いた時にはもう死んでいて……」


「そうか……、残念だったな、俺が居れば……」


 彼らの反応は三者三様だった。日向は目頭を押さえながら終始感情的に質問を挟み、柚理葉は始めこそ耳を傾けていたが、興味の無さそうな退屈な様子だった。そして、漆戸は、黙ったまま真直ぐにアリードを見ていたが、ぽつりと呟いた。


「よのなかにただしきものこそおおけれど、さいたるものはおまえではなし」


「ん? 五月雨、何だよそれは?」


「軍事政権とは言っても、この数十年は周辺諸国とも大国連合とも折り合いは付けていたのだろう?」


「何でそんな奴等と折り合いが付けれるんだよ」


「外国、いや、外敵ってのは、分かりやすい独裁、圧政、貧困、旗印があるに越した事は無いからな」


「倒すべき敵やより不幸な人がいるから、現状に我慢するってやつか?」


「国家間の同盟は、いわゆる軍事同盟だからな、敵が必要。だが、殲滅する必要も、負ける可能性も、ない敵じゃなければならない」


「敵は強い方がいいんじゃないのか?」


「敵が強いとコストがかさむだろ? この大陸の国が一つにまとまってしまえば、軍事的な脅威や対等に交渉すべき相手になってしまうからな、大国連合にとっては、連合以外の国は独裁者の居る小国の方が歓迎されるんだ」


 彼らの話を聞いていたアリードは、これまで感じていた違和感の正体に気が付き始めていた。

 大国連合に所属する国の人間であり、砂の国までわざわざ足を運びながらも、彼らはそれら全てを他人事のように論じているのだ。

 自らの正義に反する悪として敵を倒そうとしているのではない、天秤の均衡を保つように物事を見定めているだけなのだ。だが、彼らは、バランスが悪いというだけで枝を落とすかもしれない。常に簡単に手折られる細い枝でしかなかったアリードにとっては、彼らの考え方を恐れずにはいられなかった。


「そうは言っても、倒しちまったものは仕方ない」


「そうだな、まぁ、お前が何をして、何をしたいのかは、大体わかった」


「それで……、お前たちの答えは?」


 急に話を振られてアリードは慌てて答えたが、漆戸は気にした様子もなく柚理葉へ話しかけていた。


「柚理葉、どうだ?」


 少女はコンテナから立ち上がると、背を向けて空中の見えない踏み石を伝い元の船へと戻っていく。


「どうしたんだ? えらく機嫌が悪いな」


「あれだろ、アリードが恋人の話をしたからだ」


「そうか、そういう事か! くっくっく……」


 二人は含み笑いを堪えていたが、顔を上げると、旧知の友人に会ったような幼い笑顔をアリードに向けた。


「じゃあ、また来るは、俺たちも遺跡とやらには興味があるしな」


 軽く手を上げて挨拶すると、空中を飛び跳ねるように船へと戻って行った。

 まるで理解できない彼らの行動に、アリードたちはただ立ち尽くしたまま、遠ざかる船を見送るしかなかった。


「あいつらは何者だったんだ、アリード? 敵なのか味方なのか?」


 言葉にせずにはいられないと言ったようなマスウードの問いに、アリードは小さく首を振った。


「分からない。ただ、今すぐ襲ってくるわけではないというだけだ」


 そうは言っても、怒りでも憎しみでもなく、相手を見下す事もせずに、笑顔を向けたまま敵を倒す事が出来る相手だと忘れてはならないと、握った拳に力を込めていた。


「こいつは、幸運だったのか?」


 マスウードは、自分の乗せた荷がとてつもなく厄介な代物であるのかもしれないと、今更ながら気が付いたかのように、この先どんな事態に巻き込まれるのかと青い空を見上げていた。

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